第6話 シスター・セリカの奇声

 ディスカウントストアの階段を登ると息切れします。もう年かもしれません。この店には、納得のいくオーナメントがありますように。


 金色に塗った松ぼっくりと、折り紙で作った星飾りは大量に確保できています。園児達が作ってくれたオーナメント。それらの美しさを損ねないデザインを探していました。


 クリスマスの飾りを求めて六軒目。

 休日の人混みを掻き分けたせいか、体力の消耗が激しいです。パフェの看板につられて休憩したくなりましたが、やむを得ない事情で取りやめてしまいました。昨晩、体重計なんて乗らなければ良かったです。でも、突飛な行動をさせるほど、ホットワインが美味しすぎたのですよね。ノンアルコールのサングリアとして、ミサに来られた方に振る舞っても良いかもしれません。神父様に相談しましょう。


 鼻歌交じりに階段を登ると、私の歩いていた左側から降りてくる男女がいました。気持ち右側に寄ると、二人は手を握ります。


 ガッ。


 私の前を歩いていた人が階段を踏み外しました。ヒールが階段の段差につっかえ、バランスを崩したようです。


「危ない!」


 私は彼女を受け止めます。

 スーツ姿の女性は軽く、ともに転げ落ちずに済みました。でも、いささか痩せすぎで心配になります。昼食を栄養ドリンクで済ませてしまうような、偏った食生活をしていないと良いのですが。


「ありがとうございます」

「当然のことをしたまでです。足は捻っていないですか?」

「はい。大丈夫です。いやぁ。お恥ずかしいところを見せてしまいました。カップルの幸せオーラが大好物なものでして」


 見とれて足を踏み外したですって。気が合いそうな方との出会いに、両手を握りしめました。お友達になれそうと思い、話し掛けました。


「それでは、ご職業はウエディング関係なのでしょうか?」

「いいえ。私のライフワークです」


 彼女は堂々と胸を張っています。

 真面目そうな人ほど闇が濃いのでしょうか。彼女の嗜好を確認してみます。


「海で水を掛け合うカップル」

「サンオイルを塗り合うところから、眩しい夏が始まります」

「隣に彼氏がいるのにチャットを送る彼女」

「文面でもイチャついて最高です。あわよくば内容をチラ見したい!」


 すでにヤバい匂いがします。私は冷や汗を掻きながら、最後の問答に挑みます。


「イヤホン半分こ」

「その勢いでキスしてしまえ!」

「スケベさん、知り合いのお医者様を紹介しましょうか?」


 こんな人を野放しにできません。私が言える立場ではないのは分かっています。それでも、主は無視することを望まれてはいないはず。まっとうな道に戻れそうな希望がミクロほどでも。


 彼女はメガネを持ち上げて言いました。


「スケベではありません。淑女の嗜みです!」


 真の淑女に謝りなさい。本当に淑女と言うのなら、まぁ素敵と一言で表すはずです。あなたの発言に、優美の欠片もございませんわ。

 心の声が聞こえたのか、彼女は顔を真っ赤にしました。


「普段は話さないことまで言ってしまいました。責任取ってください」

「どうしてですか。私は買い物があるので失礼します」

「そこは、何でもしますと言うところですぅ。あぁっ……どうか逃げないで。悪ノリした私に非がありますから!」


 半泣きで拝まれ、さすがにドン引きしました。情緒不安定か。

 厄介な人に絡まれたものです。どうしましょう、シスター・セリカ。もう五歩ぐらい距離を空けておくべきでは。

 二十代から三十代ぐらいの見た目に惑わされていましたが、本当の不審者に見えます。店員を呼ぼうと決めたときでした。彼女は真剣な顔つきで頭を下げます。


「シスター、お願いです。資料のためにベールを取ってもらえませんか?」

「資料?」


 やっぱり怪しい。

 警戒態勢を取った私に、彼女は恭しく名刺を差し出しました。


「申し遅れました。わたくし、こういう者です」


 名刺には漫画家と書かれていました。ペンネームを見た私は、名刺を取り落としそうになりました。


「いいいぃぃぃ! 白鳥杏南先生がこんな方だったなんて!  これは夢?  夢の中なのですか?」

「ふっふっふ。締切明けはテンション高めなんですよ。徹夜五日目、スムージー生活バンザイでしたもの」


 道理で痩せすぎと思ったはずです。頭脳労働で消費されるエネルギーと、体内に補給される栄養素が釣り合っていなかったのでしょう。


 それにしても。


「作風と本人のイメージが、かけ離れすぎではありませんか?」


 店内であることを忘れて叫んでしまいました。


 ほのぼのとした女子高生の日常、本音を伝えきれない片思い、一度は諦めた夢に再チャレンジする群像劇。白鳥先生の漫画には、一生を賭けても掴むことができないキラキラとした時間が凝縮されていました。

 それなのに、作者ときたら。


「何をそんなに怒っているんですかぁ? 参考資料のために、ちょこっと協力してもらいたいだけなんですよ」

「教会でいくらでも脱いであげますから! とりあえず一緒に来てください。豚汁を振る舞います」


 白鳥先生の手を掴み、健康への道に引きずり込みました。クリスマスのオーナメントは、あるもので何とかします。

 自分を愛するように、隣人を愛しなさい。それが教えの一つですから。


 意気揚々と教会に戻った私を、神父様は一喝しました。


「駄目でしょう。無理に宗教勧誘をしては。……すみませんね、うちのシスターが。お詫びにアフタヌーンティーをご用意しますよ。サンドウィッチとスコーンはお好きですかな?」


 うわあああぁぁぁん。突っ走りすぎました。

 でも、白鳥先生はイケオジと言いながら連写しているので、迷惑がっている様子はありません。参考資料と栄養を得る、お手伝いはできた気がします。ファンとしては申し分ない働きでしょう。強引すぎた点は、以後気を付けます。


「シスター・セリカ、あなたにはカナッペをあげましょう。クリームチーズの上に、ドライいちじくを載せました。相手を思う優しい気持ちを持ち続けている、あなたへのご褒美です」

「神父様……」


 涙腺が緩み、カナッペに塩味が加わりそうになります。羽音のように、シャッター音が鳴り響くまでは。

 

 空気を読んでください! 白鳥せんせーーーーー!

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