第5話 魔界の情景
魔界と言って思い浮かべるのは何だろうか。
空一面に広がる暗雲、毒々しい色をした大地、荒廃した町の残骸、噴火を続ける火山、禍々しい雰囲気を纏った魔王城……。
大多数の人間がこのようなイメージを抱いているだろう。かくいう俺もその大多数の一人『だった』。実際に魔界に降り立つまでは。
青い空に白い雲、やわらかな光を注ぐ太陽、広々とした草原、石造りの町に整備された街道、青々とした山脈、底まで見通せるような澄んだ湖……
これが俺が降り立った魔界の情景だ。
――――
転移してきた先は城下町の入り口だった。4頭作りの馬車が横に二台走ってもなお余裕のある大通りが城まで伸びており、大通りを挟むように家が立ち並ぶ。軒を連ねる家々はレンガ色や黄土色、明るい青や真っ白とバリエーションに富んでいた。
遠目で見た城は一週間前に見たフェレール王国王城と意匠が似通っており、白い城壁に青緑の屋根を備えていたためパッと見ではただの城だが、その中から発せられる膨大な魔力が魔王の住処であることを物語っていた。
そして不可解なことが一つ――こんなに大きな町にも拘わらず誰もいない。それがまた不気味でかねてよりイメージしていた魔界とは別の恐ろしさを覚える。
俺は隣にいる悪魔に問いかけた。
「なぁ。ここ、本当に魔界なのか?」
「うん、そうだよ?今は戦争に人が駆り出されてて魔王城にしかいないけどね」
それでか、と納得しながら大通りを城に向かって歩き、俺は道すがら悪魔に続けて質問をぶつける。
「魔王ってどんな人、いや魔物なんだ?」
「魔王さまはねー、怒るとかなり怖いけど普段はめちゃくちゃいい人だよ」
「他には?」
「魔法にすっごく詳しいよ。多分だけどすべての魔法を知ってるんじゃないかな」
「それは期待できそうだ」
そう答えると城の入口に繋がる階段が見えてきた。
階段を上り、幅4mはあろう大扉――左右に、城の内側へ向けて開く形式の物――の前に立つ。すると、扉が一人でに開いた。
いや、この表現は間違いだった。扉の陰に隠れて魔物がこちらを伺っていたからだ。
俺の隣にいる悪魔よりは幼い印象を受ける。人間でいえば14歳くらいだろうか。頭には髪色と同じ、ブラウンの犬耳が生えているが、扉にかけている手は人間と同じものだった。
彼女はこちらに鋭い目線を向ける。まぁ扉を開いたら知らない人がいたら警戒するのは当然だ。口を開いたかと思ったら悪魔へ向けて質問した。
「お姉ちゃん、この人、誰?」
「ケロべロスちゃん、元気だったー?この人はね、次期魔王さまだよ」
悪魔がそう答えるとケロべロスと呼ばれた彼女は表情を明るくさせる。
「次期魔王様?やっと見つかったんだ…魔王様に知らせてくるね」
と言ったと同時にこちらに背を向け歩きだす。顔と口調は冷静そのものだが、腰から生えている尻尾ははち切れんばかりに左右に揺れていた。
「さあ、あたしたちも行きましょ」
かくして魔王城に足を踏み入れた俺は、悪魔に先導されて廊下を歩いていた。
内装も白を基調とした意匠だ。床は黒と白の菱形を敷き詰めた模様をしており、廊下の両端には様々な
ショートソードの腹を眺めるようにして両手で面前に構えているものもあれば、矛先を天に向けたハルバードを持っているものもある。
――魔王城においてある鎧のことだ、動き出したりさまよったりするのではないか?と疑っていたがどうやらただの甲冑のようだった。
またも俺の心を読んだのか、悪魔に笑われる。
「ただの鎧が動いたりさまよったりするはずないじゃん。変なの」
「魔王城といったらそういうところだろう?」
そう反論した俺に、彼女はまたもや問いかける。
「それはただのイメージでしょ?魔界に来てイメージ通りの物はあった?」
その問いには反論できなかった。イメージしていた魔界や魔王城とは正反対で、『人間界でした』と言われても納得できるほど二つの世界は似ている。
「それより今は魔王様にごあいさつしないと」
彼女はそう言うと歩く速度を少しだけ早めた。
そこから先は会話も無く、気付けば魔王が待つと思われる大広間への扉の前に立っていた。直前になって緊張で口の中が乾く。
扉の向こうから伝わる魔力のせいだろう。その緊張度合いは、一週間前にフェレール王国王城で勇者一行へ任命されたとき以上だった。
――魔王とはいったいどんな外見をしているのか。どのような思想を持ちどれほどの力量を持つのか。
万が一後継者に認められなかった場合、俺には無残な結末が待っているのだろうか……
悪い方向ばかりに想像が膨らんでいく。深呼吸を繰り返し、何とか平静を取り戻す。
そして、俺は軽く震える手に力を込めて大広間への扉を押し開けた。
大広間に入ると、まず目を引いたのは王座だった。恐らく黄金をふんだんに使って作られたそれは椅子の足やひじ掛けに曲線を多用する意匠であり、背もたれの頂点には王冠があしらわれている。
座面は紅い革張りで良質なクッションを使っているのか、こんもりとしており寝心地はさぞ良さそうだ。
椅子は座る物で寝る場所ではない…?何を言っているんだ?椅子は寝具だろう。徹夜での作業を頻繁に行う人には俺の気持ちが分かってもらえるに違いない。
座面の色まで見える事から分かると思うが、そこには誰も座っていない。だが、確かにそこから魔力をヒシヒシと感じる。おそらく透明化の魔法を行使しているのだろう。
そんなことを考えていると横の悪魔が跪き、はっきりと通る声で伝えた。
「魔王様。人間界で魔力の一番高い者をお連れしました」
先ほどまでの抜けた話し方とは別人である。
姿は見えずとも、声である程度の外見はわかる。最低でも男女の区別はつくはずだ。そう考え、俺は魔王の返事を待っていた。
「リィン、ご苦労。下がってよいぞ」
その声色を聴いて俺は面食らった。何故なら、魔法を解き、偉そうに王座に座る姿を見せた魔王は、
銀の頭髪に同じ色の冠を乗せた、小柄な少女だったからだ。
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