第30話 魔力の操り方
次の日の朝、昼寝をしすぎたためか日の出と同じくらいの時間に起きてしまったケルベロスは、両脇ですやすやと寝息を立てているイグニスとリィンを起こさないように抜け出し、昨日の朝と同じようにカテラの寝床に潜り込もうと彼が寝ていたテントの中に入るがそこには惨状が広がっていた。
テントの主はその中央でうつぶせに突っ伏しており、その周囲は黒ずんだ血で染まっていた。それを見た彼女は当然叫んだ。
「うわああああああああああ!ご主人!ご主人がああああ!」
「うおおおおお!?何だ!?」
間近で叫び声を上げられた彼も飛び上がって叫んだ。
――――――――
それから一時間経って、あらかじめフリーザーで保管しておいた野菜と昨日の鹿肉で朝食を済ませると、魔王一行は早くも出発していた。今日、日が落ちるまでには第一の目標であるサシャの村へとたどり着くためだ。
背の高い木々の海を穿つ、馬車がギリギリすれ違えるだろうという細さの道を馬車は進んでいた。その御者席には昨日と同じくレリフとカテラが隣り合って座っていたが、昨日とは違うところが数か所あった。
一つは向いている方向。昨日は進行方向に座っていたが今日は向かい合っていた。
一つは彼らの頭上。魔王と、その見習いである証の王冠は彼らの頭から無くなっていた。
一つは彼らの合間。そこには白黒のタイルを交互に敷き詰めた盤が鎮座しており、その上には白銀に輝く駒と赤黒い駒が8個づつ整然と並び、盤外には同じ数の駒が転がっていた。
彼らは自身の王冠に変身魔法をかけ、16の駒にしてボードゲームに興じているのだ。盤上を見ると、中盤から終盤に差し掛かる所といった状態だった。
「にしても、寝る時は魔法が解除される事くらい知っておるじゃろうが」
白のポーンが、少しゆがんだ黒のポーンをマスから追いやると、彼女はそれを摘まんで自分に近い盤外へと置く。
「そりゃ知ってたが……昨日は疲れてたし頭の中から抜けてたんだよ」
ちぐはぐな僧帽を被った
「何を言うか。眠れないから外に出ておったくせに。チェック」
白のクイーンが、歪んで防御の意味を成さないだろう黒の
「それとこれとは話が別なんだよ。…っと」
当然彼はそれを防ぐ手として白のクイーンをキングで取るが、当然それは彼女の罠であり、それで状況は悪化した。
これ幸い、といった様子でレリフは一気呵成に攻撃を仕掛け、彼はあえなく負けてしまった。
勝負に負けた彼はにわかにかいた汗を右手の甲で拭ってため息を一つ吐いた。それと同時に、今まで行使し続けてきた魔法を解除したのだろう。16の駒はすべて液状化し
彼はそれにもう一度変身魔法をかけ、王冠にして被ってから続きの言葉を発した。
「一個だけを変化させるならまあまあ負担なく出来るが……数を多くするだけでこんなにも難しいんだな」
「そうじゃな。チェスの駒すべてを『ちゃんとした形で』一ゲーム中保てるようになれば次の段階に進もうではないか。それまでは毎日対局じゃな」
「げ、マジか……」
「移動中の暇つぶしにはなるじゃろ。それに、イグニスやリィンも手持無沙汰で我らのゲームを見ていたようだしの」
後ろの席で観戦していた二人はぱちぱちと小さく拍手をする。それは彼女たちの後ろでまたも寝ているケルベロスを起こさないようにしているのだろう。拍手を終えたイグニスは口を開いてこう言った。
「話を遮ってすみませんが、馬車を動かした方が良いのでは?チェスに熱中するあまり、疎かになっていたようですので」
「っと…悪い。直ぐに動かそう」
カテラはイグニスの指摘が正しいことを認め、馬車を牽く馬の制御に集中し始めた。それをよそに、レリフはゲームにさらに付加価値をつけようとしていた。
「ただゲームをするというのも面白くないしの……ここは勝者が敗者に何でも一つ命令できる、というルールを付け加えようかの」
「冗談じゃねぇ!俺は一体いくつの命令に従わなけりゃいけないんだよ!?」
「それはお兄さんが頭良いのに弱いからそうなるんですよ」
リィンがくすくすと笑いながらそう言うが、当の本人はそれを否定した。
「俺は自分のことを一度も頭が良いなんて思ったことは無い。魔法の知識は死に物狂いで調べ上げた結果に由るものだしそれ以外の知識なんてろくすっぽ無い。凡人以下の馬鹿野郎っていうのが俺の自身に対する評価だ」
カテラは二の句を継いでどうにか考え直すべきだと彼女たちに問いかける。
「つまり凡人以下で頭の悪い俺にチェスで勝ったら何でも命令できるなんて非人道的な提案をするっていうのかお前らは!?」
そう抗議の声を上げるも、効果は無いようだった。
「ええ。お兄さんに命令するなんて面白そうですし」
「勝負には懸ける物が無ければ必ず中弛みします。故にこれも鍛練の一貫として受け入れるべきかと」
「イグニスの言う通りじゃぞ。それにお主は今まで挫折という挫折を味わって来なかった。それが精神面の弱さに繋がり、
それっぽい事を言ったレリフは、顔色を真面目な物から笑顔に変えて続きを話す。
「というわけでじゃ、お主には今日到着するサシャの村で最初に出会った者に恥ずかしい過去を話して貰おうかの」
「こ…この人でなし!鬼!悪魔!」
予想だにしない命令に、もはや蓄えていた語彙力を喪失して罵ることしか出来なくなったカテラ。だがその言葉も彼女たちの想定内だった。
「人では無いしの。魔王じゃし」
「右に同じくですね。竜人ですし」
「そうですよ。私なんてわるぅ~い魔族ですし。お兄さんの嫌がることを喜んでやらせていただきますね」
くすくすと笑う小悪魔の顔を見て、逃げ出したいと思うカテラだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます