第19話 【勇者Side】老婆

 王都の宿屋で朝食をとった私たちは、旅を続ける為に先日までいたレナードの街へと転移しました。


 ただ、ここに来た理由は旅を再開するだけではありません。勇者との決闘を終えたカテラが立ち寄ったか知るため、目撃情報を探すためでもあるのです。


「決闘は昨日の昼頃です。それ以降に見かけた情報があれば彼はここに寄ったということで、足取りを追う手がかりになるでしょう」


 私はロズさんとエルトさんにそう告げると、情報を集める為に三人バラバラの方角に歩き始めました。


 勇者には荷物番の名目で宿にいてもらっています。というのも、彼を連れてカテラの足取りを追うとなると揉める事は目に見えているからです。


 ともあれ、道行く人々にカテラを見ていないかと訪ねますが元々人前に出たがらない性格もあってか、誰一人としてその姿を見た人はいませんでした。


 そして聞き込みを行って分かった事が一つ。王都から徒歩で一週間ほどかかるこの街にはまだカテラのが知られていないということ。


 彼の行き先を訪ねた人全てが、『あの稀代の魔法使いが!?』と驚く様子を見せ、そういうことなら探してみるよ、と協力までしてくれたのです。


 あの事実はもうすぐこの街まで届くでしょう。


 そうしたら、あの人たちもカテラの事を批難するのでしょうか。そう考えると少し悲しくなります。


 物思いに耽りながら歩いていると、いつのまにか人通りの少ない裏通りにいました。


 帰り道を探すため周囲を見渡すと、路地裏で黒いローブをその身にまとったワシ鼻の老婆がそばに寄れと手招きをしていました。


 どうみても怪しい人物のため、それを無視してどこかへ行こうと思ったのですが彼女の口から飛び出した言葉を聞いた瞬間、私はその誘いに乗っていました。


「そこのお嬢さん……人を探しているのじゃろう?今話題の最中にいる魔法使いを」


 しわがれた、小さな声にも関わらず、その内容をはっきりと聞き取れたのはそれほどに私が彼に会いたかったからでしょう。


 私は老婆へと近づき、すがる思いで訪ねます。


「彼の居場所を知ってるのですか!?お願いします!教えて頂けますでしょうか?」

「その前に一つだけ訊きたいことがあるのじゃが……お嬢さんはあの魔法使いがどうやって闘技場から脱出したのか分かるかえ?」


 その不思議な質問に若干戸惑いますが、昨日の事を思い返し、自分の答えをぶつけます。


「あの時カテラは気を失っていた様ですし……誰かが転移させたのかと」


 私の答えに満足したのか、老婆はこくこくと頷きながら続けます。


「そう考えるのが妥当じゃのう。ならば、その協力者を探す事が彼への手がかりになると思わんか?」

「それはそうですが……どうやって探せば……」

「なに、その協力者は既に目の前におるではないか。ワシが昨日、あの魔法使いをここへと連れて帰り、そして今しがた見送ったのじゃよ」


 今の今までここに居た。その事実に喜びますが既に旅立った後だと知り肩を落とす。老婆は私の胸中を察したかのように言葉を続けます。


「そう落ち込むでない。目的地は聞いておる。そこに向かえばいつの日か会えるじゃろうて」

「本当ですか!?すみませんお婆さん、彼が何処に向かったのか教えて頂けますか?」

「彼は、これから魔王城へと向かうと言っておった。自分にも出来ることがあるはずだと。じゃが、そこに至る道は聞いておらん」

「そう……ですか。ありがとうございます、お婆さん。せめてお礼を……」


 せめて何か出来ることが無いかと申し出ますが、その提案は断られてしまいました。そして、まだ伝えたいことが有るとお婆さんは続けます。


「もし、勇者一行の僧侶に会うことがあったら伝えてほしいと言伝てを貰っておるよ。『今まで嘘をついていてごめん』とな」

「………」

「『もし、何か言いたいことがあれば魔王城で聞く。だから、そこでまた会おう』とも言っておった」

「魔王城……ありがとうございます、お婆さん」


 僧侶が何度もお辞儀をした後に路地裏から立ち去ると、彼女を見送り一人佇む老婆の足元に魔方陣が出現する。それが紫色の光を発したと同時に彼女の姿もまたそこから消えていた。


 彼女が転移した先は話に出ていた魔王城、その大広間。そこで老婆を出迎えたのは、にやにやと意味深な笑いを浮かべた小悪魔然のメイドである。


「話したい事話せましたか?お兄さん」

「一時の別れは伝えたし、こんなもんだろ」


 老婆からその姿に似つかわしくない青年の声が聞こえたと共に、彼女、いや彼の姿はめぐるましく変わって行く。


 頬や額に刻まれた深々とした皺は伸び、ひん曲がったワシ鼻は鼻筋の通った物へと変化する。真っ白い髪は墨に浸けたように黒く染まる。


 まるで人の一生を巻き戻して見ているかのような光景が繰り広げられていた。しかし、たとえ人間の一生を巻き戻したとしても老婆が青年になることは有り得ない。


 だが、それすらも可能にしてしまうのが魔法と言うものだ。魔法を解き、黒髪黒目に戻った魔法使いは語る。


「変身魔法の試運転としては上々って所か。あのアリシアでさえ俺であることを見抜けなかった訳だし」

「それはまぁ…見た目から声まで変わってる訳ですし分かる方が怖いですよ……。転移魔法使った私も『マズイ、違う人呼んじゃった』って焦ったんですからね?」

「そんな表情じゃなかっただろうが、全く。ところでレリフは何処にいる?」


 魔王さまなら、とリィンが言いかけたところで背後の扉が開く。そこから入ってきたのは欠伸をし体を伸ばしているレリフだった。


「何やら呼ばれた気がするが……どうかしたかの?」

「いやな、魔王になる前にこんな個人的な事に協力してくれた礼を言おうと思ってな」


 食事を終えたあと、俺はレリフにアリシアに一言だけ告げてから魔王になりたいと告げたのだが、彼女は嫌な顔ひとつせずにこうして時間を取ってくれた。


「なに、別に構わん。伝えるべき言葉があるのなら手遅れになる前に言わんとな……」


 その言葉は、無能であることを言い出せなかった俺に向けたものかと思ったが、彼女の自嘲的な表情からして彼女自身の事を指しているのだと理解する。しかし次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。


「とまぁ、我が教えるありがたーい教訓じゃな。それよりも、我にまだ言うことは無いのか?」


 ちらちらとこちらの表情を窺いながら彼女は訪ねるが、その顔には「教訓の礼が欲しい」と書いてあった。


「ありがとな。レリフ」

「な、なんじゃ?急に礼を言われても困るのぉ~」


 あからさまに「もっと褒めろ」と要求する顔をしているので、一言だけ添えてやった。


「老婆に変身するにあたってお前の口調が役に立ったなって」

「誰が老婆じゃ誰が!!」


 こうして朝食の恨みを晴らした俺は、魔王になるべく冠作りに入ることにした。

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