雑聞その一

きょうは、おかあさんとおとうさんといっしょにバーベキューにいきました。やさいをたくさんかって、おかあさんがきりました。わたしは、ひおこししました。やくのは、おとうさんでした。おかあさんは、やさいをきれいにやきました。おとうさんは、うまくやけませんでした。おなかいっぱいになって、のこりはもってかえりました。おかあさんは、いえでぜんぶたべるといっていました。わたしもがんばります。うれしかったです。




 巻川市に住む赤野氏は唸りながら、昨日の帰り道に拾ったぼろぼろの絵日記帳から顔を上げた。真っ二つに破られてそれ以降のページが抜け落ちているこのノートは、何か事情を感じさせはするもののそれだけならばただの拾い物だった。

 問題は表紙の名前である。

「1年2組ひろたみほ……」

赤野氏は、朝のワイドショー番組を流すテレビへ目を向けた。番組ではさっきからずっと、この家の近所で本日未明に起こった火事のことばかり流していた。すでに鎮火され、見つかった遺体は3人分。両親と娘一人とのことだ。

「本当、気の毒よね。あそこの家、いつもすごく仲良さそうだったのに」

 赤野氏の妻が台所から赤野氏に言った。

「今朝お隣さんから聞いたんだけど、広田さんたちのご遺体、家が焼け落ちたせいでバラバラだったって……怖いわ。あとでお花お供えに行こうと思うの。あなたも帰りにどう?近くを通るんでしょ?」

 妻の呼びかけにひと言「うん」と答えながら、赤野氏はそっと鞄に絵日記帳をしまった。そしてそれを持って立ち上がると、食べ終わって空になった皿を台所に運んだ。

「あら、もう行くの?星占いまだよ?」

「うん。今日は最下位じゃないかなぁ……行ってきます」

 いってらっしゃいの声を背に、赤野氏は家を出た。ドアを閉めて歩き出す前に手に持った鞄を見下ろして、自分にだけ聞こえる声で呟いた。

「それじゃあ、どっちなのか分からないね……まあ、どっちでも変わらないもんなぁ」

 赤野氏はこの後いつも通りの時刻に会社に到着し、いつも通りの一日を送ることになった。帰り道、家の前に着いてから花のことを思い出したが、疲れていたので今日はやめておくことにした。一方妻は宣言通りまだ湿り気の残る火事現場に花を供えに行ったが、家に帰ると趣味のチラシの仕分けを始めた。彼女は近所のスーパーの地味なチラシをごみ箱に、ドリームパークと書かれた派手なチラシを気に入ったチラシ置場に放り込んで、赤野氏の帰るまでいつも通りの一日を過ごした。

 巻川市のある夫婦のある一日はこうして終わった。

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