黄昏の琥珀色
青葉の逆用論
脚本が完成し、練習が始まって10日が過ぎた。私は高校の自販機で買ったアミノサプリを左手に持ち、脚本をめくる。
「夏色の宵闇。これを今度の夏の大会でやろうと思う」
そう言って脚本を持ってきたコウくんはこれを3日で仕上げたことを打ち明けたのだった。
「あらすじは?」
「演劇同好会の部員3人が夏大会の振り返りをしている。その中での会話に違和感を覚えた主人公は、1人がトイレに行っている間にもう1人の部員に探りを入れる。そうこうしているうちにもう1人が戻ってきて、不思議なことが起こる。そして主人公はここがまだ劇の中だと知り、劇から出る方法を探すんだ」
「劇として成り立つの?」
「これは演劇という下地の逆用だよ。実際に舞台にいるからこその混乱や感動を届けられると思う」
コウくんの言葉を信じたのは、ラストを読んだときだった。
「何このセリフ、めっちゃいいじゃん」
「ありがとう」
「あとタイトルさぁ、『宵闇の夏色』にしてもいい?」
「その方がいいかも」
照れくさそうに笑うコウくんは、たしかにそこにいた。
「何やってるの、アヤナ」
チヒロが私の肩を叩く。水滴でびしょびしょになったアミノサプリのペットボトルが私の左手を冷やしていた。
「何って……脚本読んでただけだけど」
答えるとチヒロは私に手を伸ばした。
「じゃあ大丈夫だね」
「何が?」
状況が飲み込めない私の左手をチヒロが掴む。そうしてチヒロは、私の左手を引いて歩き出した。
「さて、今から行くのはここ」
チヒロは左手でスマホをいじり、写真を出した。小さな鳥居が写っている。
「これは……神社?」
「うん」
「何しに行くの?」
チヒロは呆れたとでも言いたげな顔で私を見た。
「最優秀賞祈願」
「今から?」
チヒロは上を向いて答える。
「今は天才がいないからね。何もないよりは神様に頼ったほうがいいじゃん」
その明るい言葉に僅かな影を感じ、私ははっとした。
「……そうだね」
私たちは練習場所を出て、昇降口で靴を履く。そうして、田んぼの中を抜ける道を歩き出した。駅と高校をつなぐ通学路とは真逆の方へ伸びる道路は、しばらく行くとアスファルト舗装がされていない土の道へと変わる。
「この辺って田んぼしかないじゃん」
チヒロが取り留めもない話を始める。
「そうだね」
「田んぼの中を散策してたらあの神社があったんだけど……びっくりした」
「いつ見つけたの?」
「先週の土曜日だね。忘れ物を取りに来て、そのままブラブラしてたら見つけたよ」
「へえ……」
「あ、ここを右」
チヒロはそう言って左を指した。
「どっち?」
「右」
左を指しながらチヒロが言う。
「チヒロの利き手は?」
「右手」
「今指してるのは……?」
「右じゃない……」
チヒロの顔が赤くなる。
「ごめん、左」
私たちは左へと十字路を曲がり、田んぼの中にある小さな町に入った。
「鳥居があるでしょ」
チヒロが唐突に言う。
「どこ?」
「この町の学校側に赤い何かがあるでしょ?」
「……?」
「学校からも見えるんだよ」
チヒロはそう言うと、スマホの画面をスクロールした。見覚えのある風景が映る。
「ここ」
チヒロがタップしたところには、たしかに鳥居らしき何かが映っていた。
「これかぁ……」
「あと2分くらいで着くから、お賽銭投げたかったら準備しといて」
チヒロが嬉しそうに言う。後輩数人が財布を開けて、5円玉を探し始めた。
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