協奏の友人論

「そうだ、アヤナの夢は何なの?」


 チヒロはいつになく真剣なまなざしで私に聞く。それは私に、チヒロが演技している様子を思い出させた。


「なにその芝居がかった感じ」


「そう?そんなことないと思うけどなぁ……そうじゃなくて聞きたいんだよね」


「ええ……どうして?」


「アヤナが夢を語るとき、アヤナの目はキラッキラに輝くもん」


「どうしてわかるの?」


「演劇同好会に初めて来て理想の演劇脚本を語った時のアヤナの目がそうだったから」


「え、覚えてない」


「またまた。冗談はやめてよ」


「いや、本当に覚えてない。私そんな感じで目とか輝かせて語ったっけ」


「うん。だから、教えて」


 チヒロは私の横にやって来た。さっきまで見えなかった顔がこちらを向く。


「私の夢かぁ」


 私は首をかしげたが、ふと自分にただひとつある夢らしい夢を思い出した。


「そうだ」


「なになに」


「食品系の商品開発がやりたいってのはある」


「アヤナ、料理できるんだ」


 チヒロが東に夕焼けを見たような目で私を見る。


「え……そんなに驚かなくても、ってか言わなかったっけ」


「そういや聞いた気もするね……それで、具体的にはどんなものを開発したいの?」


「駄菓子かな」


「そうなんだ……あれ、だから弁当箱入れのポケットに『蒲焼きさん』が入ってるの?」


「なんで知ってるの、あげたこともないのに」


「弁当出すときとかに弁当箱入れの中なんてよく見えるじゃん」


「そうかな……」


「まあそれはそれとして、だからいつも持ってるの?」


「あー……これか。実は色々あってね」


 私は弁当箱バッグのポケットを開けた。そこにはロングセラー商品である魚のすり身を甘辛く焼いた駄菓子、蒲焼きさんが二枚。これは私の相棒、私の大好物。もしこれをあげたいと思う人がいたら、私はその人と何でも分け合えるだろう。


「あっ」


「どうしたの」


 チヒロにあげないのか、という疑問が私の頭の中を駆け巡った。チヒロとはすでにここ2ヶ月で何でも分け合っているし、1年生の頃から苦楽をともにした仲間だ。私は蒲焼きさんを一枚取り出し、チヒロに手渡した。


「これ、あげる」


「え」


 チヒロが目を丸くして私を見る。しばらくするとチヒロは丸く見開いた目を瞬いて、少し言いよどんだあと手を引っ込めた。


「いい。私、この味はあまり好きじゃないから」


 私はすこし残念な気持ちだったが、こんなものがなくてもチヒロとは何でも分け合えるだろうと思い直した。


「じゃあ、今日はここで」


 チヒロは私に手を振って、いつの間にか前を横切ろうとしていた駅前の売店に入ろうとする。私は一人で到着まで3分を切った電車を待つことにした。これを逃せば各駅停車は1時間後だ。


「じゃあね、また明日」


 売店のドアの前に立つチヒロに手を振って、私は夕闇に沈みつつある駅の改札に定期を通してホームへと向かう。チヒロは何を買うのだろうか。そんなことを考えたときに19時50分の電車がホームへと夕闇を切り裂いて止まった。私は電車に乗り、ホームをあとにする。カーブを曲がるたびに暮れ空に浮かぶ一番星が窓枠を出たり入ったりしている電車の中は、すでに通勤ラッシュを過ぎ閑散としている。2週間後に迫った演劇の大会は、今や私の中で最大の懸念事項となっていた。

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