魔王様は自由人説

 自宅に瞬間移動したら、悠々と椅子に座る魔王様がいらっしゃいました。これ、なんてホラー?


『どうして、魔王様が、わたしの部屋にいらっしゃるんでしょうか?』


 わたしは、努めて笑顔でたずねた。優雅に足を組み、背もたれに背中を預けている様子は、部屋の主よりも主らしい。

 魔王様は、わたしの目をじっと見つめ、黙っている。表情も、口も動かさない魔王様とは反対に、わたしは気まずさを感じて、居たたまれない。

 せっかく、身体が自由になる自宅に戻ってきたのに。ずっと歩きっぱなしで、疲労している身体を休めたいのに。

 頭の中には、魔王様への不満が、ぐるぐると駆け巡っている。全部、魔王様には聞こえているのだろうな。でも、考えるのを止めるなんて、できないし。もう、どうにでもなれ。


「……家では、喋れると思ったのだが」


 魔王様の低い声が、部屋に響いた。


『そうですね。自宅では自由ですから。喋れますとも!』

「ならば、口に出せ。心で話していることに、気がついていないのか?」

『え、嘘。わたし、心で喋ってます?』


 魔王様が、何とも言えない表情をした。あ、これは、呆れられている。

 仕方がない。だって、ずっと、自分の意思ではなく、得体の知れない何者かの力によって、声を出していたのだから。

 心で、喋っていたんだ。もう、癖になってしまうくらい。

 ふーっと、長く息を吐き出した。自分から声を出すなんて、久しぶりだ。しかも、話しかける相手がいる。おまえに、相手が魔王様である……。

 どうしても、緊張する。胃を吐きそう。


「あー……」


 魔王様が、不思議そうな顔をした。待って、違う。今のは、所謂いわゆる、マイクテストってやつです。マイクは、ないけれども。


「今度は、喋れてますかね……?」


 自信がなくて、言葉が尻すぼみになる。上手く話せているか不安になった経験はあるけれど、声が出ているか不安に思ったのは、初めてだった。

 第三者から見れば、わたしは滑稽こっけいに見えただろう。けれど、魔王様は少しも馬鹿にせず、頷いてくれた。


「問題ない。よく聞こえている」


 魔王様って、もしかしなくても、優しいのでは。愛想はないけれど、わからないことは教えてくれるし。どことなく、魔王様の低くて渋い声には、相手への気遣いが滲んでいる気がする。

 だけど、魔王様は、勇者に倒されるべき存在。優しいからと言って、絆されてしまったら、あとから辛くなる。

 あれ、待って。魔王様って心を読めるんだっけ。じゃあ、今さっき、頭に浮かんだ考えは、すべて読まれている……? え、それって、まずいのでは?

「魔王様は、勇者に倒されるべき存在」だなんて。どう考えたって、喧嘩を売っている。


「今は、心を読む必要がない。この部屋でなら、お前は話せるのだから」

「え。あ、そう、なんですか? ……って、思いっきり心を読んでるじゃないですか!」


 思わず、魔王様にノリツッコミしてしまった。

 魔王様は、小さく息を吐いた。


「わざわざ心を読まずとも、わかる。顔に書いてあるからな」

「そ、そんなにわかりやすいですか? わたしの顔……」


 咄嗟とっさに、顔に触れるベタな反応をして、若干ヘコんだ。

 でも、魔王様が「心を読んでいない」と言ってもなあ。正直、どこまで信じていいか、わからない。魔王様と親しげに(わたしの思い過ごしかもしれないけれど)話している状況も、違和感があって、きまりが悪い。


「だからこそ、勇者もお前に気づいたのだろう」


 ああ、それはあるかもしれない。

 初めて、ルカに話しかけられた時、わたしは変な顔をしたのだと思う。二度目の時だって、多分、あからさまに驚いたし。

 ルカの察しが良いのもあるけれど、わたしのわかりやすさも一役買っていたのか。まあ、僥倖ぎょうこう……ってやつなのかな。

 それよりも、だ。何だか、普通に会話しているけれども、なぜ、魔王様がわたしの家にいるのか、まったくわからない。


「それで、魔王様は、なぜここに? あ、でも、魔王様が、どうしてわたしの家に入れるのか、のほうが気になります」


 魔王様は、わたしを見据えた。何を考えているのかわからない魔王様の目に、全身が強張った。


「私もまた、『ことわりから外れた存在』ということだ」

「え……そ、それって」


 どういうことだろう。何か察したような反応をしてしまったけれど、その実、よくわからない。

 魔王様は、以前、わたしを「理から外れた存在」だと話した。わたしは、その意味を「世界のルールから外れた人間」だと理解した。

 なぜ、わたしが「世界のルールから外れた人間」なのか。その理由は、わたしが「世界の外からやってきた人間」だからだと、思っていたのだけれど。

 わたしの推察が当たっているなら、魔王様も、わたしと同じ「世界の外からやってきた人間」なのだろうか。

 いや、でも。魔王だから、かもしれない。主人公が特別なように、魔王も特別な存在で――。


「魔王様は、わたしと、同じなんですか」


「魔王だから」は、理由にならないと思った。主人公が一人だけ自由なのは、プレイヤーが操作するキャラクターで、決まった行動が(行動範囲は限られているとしても)設定されていないからで。

 魔王は、特別な存在に違いない。けれど、どのダンジョンにいる、とか、セリフだとかは、すべて設定されているはず。

 心臓が、ばくばくと鳴っている。耳の裏で聴こえる鼓動が、部屋中に響いている気がして、緊張感が高まった。


「……いや、違うな。お前と私は、同じ存在ではない。世界の理からは外れているが、理由は異なるだろう。もっとも、私も、すべてを識るわけではないが」


 わたしと魔王様は、違う理由で「理から外れた存在」になっている。魔王様は直感的に、そう考えているのだろうか。魔王様は、複雑そうな表情をしている。


「ちょっと、わたしには難しいですよ。魔王様」

「そうか。悪かった」と、魔王様は、全然悪びれる様子もなく、謝罪した。


 魔王様の話を聞いて、この世界の謎が深まった。

 魔王様が、なぜ自由なのか。その答えを知れば、世界のルールについて、もっと深く知ることができるだろうか。


「また来る」


 魔王様は短く別れを告げ、またたく間に姿を消した。あまりの速さに、言葉が出ない。

 瞬間移動みたいだった。というか、瞬間移動したのかもしれない。わたしみたいに強制的に瞬間移動させられるのではなく、自らの力で。

 何でもありなのか、魔王様って。いや、それより、


「え、また来るの?」


 わたしの疑問は、むなしく部屋の空気に溶けていった。

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