鳥居の信仰論

 鳥居をくぐり、境内に入る。そこには確かに「神域」と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。木には青葉が宿り、疲れた目を癒やす。手水舎ちょうずやで手を洗い、木々に囲まれたトンネルのような参道を抜けると、そこには小さな拝殿があった。後輩たちが賽銭箱に5円玉を投げる。


「神社の参拝方法はわかる?」


「二礼二拍手一礼……だよね」


「合ってる合ってる」


「このガラガラの本名、本坪鈴ほんつぼすずなんだって。ちなみに紐の方は鈴緒すずおらしいよ」


「らしいよって何」


「人から聞いた話だからね」


 2回お辞儀をしてから2回手を叩き、1回お辞儀をして顔を上げる。手の音は青葉の中を響いていった。そして鈴緒を握って3回振ると、少し遅れて本坪鈴からカランカランという音が鳴る。私が小声で「優秀賞が取れますように」と言い始めた途端、チヒロが大声で「私たちの努力が報われますように」と祈りの声を上げた。


「大声過ぎるでしょ」


「いいじゃん、大声出した方がしっかり神様にもアピールできるでしょ」


「まあそうかもしれないけど……」


「大丈夫、心配しなくたって私たち以外いないから」


「そういう問題じゃないような……まあいいや」


 私たちは改めて深々とお辞儀をしてから回れ右をして境内を出た。


「さて、神様に頼んだからあとは捨て身の努力だね」


 チヒロが笑顔で言う。


「チヒロってさ、笑顔で相当なこと言うよね」


「そう?当たり前のことじゃないの?」


「まあそうだね」


「アヤナ、もう少し本心出したら?」


 チヒロの言葉に、私は戸惑うしかなかった。


「え?」


「さっきから私とぶつかりかけては折れてばっかりじゃん。そんなようじゃ……」


 チヒロは私を見て続けた。


「そんなようじゃ、いつまで経ってもスッキリしないよ」


「っ……」


 うつむいた私の顔をチヒロがのぞき込む。


「図星だった?」


「……」


 何も言い返すことができない私を見て、チヒロは黙った。


「追求しなくていいの?」


 私がチヒロの方を向かずに聞く。


「とどめを刺すのはかわいそうだからね。それにアヤナはまだ失いたくない」


 チヒロは少し高めの声で言葉を放った。


「まだって何よ」


 私が言うと、チヒロの口元に笑みが浮かぶ。


「……なんてね。楽しい話しよっか」




 私は親愛綺譚のイベントの話を始めた。


「花火イベ面白そうだね」


「そうだね……明日配信開始か」


「今のうちに課題終わらせないと」


「そうだね、早くやった方がいいね」


 チヒロは苦笑いした。


「チヒロは終わってるの?」


「この顔から察してよ」


「終わってないんだね」


「うん……」


 チヒロはしばらく沈黙したあと、「もう一回、話変えよっか」と言った。


「じゃあ最近仕入れたトリビアをどうぞ」


 チヒロは数秒沈黙し、口を開いた。


「味の素って昔は石油から作ってたらしいよ。石油コンビナートに工場があるのはその名残なんだって」


「今一番知りたくなかったトリビアだわ」


 味の素をご飯にかけるのにはまっていただけに、かなりショックだった。


「大丈夫、今はサトウキビから作ってるから。それに石油だって大昔の生き物だから元を辿れば天然素材じゃん」


 チヒロの口から出たとは思えない意見が衝撃過ぎて一瞬言葉が見つからなかった。


「チヒロ……さすがにそれは言い過ぎでしょ」


 チヒロは涼しい顔で答える。


「そんなことないと思うよ。それに天然素材ならいいとか言う風潮っておかしいじゃん? 毒草だって天然素材だよ?」


「まさかチヒロからこんな話を聞くとは思わなかった」


 私の言葉に、チヒロは不服そうな顔を浮かべた。


「コウくんが言いそうなことって言いたいの?」


「まあ……うん」


「そんなこと言ってたら何も言えなくなっちゃうじゃん」


 チヒロはそう言って、「ゲームの推しが尊い」という話を始めた。私はそれを聞きながら、不思議な物足りなさを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る