将来の夢望論

 アイスクリームを食べ終え、密閉式のゴミ箱に空になったカップと使用済みのスプーンを放り込む。そうして私たちは店主にお礼を言った。


「ありがとうございました」


「いえいえ。もしまた来ることがあったら、大会の結果を教えてくださいね」


 店主はそう言ってニコリと笑い、戸口を出た私たちを見送る。チヒロは店主を振り返って手を振り、私はミニメンのカップを1つ手提げ代わりの弁当箱バッグに放り込んだ。


「変わった人だったね」


 チヒロに言うと、彼女は明るく笑って言った。


「いいじゃん、おまけまでもらったんだし。明日から宣伝しないとね」


 チリリリと鳴り響く駄菓子屋の軒先に下げられた風鈴が背後に去り、蝉がせわしげに鳴き始めた。太陽は地平の彼方へと沈みかけ、夏の宵闇と濃紺に染まる山の間を彩る。そして私はその宵の中に沈むチヒロに話しかけようとして、チヒロを眺めた。チヒロはこの夕べの中では普段の様子からは想像がつかないほど儚げで、しかしどこか懐かしい。不意にとある不安に駆られて、私は話しかけようとする声を大きくした。


「チヒロ」


 反応がない。私は、ミニメンを放り込んだ弁当箱バッグの紐をぎゅっと握り、チヒロの肩を叩いた。


「ああごめん、どうしたの」


 チヒロが振り返る。私が不意に浮かべた不安を打ち消すような笑みを浮かべて、楽しい映画を見ている子供のような表情で。


「私、ちょっと気になったんだよね」


 チヒロに不安を伝えようと口を動かす。


「何を……じゃない、何が?」


「なんかさ、このあとの演劇同好会の未来についてなんだけど……」


「重ね言葉じゃない?演劇同好会のこのあとについて、でいいと思うな」


「……コウくんに似てきたね」


「そう?まあ別に嫌じゃないけど」


 そう言って彼女は前を向き直り、また表情が見えなくなる。どこか不思議な不安を感じる。チヒロがチヒロでないような、そんな不安感。でも言っていいかどうかはわからない。言うのを躊躇うような不自然さがそこにはあった。


「で、演劇同好会の未来についてなんだけどさ。コロナの影響で先輩方からあまり色々教えてもらう時間もなかったから……その」


 私はこれまでの不安を吐き切る一歩前だった。


「ああ、普通にダメージ食らってるって話?大丈夫、コウくんもいるし……まあ大丈夫だよ。一年生ちゃんたちに色々教えてくれるでしょ、きっと」


「一年生ちゃん達って何人いたっけ」


「五人」


「でも、一人やめたいって言ってるよね」


「まあ……やめられると大変だけど、まだ四人いるし大丈夫でしょ。私たちがここでとやかく言ってもあまりできることはないと思うけどな」


「まあ……そっか」


 考えるまでもなくチヒロの言うとおりだ。それはもうどうしようもない事実になっている。私は部活の話を切り上げた。


「そう言えば私、将来の夢が見つかった気がするんだよね」


 チヒロがそう言って私に部活とは別の未来の話を振った。


「どうしたの、いきなり」


 私はチヒロの話に乗る。


「私、舞台芸術系の大学に行って役者になりたい」


 部活とは関係があまりない演劇の話になった。急なことに驚きながら答える。


「またいきなりだけど……チヒロらしい夢だね」


「ありがとう。私、演技するのがすっごく好きなんだよね。その間は自分のことも嫌なことも全部忘れて他の人になれるからなんだけど」


「そっか、チヒロはフィーリングで演じてるんだね」


「そう。しかもさ、行きたい大学は数学が入試科目に全くないんだよ。さらにさらに、四年間ずっと全寮制なんだよね」


「なるほど、それはいいね。チヒロもちゃんと遅刻せず大学生活送れそう」


「何失礼なこと言ってるの、私遅刻したことないじゃん」


「でもしょっちゅうぎりぎりで駆け込んでるよね」


「えっと……」


「まあそれはそれとして、私はチヒロに合ってると思うよ。頑張ってね」


「なんかごめん」


 チヒロが突然私に謝る。


「いいよ、別に。何も気にしてないから」


 私はそう言って笑った。

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