第28話 【勇者Side】金策

 時は少し遡り、カテラたちが魔王城を出発した頃。


 太陽は中天に差し掛かっていたが勇者は王都から遠く離れたとある地下遺跡に潜っていた。両手を広げた者が二人通るのが限界といった通路は光源も無く、そのままでは真っ直ぐ進むのも至難の業だ。


 しかし彼はそんな通路を自身が唱えた灯の魔法を頼りに単身、荒々しい歩調で進む。顔つきもそれに応じたように険しく、時おり口を開いてはため息か舌打ちが飛び出す始末だ。つまり、一目で分かるほど苛ついていた。


 そんな彼の眼前に直線的なフォルムをした、彼よりも二回りほど大きな煉瓦色のゴーレムが立ちはだかる。それを受け、勇者は驚きの声をあげるでも無く険しい顔つきのまま雷の魔力を帯びた剣の一閃を繰り出した。


 その一太刀は彼の心情をそのまま具現化したかのように荒々しく、側に居る者の視覚と聴覚をしばらく奪うことは目に見えている程の轟音と稲光を立てて石の魔物を襲う。


 明らかに耐えきれない攻撃を受け力尽きたゴーレムは瞬く間に土くれと、光沢のある赤い菱形へと姿を変えた。


 土くれにほぼ直立するようにして突き刺さる、手のひらに収まる程度の大きさを持つ菱形を拾うと勇者は他には目もくれずまたもや荒々しい歩調でただ奥へと進んでゆく。


 彼は先日の魔法使いの様に一人取り残されたという訳でも無く、かといえ他のメンバーよりも先行している訳でも無い。


 彼は最寄りの町から一人でここに巣食う魔物を退治しにやって来たのだ。その目的は魔物の度重なる襲撃に困っている人々の為などでは無く、ただ単に報酬が良い依頼をこなす為だった。


 ではなぜ彼はこうも憤慨しているのか、それはどうしてこうなったのかを振り返れば分かる。


 彼の心にあったのは、魔法使いと対峙したあの決闘のことだった。あの時彼は慢心していた。「目の前の無能は魔法一つ使えないただの凡人以下クズだ。勇者に選ばれた俺の敵ではない」と。


 だが、結果は暴力的ともいえる魔力によって常軌を逸した強化を受けた魔法使いに成す術もなく敗れさった。魔法を使うことが出来ないと自身で認めた者が、突如魔法を使役して反応すら出来ない速さで以て場を制した。


 なまじ彼の素、同年代と比べても遥かに非力で持久力も無い状態を知っていたが為に、あの時魔法を使わせなければという後悔はその度に彼を苛立たせる。


 即座に斬りかかっていれば事故に見せかけてその命を奪うことさえ出来た。決闘裁判ではどちらかがもう一方を殺めても罪に問われることはない。


 だからこそ、彼は魔法使いをいたぶり殺す為に決闘を引き受けたのだが、得るものは無かった。秘密裏の取り決めも、彼の物を売れなくなったためただ単にレイノール学院の学長に魔法使いの日記を渡すだけに終わった。


 つまり、彼だけが自身の名誉を失ったという一人負けの状態だったのだ。彼はそれを自覚していたし、それについても憤りを感じていた。


 結局、あの時にレアルが無能の事実を暴露したため奴の遺品を売る計画は頓挫した。その為俺の手元には銅貨一つたりとも入ってこなかった。だから今雑魚どもをチマチマ狩るなんて誰でも出来る仕事を勇者であるこの俺がしなければいけない。


 なんで俺だけがこんなに損をしなければいけないんだ!?魔法を使えない無能と組まされ、その損を取り戻すために奴の物を金に換えようとするとそれを咎められ白い目で見られるようになった!


 俺は女神に選ばれた勇者だ!罪を犯しても大目に見るっていうのが普通ってもんじゃないか!?そもそも、人間界を守るために魔王を討伐する役目を果たすために旅立つ勇者に向けて、装備を一通り整えたら無くなる程度の端金はしたかねしか寄こさないてめぇらが悪いんだよ!!


 つまり俺は悪くねぇ!女神に選ばれた俺と一般人のお前ら、どっちの言い分が正しいのかは言わなくてもわかるだろう!?


 彼の激情は電撃として発露する。それは先ほどの一閃よりもはるかに激しく、彼自身も覆い隠すほどの光量で以って暗い地下遺跡を明るく照らすと共に、轟音を立てながら通路を這う様に放たれた。


 それは魔物たちを飲み込んではさらなる獲物を追い求めて過ぎ去っていく。白光の後に残されたのは無数の赤い菱形だけだった。


 ――――――――


 それから数時間が過ぎ、日が沈もうとする頃。


 勇者は先程まで潜っていた遺跡から最寄りの街にある酒場に居た。この街は王都から北西に歩いて一週間以上はかかるものの規模としてはそれなりであり、街の規模はそのまま酒場にも反映されていた。冒険者が集まる場所でもあるこの場所には様々な依頼が掲示板に貼り出され、酒を飲みに来る者だけではなく日銭を稼ごうとする者もおり常に一定の賑わいがある。


 彼が先ほどまでこなしていた依頼は併設されているギルドの物である。二つの施設を併設するメリットとして酒場側は丁度依頼の報酬を受けとり財布が潤っている上、腹を空かせた冒険者じょうきゃくが来やすいこと、ギルド側では食事の為に酒場へ来た冒険者が気軽に依頼を覗くことが出来、受注に繋がりやすいことが上げられる。


 互いの利益になると分かってはこの方式が主流となり、いつしか冒険者たちは酒場に集まるのが主流になった。


 勇者は丁度、今回の依頼達成の報告をするところだった。木製のカウンターに自分の頭部より一回りほど大きくなった皮袋を置き、封を解いてその中身を広げる。


 出てきたのは先程の赤い菱形、魔核と呼ばれる物体であり、その数は少なくとも百を軽く超える。今回勇者が受けた依頼はその核を可能な限り集めてくることだった。


 一つにつき金貨一枚という歩合制の依頼だったが、彼の数時間の成果は平均的な冒険者4人が一日かけた量を軽く上回る。それほどまでに彼個人の実力は卓越していた。


 現に今も、その現実的ではない量に受付嬢は引きつった笑顔を浮かべている。


「す、凄いですね……しばらくあそこでは魔物退治の依頼を出さなくてもいいかも知れません……」

「そうだろうな。現にボスまでやっちまったからあそこは暫くただの廃墟だろうよ」


 勇者はそう言いつつ一際強い輝きを放つ魔核を懐から出し皮袋の中、敷き詰められた魔核の上へと落とす。それはカシャン、と硬質な音を立てて着地し受付嬢はそれを聞いてまたも驚愕の表情を浮かべる。


「しゅ、集計に行ってきます!少々お待ちください!」


 そう言って引っ込んだ彼女の返事を待つために勇者は辺りを見渡し空いている席が無いか探すものの、十ほどある四人掛けのテーブルはほぼ満席だった。そこに座る殆どの者が勇者に視線を向ける。称賛と羨望が混じったそれは勇者を満足させるのには十分だった。


 王都から離れたこの街にはまだ勇者の悪評はまだ届いておらず、まだ彼は羨望の眼差しで見られる対象だった。


 彼は数時間前の険しい顔など嘘だったかのように穏やかな顔で一つのテーブルに近づき、ちょうど一杯の酒を豪快に飲み干し音を立ててジョッキを置いた剣士然の男に声をかける。彼は魔法使いらしき白髪交じりの爺と小柄な盗賊らしい恰好をした少年と共に飲み食いをしており、ちょうど一つ席が空いていた。


「すまない。同席しても構わないか?」

「ん?おお!もしかして噂の勇者サマか?」

「どうぞどうぞ!むしろお願いしたいくらいです!」

「頼んだものが来るまで武勇伝でも聞かせてくれんかの?」


 三者三様の返事を聞きながら、勇者は椅子を引いて腰かける。そして魔法使いのリクエストに答えるため、今までの短い冒険を思い返す。


「そうだな、どれを話すべきか悩むな……」


 そう言いつつも、印象に残る戦いなど彼の脳裏には浮かばなかった。というのも彼自身に比べて敵のレベルが随分と低い為、外見だけ変わった雑兵の群れ、いや、ただの金稼ぎの道具にしか認識されていなかったからだ。


「そうだな……じゃあ、ある洞窟で戦った魔獣の話でも――」


 話さないとそれはそれで面倒なため、彼は仕方なくでっち上げた話をし始めた。それから数分後、息を切らした受付嬢が酒場全体に響くような声で彼の成果を称える。


「集計終わりました!今回の報酬ですがボスの討伐分含め金貨500枚という本ギルド史上最高の金額です。おめでとうございます!」


 金貨500枚。それは優にひと月もの間豪遊しても使い切れない金額であることを示していた。その破格の金額に、同席していた男たちのみならず酒場にいたほぼ全員が酒の勢いに乗って奢れ奢れと冷やかしてくる。


「兄ちゃん奢ってくれやー!」

「一杯、一杯だけでいいからさぁ!」


 勇者の魔法使いに対する態度を鑑みてパーティメンバーの中で決められた取り決めはいくつかあった。その多くは勇者が一人で自分の面倒を見ることを強調したものであり、自分が必要な金や物資は自分で工面しなけばならなかった。


 だが、裏を返せば自分で稼いだ金は自分の好きな様にしていいという事でもあり、勇者自身もそれだけは賛成だった。このように、自尊心を満たすために使っていいと認められたと同義なのだから。


「次の一杯は俺の奢りだ!皆注文は決まったか!?」


「勇者最高!」

「いよっ!太っ腹!」


 ヒューヒューと指笛が鳴り、勇者を担ぐ言葉が飛び交う中、彼の目の前に座っていた魔法使いの老人は仲間である剣士と盗賊の二人に懐かし気な口調で昔話を始めた。


「にしても500体でこうもはしゃぐとは……50年前の大戦ではそれの倍は日に稼げておったわ。だのに今となっては辺境の村にすら襲撃はなく魔物たちはそれぞれ洞窟や廃墟に籠ってばかりで侵略の気概などありゃせんわ。実に稼ぎ辛くなったのぅ」

「まーた爺やの昔話が始まった……」

「いいから飲もうぜ。もちろん一番高いヤツな!」


 二人はそれを老人の負けん気が生んだ与太話だと信じていなかったが、彼の話が本当であることはこの場にいる誰もが知る由もなかった。



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