第21話 出発
あの後、レリフの悲鳴を聞いて魔王城に居る全員が集まった。
襲撃があったと勘違いしたのか扉を蹴り破っては転がり込むイグニスに、昼寝中だったらしくあくび半分に「何かあったー?」と聞くケルベロス。そしてため息を吐き、心底面倒臭そうな顔をして現れたリィン。
すぐに駆けつけたイグニスはともかく、残り二人のやる気のなさが凄い。もしかして余り慕われてないのではないか、そう勘ぐる俺に泣き言が飛んでくる。
「うううぅ……あれは魔拳じゃよ……魔王殺しの拳、略して魔拳じゃ……」
両手で頭を押さえながら泣きっ面を晒しているレリフは置いておき、俺は改めて彼女達に先程の話を伝えることにした。
「あー、そのだな……。先程レリフと話し合って決めたんだが……」
かしこまって言うとなるとこっ恥ずかしい。
「俺は今まで、ずっと一人で困難に立ち向かってきた。だが、これから先は困ったことがあったら皆の手を借りるという約束をレリフとした。だから、その時はどうか手を貸してほしい」
よろしく頼む、と締め括ると俺は熱くなった顔を隠すために頭を下げた。すると、彼女たちはそれぞれの言葉で返事をする。
「拙で良ければいつでも力になりますのでこちらこそよろしくお願いします」
「ご主人は一人で抱え込み過ぎなんだよ。また倒れる前にちゃんと言ってね」
「そうですよお兄さん。まぁ、またあたしの胸に顔をうずめたいって言うなら別ですけど」
「まるでやましい気持ちで泣き付いたように聞こえるから止めろ!まったく、良い感じのムードが台無しじゃねーか」
けらけらと笑うリィンをよそに、俺はこれからのことについてレリフに問う。
「もしの話だが、今から出発するとさっき見せてくれた森人の国にはいつ頃着く?」
「四日もあれば着くが……そんなことを聞くと言うことは冠作成の算段はもうついておるのか?」
「その通りだ。なんなら今からでも作れるが、その前に一つだけ確認したい。レリフ、さっきの話を聞くに冠の材料に指定は無いって事でいいんだよな?」
先ほど聞いた竜の骨や風魔法で作り上げた冠の話を出し、念のため確認をとる。
「うむ。先ほど風魔法で作った者もおると言ったが、それは我の先代での。むしろ我のように本来冠の材料になる金属に変身魔法を掛けて作る方が稀じゃ」
「そうか、なら今から作り出すから何があっても手を出さずに見ててくれ」
そう言いきると、俺は一二度深呼吸をしてから右肘の内側に護身用のダガーを突き刺し、それを魚の開きを作るように右腕の頸動脈に沿って移動させ切り傷を広げると、痛みと共に血液が噴き出した。
その苦痛は俺の顔を歪ませ、脳に「早く回復魔法で傷を治せ」と信号を送る。だが、これからやることを考えると少し切った程度の血では足りない。
そうこうしているうちに、ボタボタと音を立てて大理石の床を染める血の量は常人であれば死んでもおかしくない程の血を失っていることを表す。
「な、なにしているんですか?早く止血を!」
「ご主人!?早く回復魔法を!」
俺の突飛な行動にリィンとケルベロスの二人は慌てて駆け寄るが、その時にはすでに傷跡は塞がり傷など無かったかのような状態にまで治っていた。回復魔法で傷を治し、先ほど失った血液を造り出して穴埋めをしたのだ。
レリフとイグニスの二人は俺の意図を理解していたのか表情こそ変えたもののそれを見守っていた。だが、駆け寄ってきた彼女たちの表情は、傷の心配をしながらも何故自傷をしたのか分からないといった疑問が混じった、なんとも言えない顔だった。
俺だってなにも二人を心配させる為だけにさっきのような行動を起こした訳じゃない。
「言いたいことは分かる。だが今は黙って見ててくれ」
今度は何をするのだろうか、という視線に晒されながらも俺は屈んで左手で床の血溜まりに触れ、俺の体の一部だったそれに魔力を流し込む。
自分の体しか魔法の対象に出来ないのであれば、
さきほど腕を切り裂き、すぐに塞がなかった理由は変身魔法のある制約に基づき量を確保したかった為。
それは、体積の嵩ましが出来ないという制約だ。魔法とは万能な物では無い。魔法と言うからには必ずルールが存在する。
例えば外見を変え、温度を操り、硬度すら自在に変化させられるこの魔法も鉄1kgを同量の金に変えることは可能だが、鉄1kgから剣を何本も作り出す事は不可能なのだ。
変化には必ず同質量が必要、それが変身魔法のルールである。だから俺はこうして冠を作るために血を1.5リットルほどぶちまけた。
その血液は俺の魔力を受け、凍るような音を立てて徐々に形を成す。床の血痕からは真円を描くように十二もの突起が等間隔で姿を表し、まるで植物のように成長する。
それが指一本分の長さになろうかという頃合いで、その根本同士がくっついて輪を形成する。一連の流れをみると、赤黒い王冠が血溜まりから生えてきた様な光景だった。
煌びやかな宝石や技巧を凝らした装飾などは一つも無い、光沢のあるそれを掴んでは立ち上がり、頭の上に乗せて言う。
「これが俺の答えだ。レリフ、王冠の素材に制限は無い。なら血でも構わないよな?」
「ふむ。まぁいいじゃろ。戴冠式まで一月も無いというに『これから体質を改善してみせる』など抜かしたらこの場で見限るつもりじゃったしの」
「それは勘弁してくれ……」
どうやら唯一の勝ちパターンを引いたらしい。顔には出さず内心安堵していると、心配していた二人は納得がいったのか心底安心した顔で言った。
「いやー、自分の手首切ったときは『目標達成できないから死ぬ!』とか言って死んじゃうかと思いましたよ」
「ご主人ならやりそうだから困る……まぁ、そんなことにならなくて良かったよ、うん」
俺が命を自ら断つのではないかと心配する彼女たちをよそに、レリフは組んだ足を組み替え、二人がする話の腰を折るために咳払いを一つして告げる。
「ともあれ、これでカテラの冠は完成した。というわけで早速じゃが魔王になるための旅を始めようではないか」
彼女は立ち上がり、高らかに宣言するように続けて言い放つ。
「行き先はノトス大森林、樹上都市ユグドラシル!出発は一時間後とする!各自準備を整えよ!」
こうして、魔法使いは魔王となるための、そしてかつての自分が出来なかった『自分の口から事実を打ち明ける』事の第一歩を踏み出した。
しかし人間界では残してきた自身の日記が波乱を呼び始めていたことなど、その時の彼は知る由もなかった。
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