第5話 シスター・セリカは虫の息

「へっくち」


 くしゃみをした私を、神父が怪訝そうに見つめていました。ミサが終わるまで堪えていたのですが、そんなに変な顔をしていましたっけ。


「シスター・セリカ、風邪ですか?」

「ご心配をおかけしてすみません。昨夜は少々、冷え込みましたから」


 熱はないので大丈夫ですよ、と言って微笑みました。ミサには高齢の方もおられます。感染元になった上、寝たきりにさせることは回避したいのです。

 体調管理は完璧だと胸を張った私に、一人の主婦が諭しました。


「油断しちゃ駄目よ、セリカちゃん。季節の変わり目なんだから温かくしないと。ちゃんと湯船に浸かってる? シャワーだけじゃ疲れが取れないわよ」

「実家に帰ったとき、母から同じ言葉を掛けられました」


 一人暮らしだと浴槽を洗うのが面倒で、簡単に済ませてしまいます。昨日まで研修で、ログハウスの大浴場の恩恵をありがたく受け取っていました。一ヶ月間、湯船で癒されました。


 こんな話、信者の方にはお話しできません。清く正しく真面目なイメージを壊す訳には生きませんもの。公園に捨てられていた成人向け雑誌を読んでしまった日から、健全な道から逸れてしまった気がしますけど。小五の瞳に、熟女のむちむちボディは毒でした。その反動で、熱狂的な子供好きになったのですよね。


 回想に浸っていると、主婦はカバンからシロップびんを出しました。


「そんなセリカちゃんにはこれ。ジンジャーシロップ、作りすぎちゃったのよ。シナモンスティックが入っているけど、苦手じゃないわよね?」

「えぇ」


 私がシナモン嫌いだったら断りづらいシチュエーションですね。天の国で一番偉いのは、偏見のない子供だと言うのに。主よ、彼女に祝福を。澄んだ心で物事を見つめることができますように。



 ***



「ふんふふーん」


 私は上機嫌で髪を洗いました。

 今夜はゆっくりとバスタイムを堪能しましょう。昨日は夕方に銭湯へ行き、夜行バスで帰りました。一ヶ月ぶりの家のお風呂とあって、念入りに浴室を掃除しました。私もやればできる子なのです。

 十一月はもう冬ですね。浴室の暖房を付けていて良かったです。温度差に震えながら身体を洗うと風邪を引きそうですから。

 目を閉じてシャワーを浴びます。

 

「み、みずぅ?」


 緊急事態です。お湯が出ません。赤色の方にレバーを捻っているのにどうして。

 とりあえず、お湯が出るまで待ちましょう。しばらく水を出しっ放しにして、再チャレンジです。


「冷たっ、ちったぁ湯が出てくれても良いでしょうが!」


 水を止め、シャワーに文句を言いました。

 髪の毛しか洗い流せていません。泡だらけの体を鏡越しに睨みつけます。冷水をもう一度、考えただけでも悪寒が走ります。


 これは沐浴。川で身を清める儀式。拒絶する脳に言い聞かせます。


「覚悟なさい。シスター・セリカ! あなたは暖房をかけているではありませんか。裸体を包む風は太陽のように暖かいはず。少しくらい水に濡れても平気でしょう。これくらいのことで音を上げてはいけません。数多の辛苦を乗り越えられますか。さぁ、さぁ!」


 私は再び冷水を浴びました。バスタオルを抱き締め、浴室を後にします。

 服を着なければ。倒れてしまう。


「くちゅん。ブレーカーを一旦落として様子を見ましょう。無理はいけません」


 歯ぎしりしながら寝間着に袖を通し、ブレーカーを探しました。電源を切り、数分経ってからリモコンを作動させたら復旧するはず。炊き上げができていないので、湯が溜まっていなかったみたいです。長期不在の際は気を付けなければ。


 さて、HPの回復に向け、アップルティーを作りましょう。いただいたジンジャーシロップがさっそく活躍するとは思いませんでした。

 今度のミサでお礼を言いたい……はっぐしゃん。ずびー。

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