第10話 魔王になる条件

 俺は変身魔法以外にも使えるかどうか、レリフの監督の元、様々な魔法を試していた。


 支援魔法の『好戦形態アグレッシブ』『防戦形態ディフェンシブ』、回復魔法の『自己回復セルフヒール』、『持続治癒リジェネーション』までは発動出来た。


 だが、やはり『癒しの手タッチヒール』などの他者にしか効果を発揮できない魔法は使えなかった。


 イグニスの推理は十分に当たっていた。

 俺は自分にしか魔法が使えないという体質なのだ。


 なんとかしてこの体質を改善できないか……そう考えた所でイグニスが入ってきたせいで質問出来なかったことを思い出す。


「なぁレリフ。俺の体質について何か知らないか?改善の方法とか、同じ体質の奴が居たかとか」

「前にも言ったが、お主ほどの魔力を秘めた奴は初めて見る。つまり、そんな体質の者には見覚えが無いのじゃ。すまぬが力になれそうに無い……」

「そうか……」


 あてが外れたが、魔界にはまだまだ俺の知らない文献等が眠っているだろう。それをどうにか探すしかないな。


 その為にもそれらを探すように命令できる立場、すなわち魔王になることは当面の目標になり得る。


 なんやかんやあってその事について聞くのを忘れていた為、レリフに詳しい話を聞いてみる事にした。


「話は変わるが、魔王には今すぐなれるのか?」

「今すぐ、は無理じゃな。そもそもお主は我のような魔人種でもない只人じゃ、力を示さないと皆の理解は得られんじゃろ」

「魔人種……?まぁそれはおいといてだな、その力を示すってのは魔力が多いってことで省略出来ないのか?」

「強い魔力を持ち、寿命が長い人間とでも思っておけばよい。で、その質問の回答としては無理じゃ。時にカテラ。王を王たらしめる要素とはなんじゃと思う?」


 突然飛んできた問題に対し、俺は暫し考え込む。そして出した答えは――


「血筋か?」


 その答えを聞いたレリフは一瞬だけきょとん、とした顔をしたが次の瞬間、からからと笑ってこう返してきた。


「成る程、人間界では百点の答えじゃが、魔界では0点じゃ。我の話を聞いておったか?魔界は魔力至上主義。いくら魔力量が遺伝するとは言え、魔王の子が必ず次期魔王になるわけでも無い」


 お主は何故我の事を魔王と認識した?と組んだ足を組み替えながらそう訪ねるレリフに、俺は正直に答える。


「王座に座って、王冠を被っていたから……あー、そういうことか」


 レリフは自分の頭に乗っけている銀の王冠を指でコツコツと軽く叩きながら微笑んでいた。


「そう、まずお主には自分の冠を魔法で作って貰う。それが終わったら魔界を巡って各国の代表と手合わせしてお主の力量を認めさせる。全員に認められたら晴れて戴冠式じゃ」

「結構道のりは長そうだが、最短でどれくらいかかる見込みだ?」

「最短で一ヶ月。戴冠式の日程が決まっとるからの。どうやってもそれ以上は短くならぬ」


 想定より長い。何もしないまま一月も経てばあの事実はまぁバレるだろう。


 その前に、限られた魔法しか使えない事を悟られずに俺が使える魔法を人間界の奴等に見せ、使だと刷り込ませておかなければ。


 その為にも一度人間界へ戻る必要がある。となるとリィンの助力が必要になる。ひとまずレリフに事情を説明してリィンに協力を仰ごう。


「そんなにかかるのなら、一度人間界に戻って用事を済ませておきたい。リィンに協力を頼みたいんだが、いいか?」

「いいですよ?」

「うおっ!?」


 突如として背後から声を掛けられ、俺は振り向きながら後ずさる。その目線の先には、メイド服に身を包んだリィンの姿があった。


 メイド服のベースになる黒いワンピースは足首までの長さがあり、その上に着ているフリル付きエプロン――胸元まで覆うタイプのもの――も同じ位の長さの為、肌の露出は全くといっていいほどない。


 ヘッドドレスは彼女のこめかみから生えている羊のような巻き角の合間にすっぽりと収まるくらいの幅で、ちょうどよいサイズ感だった。


 リィン自身の金髪金眼とは対照的に、全体的にお淑やかな印象を受ける格好だったが、ある疑問が湧く。


「羽と尻尾なら変身魔法の一種みたいなものですし、結構簡単に出し入れできますよ」

「質問する前に答えるのやめて?調子が狂う」

「イグニスは戦闘になると手足に龍鱗を生やして防具替わりにするしの」

「まぁ対象を限定しての行使ならそれほど消耗は少ないか……」


 変身魔法は姿形、硬度に温度と操れる物が非常に多く、その分魔力の消費が激しい。


 リィンやイグニスがやっている様に、体の一部だけを変身させ続けるのは常人でも出来るが、全身を変えて全くの別人に変装するという芸当は凡人では保って半時間といった所。


 魔王の冠を魔法で作れ、という課題も『変身魔法を行使し続ける魔力がある』と周囲に示す意味合いもあるのだろう。


 一日中保たせるのはそれこそ『始祖の血』を引くレイノール家の様に莫大な魔力が無いと出来ない。


 魔法使いの間には「レイノールを名乗る者居れば一日中見張れ」という暗黙の了解がある。


 変身魔法を使い、高名なレイノール家を騙る者は沢山いる。一日経って変身魔法が解けなければそれほどの魔力を持っている、つまりは本物のレイノール家の一員だ、と判断できるのだ。


 つまり、そっくり別人になって敵地に潜入する、という作戦はほぼ不可能と言っていい。だが、目の前のリィンは角さえ隠せばただの人間に見える。


 その状態で王都まで行ってもらえば転移魔法の目的地に設定でき、これからの作戦が非常にやりやすくなるのだが――


「え?王都なら何十回も行ってますよ?楽しいですよねあそこ」

「……そういうのはさ、もう少し早く言ってくれないか?俺の目的も分かってるんだからさ」


 こうも容易く事が進むと却って怖い。というか王都の衛兵達はもっと頑張って?警備ガバガバじゃないか。


「まぁいいじゃろ。丁度勇者が国王へ謁見しておる最中じゃ。そこにド派手に乱入してやろうではないか」


 彼女の顔位の大きさを誇る水晶玉には、彼女の

言う通り勇者と国王が映っていた。恐らく、勇者の居場所を映す為の魔道具だろう。


それから目線をはずしたレリフは悪どい顔をして言うが、ここでひとつ疑問が思い浮かぶ。転移できるならレリフを向こうへ送って勇者を倒すことが出来たのではないか?


「それなりの理由があるんですよ魔王さまには」

「だから……はぁ、もう突っ込むのは止めておこう。転移魔法を頼む」


 はいはーい、と軽快に返事をし詠唱に入るリィン。


 俺は彼女を尻目に、レリフが勇者と戦わない理由を模索していたが、足元を照らす紫の光が徐々に光量を増してゆくと共に勇者へかける言葉を何にしようか、という方向に考えを変えていった。


 そして、第一声を決める間も無く俺の視界は黒く塗りつぶされていった。

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