白縹の形式論

「おつかれ~」


「おつかれさまでした!」


 1年生たちが帰っていくのを追うようにして、私はチヒロとほぼ同じタイミングでデイパックを背負った。


「……帰ってきたら賞取ったよーって言ってあげないとね」


 チヒロが笑う。から笑いを浮かべる私とは違い、チヒロは心の底からの笑顔を浮かべていた。


「チヒロのアレンジがなんて言われるかだけど……」


 私はチヒロに不安材料を投下する。


「それはやってみないと分かんないじゃん」


 チヒロの心が揺らぐことはないようだった。


「そうだね……」


「どうしたの、そんなに暗い顔して」


「……」



――私だって不安にしたくてこんなことを言ってるわけじゃない。私の気分を共有したいわけでもない。ただ、チヒロが心配なだけなんだ。1ヶ月前から、私はそう思うことにしている。


「あ、そうだ! 今日から親愛綺譚で花火イベ始まるじゃん」


 チヒロが突拍子もない話題を振ってきた。親愛綺譚とは、コウくんを含む演劇同好会の2年生3人がハマっているゲームで、リズムゲームとバトルの要素を備えた非常にストーリーが面白いゲームである。


「いきなりどうしたの」


 私はいつものチヒロの脱線が始まったことを察した。


「暗い話ばっかしててもつまんないし、関係なくてもいいから明るい話したほうがいいじゃん」


「まあそうだね」


 私は諦めてチヒロと親愛綺譚の話をすることにした。


「親愛綺譚ってどこまで進んでる?」


「まだ4章までだね」


「じゃあまだ5章のネタバレできないじゃん」


 チヒロが残念そうに言う。


「まあネタバレしてもいいよ、気にしないし」


 5章は長いらしいのでプレイする時間がないのだ。チヒロはどうやって時間を作っているのだろう。


「え、アヤナがネタバレ気にしないとかなんかあったの?」


 チヒロは少し驚いた様子で私の方を向き直った。


「なんもないよ、別に」


 チヒロは先ほど同様の目を私に向けたまま、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「えー?絶対何かあるじゃん」



 私はチヒロに説明することにした。


「これまでのストーリーもそうだけどさ、長いよね」


「まあね」


「時間が足りないんだよ」


「そっか……忙しいんだね」


「そう」


「そっか、じゃあネタバレしよっか」


 チヒロは楽しげにネタバレを語り出す。駅に着く頃になっても、まだネタバレは半分も進んでいなかった。


「じゃあ続きはLINEで」


 チヒロは電車が近づくホームで言った。


「それはさすがに困るかな」


「じゃあ通話したらいいじゃん」


「課題が……」


「終わってないの? じゃあダメじゃん……わかった、課題終わったら連絡して」


 チヒロはそう言って、電車に乗った。私は2分後の電車に乗り、駅をあとにする。電車の中で私は課題になっている数学のワークを開き、回答を始めた。


「次は四日市、四日市です」


 車内アナウンスを聞いた私は、ワークをまとめてリュックに詰める。駅のホームに降り立つと、まだ白っぽい水色をした空が屋根の隙間から見えた。


「形式的な毎日」


 そんな言葉が脳裡に浮かび、すぐに消える。


「帰るか」


 私はそうわざとらしく口に出して、改札口に向かって歩いた。空には白っぽい三日月が霞んでいた。

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