パートを終えた帰り道、同じ団地の奥さんに声を掛けられた。

「あら、加藤さんじゃないの。今帰り?」

 奥さんもどうやら私と同じくスーパーから帰る途中のようで、横に停めている自転車のカゴからは大きく膨らんだレジ袋がはみ出ている。うっすらと透けて見えるのは、多分だがジャンバラヤのシーズニングだろう。見覚えがある。

「はい。でも、どうかしたんですか?そんなところで」

 奥さんは中央公園の入り口の脇でじっと中を覗き込んでいた。あんまりじっとして動かないので、声を掛けられるまで気が付かなかった。しかしそこで公園の方に意識を向けてみると、普段とは違って楽しそうな歓声がここにまで漏れ聞こえてくる。私が違和感を持ったのに気付いたのだろう、奥さんは私にすっと近づいてきて、

「ね、楽しそうでしょ。一緒に行ってみない?」

「何があるんですか?」

「あら、知らないの」

 奥さんは身体を押し付けるようにして私の顔を覗き込む。近くで喋られると、いつもこの人がどこからともなく漂わせている芳醇なワインの香りが一層濃くなった。ほんのり酸っぱい感じがするから、恐らくは白ワイン。でも口からじゃない。もしかして髪だろうか。親しくなってからしばらく経つが、そういえば私はこの人のことをあまり知らないのだった。

 私は団地の三階、奥さんは二階に住んでいて、さらに私はパート暮らしだが奥さんは専業主婦なので、普段はそんなに会うことはない。それでも時たまゴミ出しやら買い物帰りやらで会ううちに一方的に気に入られたらしく、こうして顔を合わせると何かと理由を付けて話をしたがった。私としてはそんなところが嫌ではないのだが、他の団地の住民からはあまり好かれていないようだと、階段口で彼らの話を漏れ聞くうちに感じている。最たる理由は、「二階が一番よね」が口癖だからだそうだ。しかし私との会話で登場したことはなかった。

「でね、ここに新しく出来た砂場が凄いらしいのね。何でも本当の砂浜みたいに広いとか。気になってたんだけど、一人で遊ぶのは寂しいじゃない。だからさ、その、一緒に来てくれたら嬉しいんだけど……」

 奥さんはそう言うと、急にはっとして私の身体から飛びのいた。ワインの香りが薄くなって消えた。私はこの後、帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝るだけだから、早めにパートが終わった今日は幾分か時間に余裕がある。正直ゆっくりと疲れを取りたかったが、とはいえ明日の出勤は遅いし、せっかく奥さんが誘ってくれているのだからたまにはいいかもしれない。どうせ家で楽しめることなんてほとんどないし、そう考えると、俄然砂場が面白そうに思えてきた。

「いいですよ。砂場で遊ぶのなんて子供のころ以来で楽しみです」

「よかった!じゃ、行きましょ!」

 嬉しそうに自転車を押していく奥さんに付いて、私もてくてくと公園に入っていった。




  砂場は確かに大きかった。以前は確かコンクリートの広場だったと思うが、そこが全て砂場になっていた。正確には真ん中にだけ小さくフェンスで囲まれたスペースがあって、その中に十メートルくらいの電波塔のような細長い柱が立っている。砂場には老若男女が入り乱れていて、走り回ったり城を作ったりと各々夢中に遊んでいた。

 私と奥さんは人の少ない端の方で、素足を砂に埋めては力任せに抜き出すという行為を繰り返していた。粒の大きさが結構小さいので、足の指の間に潜り込む感覚がとても心地よい。ふと隣を見ると、奥さんは薄っすらと頬を紅潮させながら足を突っ込む穴を掘ろうとしている。しかしさらさらとした砂はすぐに崩れて、掘ったそばから穴に流れ込むのだった。

「手伝いましょうか」

 聞くと、奥さんは少し切れた息を整えるように丸めていた背を伸ばし、小さく伸びをして私の方を見た。

「もういいわ、砂なんて蹴っ飛ばすだけで気持ちいいもの。それより……」

 奥さんは私の傍らに置いてある私のエコバッグにちらりと目を向けて、小さい子どもが親に尋ねるようにかくんと首を傾げた。

「それ何?気になってたのよね。その青いの」

 その視線の先にあるのは、エコバッグの一番上につぶれないように乗せてある緑色の植物。新品の鉛筆くらいの長さで、十本程輪ゴムでまとめてある。

「ああこれですか。パート先の先輩から貰ったオオタニワタリです」

「何それ?知らないわ。そんなの」

 私もよく知らなかったので、その先輩が沖縄の実家から送ってもらったもので、天ぷらが美味しいらしいという聞いたばかりの情報を教えた。奥さんは「ふぅん」と言ってしばらく私を斜めに見上げていたが、やがて足で砂にへんてこな模様を描きながらぽつりと呟いた。

「それ、いくつか貰えないかしら」

 どこか物憂げに言うものだから、つい私も怪訝な顔をしてしまったのだろう、奥さんは私を見つめたままにやりと笑うと、ゆっくりと体を揺らしながら悩みの種を話し始めた。最近旦那さんと上手くいっていないこと、多分それは双方に原因があること、それでも自分のどこが悪いのかはよく分からないこと。奥さんはその間ずっと足を動かし続けていて、見るとその跡はぐにゃぐにゃな円になっている。まるでオタマジャクシみたいだな、と思っていると、奥さんが「だからいろいろことにしたの」と言うもので少し驚いた。

「変えるって何を?」

「だから、いろいろよ。起きる時間とか、新聞を置く場所とか、体を洗う順番とか」

「それで、ご飯に普段は使わない食材も使うんですか」

「そう。『私は変わろうとしているのよ』って見せつけるの」

 奥さんの家庭の様子はやはり全く知らない。子供がいるかどうかさえ曖昧で、私が知っているのは他の住民が話す内容の端切れだけだ。それによると旦那さんを尻に敷いていたりワインの風呂に入ったりしているのだが、元某有名芸能事務所所属だったものの社長の息子に手を出して芸能界を追われたというくだりを聞いてからは信用がほとんどなくなった。ただ、時々下の階から私の部屋までドンという音が響くので、ソファを日替わりで移動させるのが趣味というのは本当の気がする。とはいえ、その真偽を確かめるほどの興味はない。

 だから、奥さんの話をこうして聞いても、本当に旦那さんはいたんだという感想しかなかった。

「それは大変ですね」

「まあねぇ……ねえ、加藤さんは夫が欲しいとか思わないの?」

 奥さんが急に真剣な口調で尋ねた。その言い方にとっさに自分の無関心が見抜かれたかと思い、焦って「お」と言ってしまった。しかしどうやら違うようで、その目には疑いよりも好奇心が感じられる。すでに奥さんは足を動かすのを止めていた。

「え……と、いや、別に」

「そうなの?あなたならまだ大丈夫だと思うけどねぇ。綺麗だし」

「そんなことは……それに、今のままで十分幸せですしね」

「そう、残念」

 どうやら本気で残念そうな奥さんがよく分からなくなり、私は足の指をぎゅっと丸めた。握りこむ砂が擦れながら零れていき、今度は指の間に残った砂が気持ち悪くなって手で払い落とした。砂場を見回すと、夕暮れが深まっていることもあってか人の影が少し減っている。ひとり中心の電波塔の周りをぐるぐると歩いている人がいて、まるで海賊船の強制労働のようだった。あの近くに行ったら、あの人が歩いた跡が砂の上に円になって残っているのだろう。奥さんが足で書いたのとは違う、もっと綺麗な円が。強制労働の対価、マル。

「ああ、わたしそろそろ帰らなきゃ」

 奥さんが妙に温度のない声を出して、よっこらせと腰を上げる。その顔を下から覗くと、さっきまでのどこか悪戯っぽい笑みの代わりに無表情でリアルな仮面が張り付いていた。いつの間に被ったのだろう、それはとても正確に奥さんの顔をプリントした仮面だったが、そのせいでシュールにも不気味にも見える。奥さんは片手でその位置を調整すると、「それじゃあね」と言って自転車にまたがった。

「あなたはどうするの?」

「……もう少しぼうっとしています」

「そっか。またね」

「はい。また」

 奥さんは私のエコバッグからオオタニワタリを二、三本抜き取ると、それを腰のベルト穴に剣のように差して行ってしまった。その後ろ姿を眺めながら、私は他の子の悪戯を先生に報告した時の後ろめたさのような、あるいは虐められっ子が嬉しそうに笑っているのを見た時の苛立ちのような、何とも言い難いモヤモヤとしたものを感じていた。きっと次に会う時、奥さんは今日のことをまるで忘れてしまったかのごとく話題に出さないのだろう。そうしてきっといつもの明るい調子で、昨日お店でこんなものが売っていたとかどこをうっかり怪我したとかを話すのだ。私は今までそんなところが嫌いではなかったが、もしかしたらこれからは嫌だと思うかもしれないな、と思った。

 奥さんの自転車が見えなくなると、私はぼんやりするために自分の脳みそがところてんであることにした。ところが私の頭にところてんが詰まっている様子を想像し続けるいると、途中こそそれはダイオウグソクムシや招き猫などのかたちを取るのだが、最終的には何度やっても奥さんのお尻に変わってしまう。そして白く半透明なお尻が、忘れてんなよと私の頭の中で存在を主張する。私は六度目の挑戦も失敗したところで渋々諦めて、仕方なくところてんではなく求肥が入っていることにした。




 奥さんが帰ってからどれくらい経ったのか、ひとり砂だらけの足を眺めながら上手い具合にぼんやりしていると、

「いやぁ、困ったものですよなぁ」

 気付いたときにはもう、隣に見知らぬおじさんが座っていた。綺麗に毛の一本も残さず禿げあがった頭にほんのり空の橙色を映して、布袋さんのように小太りなそのおじさんは小さくため息を吐く。突然のことにぎょっとして思わず身を引いたが、そんな私の様子を意に介することなくおじさんは言葉を続ける。

「いつもいつも、出遅れるのです。いや、出遅れるならまだよいもの。お株を奪われて出番さえなくなってしまうと、当方のような端役はあっという間にお払い箱。そんなもの、たとえ当方がいかに取るに足らないものであれあまりにご無体というものでしょうよ。ねえ?」

「……誰ですか」

 耐えかねてそう聞くと、おじさんはそれまで眉間に深いしわを寄せて俯いていたのが急に我に返ったようで、こちらを向くと、

「ああ、失礼失礼。申し遅れておりました。当方は話屋ですよ。話をする噺家ではなくてですな、話を売る話屋です」

 そう言ってにこりと笑った。それと同時に公園の街灯に明かりが入り、すでに砂場には私たちしかいないことを照らし出した。明るいうちに聞こえていた楽しそうな声の代わりに、どこからともなくフォーンという機械的で澄んだ音が断続的に聞こえる。それに混じるのは、公園に隣接した市民体育館の微かなアナウンス。仲の良いお隣さんがセパタクローをするというのでそこに見に行ったことがあったが、その時と変わらない声だった。

 おじさんは砂場の砂を握ると、無造作に膝の横にばさりと落とした。どうやら山を作っているらしい。そのこんもりとしたシルエットを眺めているうちに、自分の中の警戒心がするすると緩んでいくのが分かった。おじさんには不思議な安心感がある。再び砂を手にしながら、おじさんは言う。

「ご存じないのも仕方ないですなぁ。何しろ当方の店のあるのは、昼間もコウモリの飛ぶ幌家ほろや横丁のど真ん中。最後に店頭に客が立ったのはもう一年も前のことです」

「……初めて聞く横丁の名前です」

「いやぁ、無理もない無理もない。来ようと思って来られるような場所ではないし、うっかり来てもすぐに踵を返すようなところですよ。この巻川市内なのですがね、さっき駅前の地図を見ると名前もございませんでした。それでも常連は抱えておりましたものの、このところはとんと途絶えた。こうして店を空けていても誰も困らんのですよなぁ」

「それは大変ですね」

 何の気なしにそう言うと予想外にもくつくつという笑い声が返ってきたので、不思議になって隣を見やった。私の目とおじさんの細い目が合う。

「ハハ、あなたはそれがお好きですなぁ」

「え?」

「先ほども仰っていた。ほら、あの女性とお話されていた時も、そう言って相槌を打っておられたでしょう。なに、悪いと申し上げているのではありません。あなたらしさです。他人のそうしたところを知ると嬉しいのは誰も同じでしょうや?」

 そう言ってにっこりと笑う。私はいつからこのおじさんが近くにいたのか思い出そうとしたが、奥さんとの会話の記憶さえ何だか曖昧になっている。奥さんは旦那さんと上手くいっていなかったんだったか、それとも弟だったか。まあ、どうだっていいのだが。それよりも気になるのは、

「あの、話屋って何ですか。話を売るって、どんなです」

「そのままですよ。当方は話をひとつ百円で売るのです。嘘か本当かは神のみぞ知る、ですがなぁ」

 おじさんの頭が真後ろからの街灯の光を浴びて、私の側からは上弦の月のように見えた。陰に沈んだその顔には楽しそうな屈託のない笑顔が浮かんでいる。相変わらずあの不思議な音は聞こえ続けているが、何となくあの電波塔のようなものから鳴っている気がする。

 しかし話を売るとは、単純な仕事もあったものだなと思う。おじさんの言い方からすると、紙芝居や詩吟というわけでもなさそうだ。とはいえ、私に売れるほどの話が出来るだろうか。多分出来ない。なら、おじさんには常連もいたと言うし、見た目よりも才能に溢れているのかもしれない。そもそも、見知らぬ不思議な人なのにこうして落ち着いて話せるのだから、よく分からないがきっとこのおじさんはその道のプロだということだろう。

「凄いですね」

「おや、嬉しいことを仰いますなぁ。そうだ。どうです、ここで知り合ったのも多生の縁、ひとつただで話しましょうかな」

「いいんですか」

「ええ。ああ、ただし一つ確認を。ハツカネズミはいませんな?」

 おじさんは眉間に浅くしわを寄せると、辺りをぐるりと見まわす。公園にはまだ私たちしかいない。ハトもアリもいない。私たちだけだった。

「いないようですけど、どうしているといけないんですか?」

「なに、私の仕事の規則です。いないのならよろしい、さあ、何を聞きたいですかな」

「……じゃあ、最初にお株がどうのと言ってましたけど、あれは何のことです?」

「ああ、それですか」

 おじさんはひとつ咳払いをすると、背筋を伸ばして座り直した。それから少し目を閉じて何かを考えている様子だったが、やがて「うむ」と頷くと私に向き直った。今度の上弦は顔の半分。

「当方はご承知の通り話を売っていて、それなりの年月を過ごして参りました。その間当方はここらで唯一の話屋でして、話のタネを売る種屋という邪魔なやつもおりましたが、それでもまあ上手く折り合いをつけてやっておりましたのです。ですが、どうも最近競合相手が現れたようでしてな。そいつは話を聞かせて売るのではなく、話を見せて売るのです。話なぞあくまで作り物、聞かせた言葉が本物そのままなはずもないのですがな、ほら、見せるとなると本物らしさが増すでしょう。それでか客がそちらに流れて、当方の商売は上がったりなのですよなぁ。しかも、それだけならまだ向こうのが上だった、仕方がないと諦めも付くものを、そいつは当方に去れと言う。これは流石に腹に据えかねます。そういうわけで、ここで不満を吐き出していたという次第。いかがです?」

「いかが、と言うと?」

「だから、満足はされましたかな?」

 どうだとばかりに、おじさんは私の顔を覗き込む。私は正直に感じたことを話すことにした。なるほど確かに面白い、百円を払っても損をしたとは思わない。けれど。

「けれど?」

「本当のことですか、それ」

 私はそれなりに言いにくかったところを素直に言ったのだった。しかしおじさんはそれを聞くと、つかの間を置いて大声をあげて笑い出した。砂と言うのは音を吸収するものだと思っていたが、予想以上にその笑い声は大きく響き、それに応えて遠くの方で馬が鳴いた。それを叱る飼い主の声も聞こえた。一瞬、街全体から音が聞こえた気がした。おかしな音も搔き消える。

 おじさんはようやく笑いを静めると、目じりを拭いながら、

「申し上げたでしょう、嘘か本当か分からないと。当方、“そういうもの”でしてな。真実を知りたければ百円払っていただかないとですなぁ」

「それじゃあ結局分からないじゃないですか」

「はっはっは」

 すでに日は完全に沈み、夜の冷え込みも徐々に広がってきていた。夕方はひんやりと心地よかった砂も、今となっては冷たくて落ち着かない。私がおもむろに靴下を履き始めるのを見て、おじさんも「おや、そろそろお開きですな」と、立ち上がってお尻に付いた砂を払い落とした。その服装は、今まで気が付かなかったが浴衣に薄手の上着を重ねているらしい。全身を眺めるとまるで本物の布袋さんのようだ。

「……おやおや」

 おじさんがそう呟くので、つられて腰を上げた私もその視線を辿った。そこには公園の中心のあの柱があったが、いつからいたのだろう、若い男の影がその前に立っていた。逆光で顔がよく見えない。もしや強制労働のあの人かと思ったものの、こちらからはそれよりもすらりとして柔軟な印象を受けた。おじさんの知り合いかと横を見ると、おじさんは分かりやすく不機嫌そうに顔をしかめている。

「ご存じの方ですか」

 おじさんの耳に寄って囁くと、

「ええ、まあ。あまり会いたくない人ですがねぇ」

前を見つめたままにそう言う。

「さ、あなたはもうお帰りになってください。またどこかでお目にかかれるでしょう。今日は当方も楽しませて頂きました」

 おじさんは私の足もとのエコバッグを拾って丁寧に私に持たせると、柔らかい笑みを浮かべて小さく頭を下げた。また頭がきらりと光る。それを見てそういえばと耳をそばだてたが、もうあの音も聞こえなくなっていた。おじさんに別れを告げ、砂場を出ていくとき振り返ると、若い男がおじさんにゆっくり近づいていくのが見えた。その後、公園を出た曲がり角のところで唐突に気味が悪くなって、来た道をそっと覗き見たが、周囲の木々の陰に暗く沈んで公園の中の様子は何も伺えなかった。

 家に帰った私はオオタニワタリの天ぷらを作って、いつもより長めにお風呂に入って、随分遅くに寝た。それでもその翌朝意外と早くに起きてしまって、それで幌家横丁に行ってみようと思い立ったが、いくら調べても場所が分からず諦めてしまった。

 以来、パートの帰りに団地の前だけでなく公園の辺りでも奥さんと会うようになった。その度に奥さんはいつも楽しそうに話をして私もそれに相槌を打つが、残念ながらこれは百円を払うほどのものではない。思った通り奥さんは砂場でのことをおくびにも出さず、しかし別れ際には決まって仮面を被る。何種類も持っているのか、しばしば表情が微かに変わる。あと、時々ワインではなく灯油の香りがする。

 もちろん、あれ以来おじさんを見たことはない。もう巻川市にはいないということなのかもしれない。

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