第9話 【勇者Side】疑惑
私達はフェレール王都の宿屋で勇者ヒストを待っていました。
彼は王都に着くや否や、「仲間を探してくる」と言ったきり、どこかに消えてしまったのです。
空気を入れ替えようと窓を開けると、色めき立った喧噪が流れ込んできます。
それもそのはず。100年目に突入した人魔戦争に終止符を打とうと、私たち勇者一行が一週間前にここを出発したからです。
それからというものの、王国では『勇者一行出立記念祭』が行われていました。それの熱気が後を引いているのでしょう。
街中では私たちを象った食べ物や記念品が未だに売られています。そんなことを考えていたら、背後でノックの音がしました。振り返ると同時に続けて声を投げかけられます。
「ロズだ。入るぜ?」
「どうぞ」
一見すると粗暴そうに見えるロズさんが礼儀良く、丁寧にドアを開けます。その手には二つの木製のコップが握られていました。
「あれ?どうしたんですがそれ」
「ん、これか?とりあえずやるよ。オレ達が勇者一行だって分かってたのか、宿屋の主人にさっき貰った」
「ありがとうございます。ぶどうジュースですか」
濃い紫の水面を眺めていると、唐突にロズさんが切り出してきました。
「なぁ嬢ちゃん、カテラは本当に魔法が使えねぇと思うか?」
ロズさんはその赤黒い瞳で真っすぐ私を見つめて問いかけます。
「……わかりません。実際に彼が魔法を使った所を見たことないですから。でも、魔法の知識は本物でした。魔法学院時代はいつも苦手な攻撃魔法の覚え方とか教わってましたし……」
学院時代のことを思い出します。試験が近づくと、決まって彼に勉強を教えてもらうために研究室を訪れていました。
彼は面倒くさそうにしながらも、私が分かるまで丁寧に教えてくれます。
そのお返しとして、少しでも助けになるように回復魔法をかけるのが決まりでした。
「オレも同意見だ。魔法が使えるかはわからんが、知識は本物だろうな。何せこんなモン作っちまうんだ、頭の中を見てみたいもんだぜ」
ロズさんはバッグからガラスで出来た円筒の上下を金属でふたをしたような形の物を取り出します。
「なんですか?それ」
「そうか、魔法が使える嬢ちゃんには無用の長物だもんな。カテ…カテ…何だっけか、まぁ名前は忘れたが、魔法が使えない奴でも『灯の魔法』が使えるってシロモノだ。一人で旅をしていた時にコイツが無かったら今オレはここにいねぇだろうな」
ロズさんはそう言って下のふたについているスイッチを押しました。すると、ガラスの部分が光を発します。
「これのすげぇ所は火を使っているわけじゃなくて空中や水中の魔力だか何だかを使って発光する所だ。だから水に入れても問題ねぇ。ほんとに魔法のようなシロモノってわけよ」
何故かロズさんが得意げになって話しています。
「なんでロズさんが得意顔しているんですか。カテラの発明なのに」
「う、うるせー。別にいいだろ」
くすくすと笑いながら指摘すると、ロズさんも軽く笑いながら答えました。その時です。開け放った窓の外から耳を疑う言葉が聴こえてきました。
「号外、号外ー!!『稀代の魔法使い』カテラの衝撃の事実だよー!!」
このタイミングで彼の事実というと、魔法が使えない事実が広まったのかと身構えます。
ロズさんが外の様子を確認しようと席を立とうとした瞬間、またもやドアがノックされました。
「空いてるぜ、入んな」
「……失礼します。アリシア先輩はいらっしゃいますか?」
「エルトさん!?なんでここに!?」
入ってきたのは、後輩であるエルトさんでした。先ほどまで泣いていたのか、目元は赤く腫れています。どうして泣いているのか理由を聞こうとしましたが、先に彼女から質問が飛んできました。
「……ッ!アリシア先輩、なんでそんなに平気な顔しているんですか!?カテラ先輩が死んだっていうのに!」
「落ち着いて下さいエルトさん!」
ずかずかと部屋に入るなり、私に詰め寄ってくるエルトさん。その目には再び涙が溜まり、今にも零れそうでした。
このままではつかみ合いになると思ったのか、ロズさんが私と彼女の間に入って仲裁します。
「アリシア嬢の言う通りだぜ、お嬢ちゃん。それに、カテラが死んだって誰から聞いた」
「誰ですか貴女。先輩とは関係ない方は黙っててください……!」
「関係ないとは言えねぇな。それより……さっきの質問に答えな。場合によってはブン殴ってでも聞き出すが」
険悪そうなムードになりかけたので、声を荒げて辞めさせます。
「やめてください二人とも!エルトさん、彼女は私たちの仲間です。ロズさん、彼女は私の後輩です。分かったら二人とも話を聞いてください」
「……悪い」
「……そうですね。すみませんでした」
そのまま黙り込んでしまったお二人。口を開いたのはエルトさんでした。
「先輩が死んだという話を私にしたのは父です。その父も、勇者様から聞いたと」
「……その話、詳しく聞かせてくれ」
怒気を滲ませた、威圧するような低い声でロズさんはエルトさんに言いました。
「詳しくと言われても……先程勇者様が学院にやって来て、死んだ先輩の代わりに旅に着いてきてくれないか、と」
「……エルト、と言ったか。それは真っ赤な嘘だ。オレ達がカテラと別れた時、アイツは生きていた」
「ッ!じゃあ何で、先輩と別れたんですか!?先輩程の魔法使いを解雇しなければならない事情でも――」
ロズさんは私に「言ってもいいか?」と目くばせをします。私がそれにうなずいて答えると彼女は言いづらそうに切り出しました。
「……魔法が使えないらしいんだ。それに憤慨した勇者がアイツを追い出した」
「そう……ですか……」
事実を聞いて肩を落とす彼女。
それもそのはず、彼女は度々カテラの部屋に入っては魔法談義を繰り広げていたのです。
「カテラはそれを否定も肯定もしなかった。だが、アイツが持つ魔法の知識は本物だとオレ達は踏んでいる。どうだ?直接本人に真相を聞いてみたいと思わないか?」
「……そうですね。その話、乗りました。よろしくお願いします。ロズさん」
「あいよ。こっちこそよろしくな、エルト嬢」
仲直りした二人を見ながら、私は勇者の行動について考えていました。彼を死んだことにして、何の得があるのでしょうか。
そして、あんなに怒っていたのに魔法が使えないことを公表しない理由は何なのでしょうか。
勇者への疑惑は深まっていくばかりでした。
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