第20話 笑い者にはなりたくない
アリシアに一時の別れを告げた俺は、魔王城の大広間にてレリフから説明を受けていた。その内容は魔王になるべく、これから行わなければならないことについてだ。
レリフはどっかりと王座に腰掛け、足組みをしながら俺へと語りかける。
「よいか、まずはなんとしても魔法を使って魔王の冠を作り上げることじゃ。その為にはお主の苦手な『自分以外に魔法をかける』ことが必要になる」
「それが終わったら各国にいる代表と手合わせして力を認めさせる……だろ?」
昨日説明された内容をそのまま口に出すとレリフは頷き続きを話す。
「うむ。折角じゃしこれから向かうところの紹介も兼ねて魔界の説明を行うとするかの」
彼女がそう答えると人の頭程度の大きさの水晶玉がどこからか現れ、彼女の目の前に留まる。右手をかざすと、水晶はその内側に森の光景を映し出した。それに追随するように目の前の魔王は語る。
「森の中に居を構え、自然と共に暮らす
その言葉と共に光景は空からのアングルへと徐々に変わり、水晶には一本の木が写し出される。
その大きさは、周りに生えている木がまるでミニチュアであるかのように錯覚するほどであり、特に説明を受けなくてもそれが世界樹であるということを物語る。
「これがそうか。中に都市でもありそうな大きさだな」
「鋭いのう。
森の中で暮らす種族……どのような者たちなのかレリフへと聞いてみる。
「
「まず外見から説明するとしようかの。霧の深い森で暮らすためか耳がよく発達しておるのじゃ。……こやつでよいか」
彼女の言葉と共に、水晶には上等そうな服を着た一人の女性が映し出される。背景は森で、彼女の言葉通り霧が深くあまり周囲の状況は見渡せないが、どうやら紹介の為適当に外にいる森人を映したらしい。
柔らかな表情で微笑む彼女はどうやら誰かと話しているのだろうか、時おり笑ったりもするが手で口を隠すなどその所作からは上品さが伺える。
映し出された彼女の口は動いているがそこから声は聞こえない。その外見、所作からしてさぞかし上品な言葉使いをしているに違いない。レリフは幸運にもどこかのお嬢様を選んだようだった。
「この服装からして一般家庭の者じゃな」
「えっ」
「名家の
そういえば、と彼女は前置いて引き続き魔王の冠の話をし始める。龍人族の王は竜の骨を加工したものを被っていただとか、彼女の先代、つまり12代目は風魔法を操って冠にしていたとか。
魔王の冠の話は聞き流しつつ、豪華なものを好むという趣向から俺のなかでの
「となると、魔法も派手な物を好むだろ……例えば上級攻撃魔法とか」
「当たりじゃ。特に氷の魔法は人気があるのう。お主の魔力量を知ったら絶対に実演を迫られるじゃろうな」
くく、と笑う彼女を尻目に俺は内心焦っていた。魔法に派手さを求める輩は人間界にも一定数いる。そしてそういう奴らの大抵はプライドが高く、攻撃魔法を使えない奴を見下す傾向にある。
つまり、昨日闘技場で俺をなじってきた奴等と同類である可能性が高いのだ。
「……今後のことを考えると頭が痛くなってくるな」
昨日の再現になる、その心配が顔に出ていたのだろう。レリフは足を組み直して問いかける。
「確かに、彼らは攻撃魔法のエキスパートでありそれを使えない奴を見下すがの、流石にお主の魔力量を目の当たりにすれば何も言えんよ」
「……」
レリフは尻込みする俺に、引き続き言葉をかけてくる。
「それに、折角自分のことを知られていない土地に来たのじゃぞ?人間界とは状況は違う。期待が膨らみ、それに耐えきれなくなってしまった向こうと、まだ期待されていないこちら。事実の言い出しやすさは天と地ほど違うじゃろ」
「まぁ、そうだが……」
そんなこと痛いほど分かっている。だが、それでもプライドが邪魔をする。「笑い者になるのはゴメンだ」と、俺に同意の言葉を吐かせない様に口をつぐませた。
目の前の魔王はそれすらも見透かしたかのように説得を続ける。
「もう一つ、人間界と魔界で違うことがある。それは我らが表立って活動できることじゃ。お主は昨日、一人で戦っていた。じゃが、ここでは我らがおる。一人では立ち向かえないのなら、我らが手を貸そう」
その言葉で、やっと一歩だけ踏み出すことが出来た。
「…分かった。どうしようもなくなった時は頼るから、その時は助けてくれよな?」
「勿論じゃ。もし誰かに笑われることがあれば、魔王の権限を全て使ってでもそやつを懲らしめてやろうではないか」
微笑みながらも恐ろしいことを口にする彼女。だが、その言葉に助けられたのも事実だ。
正直言えば、見下され、笑われるのはまだ怖い。十年以上保ち続けてきたプライドを即座に捨てることなど出来ない。
だからこそ少しずつ、彼女たちの力を借りて変わっていくしかない。エルフの国では、その最初の一歩を踏み出すのだ。
たとえ笑われても彼女たちが居る。そう思うだけで、前より幾分かは気持ちが楽になるはずだから。
「ありがとな。お陰で少しだけ前に踏み出せそうだ」
「何、礼には及ばんよ」
「……なぁレリフ、一ついいか?」
「ん?なんじゃ?」
突然の質問に、微笑んだ顔を怪訝なそれにしつつ答えるレリフ。先程の彼女の言葉を聞いて、思い出したことを口にした。
「さっき、もし誰かに笑われることがあれば、と言ったよな?」
「あぁそうじゃが……まさか既に誰かが?」
未だに気づいていない彼女に、近づきつつもその真意を伝える。
「昨日、とある人物に盛大に笑われてな」
その一言で彼女は気がついたらしい。あわあわと言葉にならない声を上げて狼狽え始める。
当の彼女は、持てる限りの権限をもって懲らしめると言ったが、魔界に来たばかりの俺にはそんな権限など無い。
なら、持てる限りの力で権限ならぬ
両拳をすばやく彼女のこめかみに当て、力を入れてゴーリゴリ。
「あだだだだ!!悪かった!悪かったのじゃあ!!」
昼にはまだ早い時間、魔王城には魔王の叫び声が響く。
こうして魔王レリフは第二の犠牲者を出さないように、誰かが彼を笑ったときは全力で止めようと決心するのだった。
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