第29話 信頼と敬意
夕食を終え、俺は自身で設置したテントで天井を見上げていた。ランタンの明かりを消し、暗闇の中で横になってから一時間。眠気は確かにあるもののどうにも寝付けないでいた。疲労は確かにある。慣れない馬車の御者を務めたり、テントを張るために肉体労働をしたり。
なのに眠れないのはレリフがなぜ人間たちと戦争をしている理由を語らないのかが気になるからだろうか。
しばし考え込むも答えは出ない。仕方なく起き上がっては胡坐をかき、日記を取り出しては書き込むためにパラパラとページを捲る。寝れないのなら横になっている必要はないし、今までの生活は書き物をしているうちに寝落ちするなんて日常茶飯事だった。
であれば、今日もそうやっていた方が寝れるだろう。そう思いつつ、今までのことを人間界にいた時と同じように、思い返しては日記としてさらさらと綴っていく。
レリフが何か隠していること。人間たちとは争いたくないと思っていること。今は言えないが魔王になった暁には真実を教えてもらえること。
魔界の地理を教えてもらったこと。魔物の操り方を教えてもらったこと。
忌々しい女神様が勇者だけではなく魔族をも作っていたと知ったこと。
今日だけでも新しいことが様々あった。その勢いで昨日の出来事まで振り返る。
久々の風呂にのぼせるまで入ってしまい、リィンに小言を言われたこと。その前には手料理を食べてアリシアに謝りたいと思ったこと。初めて人前で泣き、慰めてもらったこと。
隠していた事実が他人の手で暴かれたこと。
そしてそれが、信頼していたレアル学長の口から打ち明けられたこと。
それを思い返した瞬間だった。抑えられない怒りが腹の底からふつふつと沸いて出る。元を正せば自分の行いが悪かった事は確かにわかっていたし、いつかはこの日が来ることもわかっていた。
だが、慣れない敬語を使ってまで尊敬の念を表していた相手にそれをされたという事実が裏切られたという実感へと変わり、解消されない「なぜ」「どうして」という疑問の念が怒りへと変わる。それはペンを握る手を
無意識の内にその怒りは魔力に乗って広がったのだろう。野鳥の群れが慌ただしく飛び立ち、夜の森の静かな木立を揺らした音が遠くでした。
その音ではっと我に返り、ペンを放って空いた右手で頭をくしゃくしゃと乱して自己嫌悪に陥る。何もかも自分の思い通りに動かないからと言って癇癪を起こすなんてガキじゃあるまいし。
溜息を一つ吐き、外の空気を吸うためにテントから這い出ると、ちょうどレリフも同じく出てくるところだった。
――――――――
出てきたときには消えていた焚火の跡には再び火が灯されていた。レリフが魔法でそれを再び燃え上がらせたのが数分……いや、十分ほど前の事。それから俺たちはその火を挟んで、無言で何をするまでもなく座っていた。
「……さっきの話はもういいのか?」
パチン、と焚火の爆ぜる音がしてから彼女はそう言った。その言葉は思いつめた顔から発せられた物で、話したいけども話せないような印象を受けた。事情は十中八九違うのだろうが、俺はその状態の苦しさを十分に知っている。そして、隠していたそれを無理やり暴かれた時の事も。
「誰にでも聞かれたくない、知られたくないことはある。現に俺が魔法を使えない事だってずっと隠していたわけだしな。だから戦争の真相については知りたいが無理には聞かない。きちんと魔王になって、それから話してもらう。『魔王になったら話す』ってことは、多少なりとも俺の事をそれが出来る奴だと信頼してくれているんだろう?だったら俺もレリフの事を信頼して、正当な手段で聞きたいんだ」
だからだろうか。俺は心の内をすべて吐き出すかのようにして彼女の問いに答えていた。それを聞いたレリフは一瞬だけ驚いたかと思えば、笑みをこぼして一言だけ呟くようにして言った。
「そうか」
「そこで一つ聞きたいんだが、今の俺なら各国の代表を負かして魔王になれそうか?」
現魔王である彼女に勝る程の魔力を持つ俺の事だ。当然、「そのままでもなれるじゃろう」という返答を期待して聞いてみたが、返ってきた答えは正反対の物だった。
「寝言は寝て言わんか馬鹿者が。感情任せに魔力を振るう、コントロールすらできない者が魔王になぞなれるわけ無いわ。いくら知識と魔力があるからといって
散々な言われようだった。途中から彼女の顔は悲観的なそれから説教をするときのそれに代わり、徐々にいつもの調子を取り戻してきたことを示していた。
「――ということじゃ。お主に何が足りないのか分かるか?」
「力の使い方か?」
「それもじゃが圧倒的に経験が足りん。お主が
彼女はそこで言葉を区切ると、親指から中指までの3本を立てて説明を続けた。
「明日からお主には魔界の常識を叩き込みつつ、魔力のコントロールを常時してもらい、尚且つ実戦的な訓練に励んでもらう。前の二つは我が直々に指導してやろう。期待をかけたからには手加減なしに厳しくいくからの。死ぬ気で食らいついてくるんじゃぞ」
「ああ。よろしく頼……お願いします」
突然の敬語に驚いた彼女は顔色こそ変えたものの、何も言わなかった。
「さて、明日から激しい訓練が始まるんじゃ。早う寝た方が良いぞ」
彼女はそういうと先ほどの3本の指を鳴らす。それと同時に焚火はつむじ風によって音もなく消え、テントから這い出てきたときと同じく辺りは暗闇に包まれた。俺は彼女の言葉に従ってテントへと踵を返す。
なぜだか、すぐに寝れそうな気持ちだった。
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