第18話 魔族と女神の関係性
何故魔族が、彼らを倒す勇者を送り出した女神に向けて祈りを捧げているのか。
人間の俺から見ると違和感しか覚えないその光景に、口が止まってしまう。
必然的に、俺が後から続くと思っていたレリフは口をつぐんだ俺のことを不思議なものを見るような目で見ていた。
「どうした?」
「いや……何でもない。知ってる内容だったから驚いただけだ。続けてくれ」
「ほう?人間界でもアルマ様を信仰する教えはあるのか」
「俺がいた孤児院がその教義だ。俺自身は無宗教だが……人間界に出入りしているリィンは知っていたんじゃないのか?」
「ちょくちょく人間界には行ってましたけど、町中に留まるのは最小限にしてましたから。魔族だってバレるの怖いですし」
「なるほど」
ねーまだー?と急かすケルベロスの言葉で食事に手を付けてないことを思い出す。結局、孤児院に居たときと一言一句変わらない祈りを捧げ、朝食に手をつけ始めた。
スープを口に運びながら、俺は考え事をしていた。その内容はもちろん、『何故魔界の住人が運命の女神に祈りを捧げているか』だ。
暫し考えてみるが答えは出ない。雑談がてらレリフにその理由を聞いてみる。
「先程の話に戻るが、こちらとしては魔界で運命の女神が祀られている事の方が驚きだ。どんな理由で崇められているんだ?」
「知りたいか?なら……」
サラダに手をつけていないレリフは、俺の前に置かれた数種類のパンの内一つに目線を注ぐ。
そんな彼女に向けて二つの視線が向けられていた。イグニスの鋭いそれとケルベロスが羨ましそうに見ているそれだった。
対価としてパンを寄越せということだろう。
指を立てて一つ持っていけと手で示すと、目にも止まらぬ早さでパンをかっさらい、口に放り込むレリフ。彼女はむぐむぐとそれを味わい、飲み込んだ後で理由を説明する。だが、それは信じられない内容だった。
「そんなもの、アルマ様が我ら魔族を作ったからに決まっておろう」
魔王を倒すために勇者を遣わした運命の女神が、魔王を含む魔族を造り出したという事実。生命の運命を司る彼女であれば、魔族を『人間と敵対する』運命にして産み出す事も可能だろう。
つまり、盛大な自作自演を奴は行っていたのだ。その理由は分からないが、あらかた『人間界の危機を救った女神』として信徒を増やす目的でもあるのだろう。
クソみてぇな動機に反吐が出る。だから俺はあんたのことが大嫌いなんだよ女神様よ。
先程、俺は運命の女神を信仰する孤児院の生まれにも関わらず無宗教だと言った。
だが、幼い頃の俺は良く女神に祈っていた。
「どうか魔法がつかえるようにしてください。みんなの期待をうら切らないために」と。
そんな俺が無宗教になった理由は単純だ。
人間界にいた頃、俺は良く「その魔力量に知識量、貴方ほど神に愛されたお方もおりませんな」という世辞を数えきれないほど受けた。
神に愛された?実際は逆だ。俺は神に呪いをかけられたような物だ。
他を圧倒する魔力量は人目に付き、勝手に神童などと担ぎ上げられる。そして勝手に高まった期待を裏切らないように裏で努力を重ねてきた。知識に関してはその努力の賜物に過ぎない。
だが、今まで取り繕ってきた全ては努力むなしく白日の元に晒されてしまった。
自業自得だと責めるものもいるだろう。そうなる前に言い出さなかったお前が悪いと罵る者もいるはずだ。
だが一つだけ言わせてほしい。大本は運命の女神が、俺がこうなる運命の元に産み出したのが悪いのだと。
いつかは暴かれる、人生を一変させる秘密を抱えて生きる。これを呪いと言わずになんと言う?
いったい俺が何をした?貴女の気にさわることでもしたか?おしめを替えてもらうときに小便でもひっかけたか?
そう訊いても何も答えてくれない。そんな女神に嫌気が差した。
それに、健康、農耕、勉学、武勲、運命。五人も神様が居るのなら誰か一人位救ってくれても良いじゃないかと不平を垂れた。
だから、神達に頼むことは十歳を越える頃には止めた。欲しいものは自分の力で掴みとる選択をした。
今までの事を思い返していた俺に、レリフから声がかかる。
「にしても無宗教か……。まぁ、戴冠式の際にアルマ様に会えばその心も変わるじゃろ」
「魔王になれば、女神に会えるのか?」
「左様。むぐ、魔王就任の儀、戴冠式の際は女神様自らの手で行われる。ごくん。とても名誉なことなのじゃぞ?あむ……」
女神様を一目見ようと魔王を志す者も少なくは無いしの、とレリフは言葉を結ぶと食事に集中し始めたらしく、みるみるうちに眼前の皿に乗せられたパンが数を減らして行く。
俺はそれを気にも留めず、密かに決意を抱く。
魔王になれば女神に会える、か。丁度良い、俺はあんたに訊きたいことが沢山ある。
何故勇者だけでなく、魔族をも造ったのか。
何故その二種族を争わせるのか。
そして、何故俺に莫大な魔力を与えたのか。
待ってろ女神様よ。必ず魔王になってあんたの前に立ち、洗いざらい吐いてもらうからな。
その為にも、まずは腹ごしらえからすると……しよう……?
俺は目の前の皿の現状に絶句する。
当初十数個あったパンは残り一つになっており、それももう彼女の右手に収まっていた。
「おい!?俺の分は?」
「む?皿一つと交換で情報提供の約束じゃなかったのか?」
右手のパンを既に平らげた彼女はとぼけて答え、膨れた腹を撫でさする。
こいつ、絶対俺が一個だけだぞって示したことを分かっててやったな……。
結局、俺はイグニスが念の為に前もって分けておいた食事を採って朝食を終えるのだった。
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