第4話 【勇者Side】魔法使いの日記

 カテラが魔界へと渡ったその頃、勇者は考え事をしながら洞窟の出口へと引き返していた。


 この洞窟は王都から一週間歩かないとたどり着けない立地にある。


 その為転移して王都へと戻りたいのだが、この狭い通路では王都への転移魔法が使えない為、一度外へ出る必要があったのだ。


 王都へ戻る目的は二つ、金策と人員補充である。


 もっとも、金策の部分はロズとアリシアの二人には知らせていない。反対されることが目に見えていたからだ。


 勇者ヒストはカテラから奪った荷物の中身を売り払おうとしていた。


 実際、彼の持っている品々は世の中の魔法使い達からしたら大金を積んでも手に入れたい物ばかり。


 カテラが使っている物は偉大な魔法使いらしく全てオーダーメード品……ではなく、そこいらの店で少し背伸びした金額を出せば買える物しかない。


 身に纏っているローブや魔法を使役するための杖、果ては論文を書くための紙とペンもごくごく一般的な物。まさに『善書は紙筆を選ばず』という訳だ。


 ――最も、元の「達人は道具を選ばない」という意味とは異なり、「魔法の使えない奴が凝りすぎても仕方ない」という彼なりの考えなのだが。……脱線した話を戻そう。


 ともかく、一般的な物にも関わらず高値が付くのは、ひとえに「かの有名な魔法使いカテラ・フェンドルが使っているから」という付加価値に過ぎない。


 実際、彼が使っていた杖を制作していた所はその噂が広まったと同時に徐々に値段を上げて行き、業績を大きく伸ばした。


 結果的には値段を上げすぎた事が裏目に出て廃業せざるを得なくなったのだが、それも相まって絶版となった杖はそこいらの木から切り出した木材でできているにも関わらず今では都市部の豪邸一軒よりも高いという状態だ。


 勇者ヒストはそれを良く知っている。だからこそ、彼は魔法使いの私物を売り払おうとしていた。


 ――――――――


 やっとのことで日の光が差し込む洞窟の入口まで戻った俺は振り返り、アリシアとロズの進行状況を確認する。二人はまだ俺に追い付いていないようなので、一足先に外へ出ると俺は彼女たちが来る前に無能から奪った私物を漁る。


 しかし、豪華な装丁が施された本や、宝石の類などの金目の物は見当たらない。だが、奴が使用していた物だと一言付け加えれば例えそこらへんに転がっている石でも金塊以上の値段になる。


 そう、あくまで生前というのが重要な所だ。俺はこれから王都にて「奴は死んだ」という事を伝え、適当な理由をつけてこの荷物をオークションにかける。

 

 そうすれば、馬鹿な魔法使い共がこぞって金を落とすだろう。


 この作戦の肝は大きく分けて二つ。

 一つ目は奴が死んだことを公表し、手元にある品の値段を吊り上げる事。

 二つ目はその後に奴が無能な事を『俺の口から言わずに』公表する事。


 値段が暴落すると知っているにも関わらず法外な値段で売りつけることは言うまでも無く犯罪だからだ。


 犯罪だが、


 バレなきゃやったことにはならないし、何より俺は世界を救う使命を負った人間だ。

 目的を果たす為ならば、罪の一つや二つくらい許容されるべきだろう。

 そもそも、装備を整えるだけで消える程度の金しか寄越さないのが悪い。


 もし十分なリソースが手元にあれば俺だってこんなことはしない。

 よしんばそうであっても無能が無能であることは盛大にバラすがな。


 勇者だからこそ一つ二つの罪は許される。

 人の家に無断で押し入りタンスを漁ったとしても勇者だからこそ許される。

 それどころかツボを割り、中に入っていた物を貰ったとしても勇者だからこそ許される。


 だが、奴はただ俺に着いてきた魔法使い、いや、そうだと全世界を騙していた詐欺師クズで、虎の威を借る狐に過ぎない。


 詐欺はれっきとした犯罪だ。


 そして、俺は女神から祝福というその力の一端を受け取った。

 つまり、今や俺は神そのものである。

 よって、気に入らない奴をこの手で裁く権利はあるだろう。


 詐欺師の分際で、旨い汁を啜ろうとした罰を下そうじゃないか。


 奴のノートに自身が無能であることが書いてあれば言い逃れのできない証拠になる。そうであれば話は早い。早速中身を確認しよう。




 増長した、歪んだ思考を走らせながら勇者は魔法使いの日記を開くが、その内容を目にして思わず絶句した。


 理由は簡単。そこに書かれていた物はもはや文字ではなくミミズがのたくった跡にしか見えなかったからである。


 稀代の魔法使いと評された人物は、とてつもなく字が汚かったのだ。


 これには勇者も腹を立てた。


 内容を立証できない事には奴を犯罪者として仕立て上げる際に俺の口からその事を言及しなくてはならない。


 すると、その前に行った奴の遺品の売買に関してケチがつく事になる。結果として、俺の名誉か、売り上げのどちらかが損なわれることになる。つまりオークションにかける案は諦めたほうがよさそうだ。


 無能は無能らしくすんなりと金を生む道具になってりゃいいんだよ、と悪態をつく彼は、とある事を考え付く。


 この日記にかかれた文字の汚さが奴の本来の物であれば、数多くある論文を出す際はどうしたのだろうか。


 恐らく、暗号のようなそれを解読する奴等がいるはずなのでは?魔法使いどもは、奴の論文が読めないからといって破棄するような者たちではないはず。


 むしろ必死で解読し、翻訳する事を試みるだろう。つまり、この内容を読み解ける者は居るはずだ。


 ならば、そいつらを脅すなり買収するなりで内容をでっち上げてしまえばいい。魔法の知識を必要とする場所、レイノール魔法学院あたりに聞いてみるか。ちょうどあそこには知り合いもいることだしな。


 可能性を見いだした勇者は、まだ洞窟に残されているであろう魔法使いに対して心の中で問いかけた。


 虎の威を借る狐がその後どうなったか分かるか?答えは騙された事に憤慨した虎に食い殺されるのさ。


 お前もそうなる運命なんだよ。が食い散らかして、見てくれだけはいい狐の毛皮知名度だけは有効活用してやるよ。


 せいぜい高く売れてくれよ?

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