主人公様はきっと、勇者になる

 僕は、街の外で魔物と戦って、自分を鍛えるようになった。


 魔物と戦っては、アスカに会うために街へ戻り、カフェへと足を運ぶ。最近の僕の行動パターンだ。

 剣を持った試しもない僕は、もちろん、魔物と戦った経験もゼロ。当然、魔物との戦いは、苦戦を強いられた。けれど、何度も戦いを繰り返していく内に、少しずつ、戦いが楽になっている。僕は、着実に力をつけていた。


 でも、魔王はどれくらい強いのだろうか。そもそも、魔王って、どこにいるのだろう。


 臆病な僕は、アスカがいる城下町以外には、ほとんど行った経験がない。アスカと出会う前に、近くの町を訪れたくらいだ。きっと、他の街や村へ行って、人々から話を聞けば、新情報が手に入るのだろう。今までは、他の場所に行く勇気がなかった。

 王様に命令されただけの僕は、自ら危険に飛び込む真似は、できない。それに、他の場所を訪れて、また、ただ同じ行動と言葉を繰り返し続ける人々と会うのは、酷く怖かった。


 けれど、今は違う。だって、アスカがいる。


 アスカは理不尽な世界に負けず、懸命に、前に進もうとしている。

 僕とコミュニケーションを取ろうと、頑張ってくれた。数少ない情報で、推測と実験を繰り返し、成功させた。そんなアスカの姿を見たら、ふるい立つに決まっている。


 生まれ育った村に戻るのは、まだ怖い。母さんや友人の安否は、気になる。けれど、僕が話しけるたびに、母さんが、同じ言葉で答えたら。同じ行動を繰り返す母さんを、見てしまったら。

 多分、これまでとは違って、二度と立ち直れないほど、ダメージを喰らってしまう。母さんたちを元に戻すために、魔王を倒そうと躍起やっきになるか。打ちひしがれて、動けなくなるかの、二択。

 僕はきっと、後者だ。そうとわかっていて、わざわざダメージを受けに行く必要はない。

 ひとまず、近いうちに、他の場所へ行ってみよう。僕は、決心した。



 ◇



 城下町から出ようと決めてから、数日後。アスカがいるカフェを訪れた。

 店内に入ると、ちょうど、アスカがカウンターのほうへ歩いてきた。

 アスカと目が合うと、自然と笑みが浮かんだ。


「やあ。数日ぶりだね、アスカ」


 声をかけると、アスカの表情が緩む。ほわり、と柔らかい笑みに、僕の心もほころぶ。


「はーい」


 アスカの声が返ってくる。初めて会った時と比べたら、随分と明るくなった。


「おチビちゃん、これ持って行って」

「はーい」


 カウンターに、マスターが料理の皿を置いた。アスカは、トレイに皿を載せる。

 カフェには、何度も来ているけれど、初めて見る光景だった。あつあつのビーフシチューと、小麦色のバターロールパンに、ミニサラダ。とても美味しそうな料理に、思わず喉が鳴った。


 僕は、アスカの隣に立った。アスカが、料理をテーブル席へ運ぶために、歩き出す。少し遅れて、アスカの後に続いた。


 テーブル席に着いた。アスカは、料理の皿をテーブルに並べていく。カフェならば、当たり前の光景。けれど、僕は皿が置かれた位置に、違和感を覚えた。

 料理の皿が置かれたのは、お客さんの前ではなかった。むしろ、お客さんの前を避けて、アスカのすぐ前に置かれている。


 不思議に思って、アスカを見た。アスカは僕に笑いかけて、お客さんに顔を戻す。すると、お客さん二人が、アスカに向けて頷いた。

 僕は、驚きを隠せなかった。アスカ以外の人が、自分の意思で動いているように見えて。

 見間違いだろうか。いや、でも、そういえば。オーナーも、お客さんの二人も。王様や他の人たちとは違って、瞳に光が宿っていた気がする。どこまでも空虚な、底が見えない瞳とは、違う。


 アスカが、僕を見て微笑んだ。料理を指さし、アスカが口を動かす。


 ――ル、カ、の、だ、よ。


 あまりの衝撃だった。

 アスカがテーブルに並べた料理は、僕のために作られた料理なんだ。

 マスターは、どうやってか、作った料理が僕のものだとアスカに伝えた。アスカは、マスターの意図を汲んで、料理をテーブルに運んだ。お客さんの二人は、アスカを見て、いつもと違う場所に置かれた料理が僕の分だと、確認をした。


 カフェで行われた、意思の疎通。そして、僕のための料理。


 僕はぐっと涙を堪えた。情けない顔をしている自覚はある。けれど、懸命に笑みを浮かべた。胸に溢れる、激流のような感情を、たった五文字の言葉に乗せた。


「ありがとう」


 アスカが返事をする。

 アスカだけでなく、カフェにいる皆が、僕の大切な人になった瞬間だった。

 この世界で、大切な人が増えるなんて、思ってもみなかった。

 皆、懸命に生きている。抗えない何かに縛られて、大変なはずなのに、僕を気遣ってくれている。

 優しさが、痛かった。胸が痛んで、愛おしくて、涙が溢れた。


 皆のために、僕は、勇者になるのだろう。

 今は、ほんの少しの勇気しかなくても。臆病で、怖がりで、魔物には苦戦してばかりだけど。それでも、僕は、きっと――。


 ぼやけた視界で、僕は皆に見守られながら、たくさんの優しさに溢れた料理を食べた。

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