占星の確率論

「正位置の悪魔、ね……」


 店主が並べたカードをひっくり返すと、一枚目には何やら禍々しい悪魔の図案が描かれていた。


「……まずそうなカードですね」


「一枚目のカード、これは過去を示すわ。そしてこのカードの意味は正位置だから邪心、束縛そして堕落」


「ひええ……恐ろしい」


「まあ気にしないで、占ったからといって未来がそうなるとは限らないから」


 店主はそう言いながら二枚目をひっくり返す。二枚目には女性と「THE WORLD」の文字が描かれていた。私たちの方に上を向けている。


「……正位置の世界」


「意味は何ですか?」


「二枚目は現在で、世界は正位置だと完成とか完全を意味するわ。だから今は大丈夫」


「それで……三枚目が未来ですね?」


「ええ」


 店主はそう言ってカードを開く。


「正位置の塔、ね」


「なんか破滅してそう……」


 チヒロが縁起でもない発言をした。


「こら、そんなこと言わないの」


 店主はそっと口を開いた。


「塔の意味は『破壊、破滅』だけどあなたたちの方から見れば逆位置だから『必要とされる破壊』になるのかしら……」


 店主は少し首をかしげて手元に残ったタロットカードを机に置いた。


「……どういうことです?」


 そう聞くと、店主はタロットカードを一枚取り出して机の上に置いた。


「私の方から見るのと、あなたたちの方から見るのでは意味が変わってくるの。例えばこうやって、私の方から見て上側があなたたちの方を向いていれば私から見て正位置、私の方を向いていれば逆位置」


「へえ……なかなか多種多様な結果が出そうですね」


「タロットはそういうものなのよ」


 店主は楽しそうに言う。


「……ってことは」


「そう、気休めになればそれでいいし悪い結果は見え方によって覆せる。占いなんてそれぐらいで良いの」


「ほええ……」


 私たちは感嘆しながら、店の奥の冷凍庫を見た。


「ああ、アイスクリームなら今半額セールやってるわよ」


「どうしてですか?これから売れる時期なのに」


 チヒロが残念そうな顔で店主に問う。


「なんでだと思う?」


「私わかった、フレーバーがトマト味とかで流行らないからでしょ」


 チヒロはいつも通り大喜利を始める。私が考えていると、店主は答えた。


「賞味期限が切れちゃったら駄目でしょう?」


 店主の至極当然な回答に、チヒロはそっとマスクの下で尖らせた口を戻した。


「まあそうですね……仕方ないのか」


「あ、そうだ!あなたたちに宣伝してもらえれば、高校の生徒さんも来てくれるんじゃないかしら」


「……宣伝します」


「それじゃあアイスの付録にミニメンをあげましょう」


「いいんですか?それと、冷たいものに熱い付録を?」


「お湯を注がなくても炎天下でも美味しいし、1カップ30円相当よ、受け取ってもバチは当たらないわ」


「まあ……はい」


 店主はそう言って、ミニメンをアイスクリームと一緒に持ってきた。


「はい、定価60円のアイスだから1つ30円で合計60円。ついでにミニメン2つあげる」


 私たちにアイスクリームとミニメンのカップを渡すと、店主はクリアカーテンの後ろ側に引っ込んだ。アイスクリームの蓋を開けながらコロナ禍の影はこんなところにも落ちているのだと実感し、昭和の中に現れた令和にノスタルジーを見る。店の戸口に立つと、外ではすでに赤色になった日差しが「たばこ」と書かれた古い立て看板の影法師を長く伸ばしていた。

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