主人公様は町娘Aを見つける
死んだほうが、マシではないだろうか。
いつしか、僕はそう思うようになっていた。
毎日毎日、人々は同じセリフ、同じ行動を繰り返している。何度も話しかけても、決まった表情と言葉だけが返ってきて、気持ちが悪い。
僕の悪い予感は、当たってしまった。自分の家で気を失う以前と今では、人々の様子は、まるで違った。もし僕が生まれ育った村の皆も、母さんもこの状態になっていたらと思うと、恐ろしくて
城下町から出て、近くの町にも行ってみた。けれど、結果は同じだった。
町の人々は、本当に、ただ同じ日々を繰り返している。初めて訪れた街なら新鮮味もある。けれど、何度か人と話しては、落胆する。
最初は、モンスターを倒して、自分を鍛えようとした。ある程度は大剣の扱いに慣れたけれど、モンスターを倒せるようになったところで、誰も褒めてはくれない。
胸に宿ったのは、果てなき虚無感だった。
魔王を倒して世界を救え、だなんて。僕はいったい、何を救うのだろう。
世界が危機に
でも、こんな状態で、僕は何のために戦うのだろう。
魔王を倒せば、元通りの生活に戻れるのだろうか。元通りになる保証は、いったい誰がしてくれるのだろう。
未来に希望を抱けない。
「魔王を倒しても、一生このままだったらどうしよう」という不安のほうが、はるかに大きい。
身体に
孤独と寂しさが、僕の首を緩やかに締めていった。
このまま死んだところで、誰も困らないだろう。
「死んだほうがマシ」と思っていた。けれど、時間が止まった世界で日々を重ね、
「誰も困らないなら、死んでもいいのでは」と、気持ちが変化していった。
僕は勇者なのかもしれない。けれど、僕に勇者の使命を与えた王様以外、誰も僕に「勇者である」ことも「魔王を倒す」ことも、望んでいないじゃないか。
だとすれば。
僕はもう、このまま、消えてしまいたい。何もかもを捨てて、
情けないことに、僕は自分を殺す勇気もなかった。独りで消えていくのが怖かった。本当に、情けない。消えたくて堪らないのに、死にたくない。脳内に幸せな記憶が植え付けられているばかりに、僕はどう足掻いても、死にゆく恐怖を捨てられない。こんなの、生殺しだ。早く楽になりたいのに、楽になるのも怖いなんて。どうしようもないじゃないか、そんなの。
その日は、自分の弱さに泣いた。
何かに
けれど、どんなに絶望しても、朝はやってくる。
世界が同じ時間を繰り返しているのか。それとも、世界の時間は進んでも、僕以外の人たちは、ただ同じ行為を繰り返しているのか。どちらなのかは、よくわからないけれど。もはや、どちらでも良い。とにかく、朝は来る。
僕の身体はすっかり重くなっている。ベッドから出る気力もない。けれど、このままベッドに横たわっていても、何も変わらない。
街に出たところで、何も変わりはしない。けれど、寝たまま過ごす気にもなれなかった。困ったことに、僕の心にはまだ、小さな小さな希望の火が灯っていた。今にも消えてしまいそうな、かすかな光だ。
誰か、僕と同じように、世界の異変に気付いている人はいないか。同じ行為を繰り返すのではなく、自由に動いている人はいないか。
世界中を旅すれば、いつかは出会えるだろうか。僕が強くなって、魔王を倒すのが先だろうか。それはよく、わからないけれど。
先が見えない状況が、こんなにも不安になるものだとは、知らなかった。今までは「これからも、生まれ育った村でのんびり生きるのだろう」と、
けれど、「先が見えない希望」もある。見えないのだから、待っているのが希望に満ちた未来か、はたまた絶望に
大きく深呼吸をしてから、身体を起こした。このところ、息をするのもままならない気がする。時々、意識的に大きく呼吸をしなくては、呼吸はずっと、浅いまま繰り返される。まさか「息をするのが下手だ」と思う日が来るとは、思わなかった。
ふと、ベッドの横に立てかけている大剣を見つめる。
王様から大剣を託されてから、どれほどの時が経ったのだろう。数日経った時点で、日数を数えるのを止めてしまった。代わり映えのない日々を数えるのは――数えても、どうせ何も変わりはしないから――酷く
考えていても、仕方がない。期待値は捨て置いて、けれど、わずかな希望を胸に灯したまま。
僕は大剣を背負って、部屋から出た。
◇
ひとしきり街の外で魔物と戦った後、街に戻った。
やる気はないのに、身体が鈍らないようにと、つい魔物との戦いに身を投じてしまう。習慣みたいなものだろうか。何だか嫌な習慣だ。王様の言う「勇者」に近づくようで、もやもやとする。
魔物と戦い終えた後は、情報収集をする。と言っても、既に何度も街を探索しているので、話しかけ忘れた人はいないかの確認をしている。
新鮮味を感じられる人はいないか、と考えて人の顔を眺めるのには、罪悪感がある。日々募っていく罪悪感は、僕の心をさらに曇らせた。
一通り、街を巡った。やはり、初めて訪れる場所や、初めて会う人もいない。心に
カフェの前で立ち止まり、首を傾げる。何度も通りかかった道なのに、このカフェには見覚えがない。
何度も街中を巡ったはずなのに、おかしな話だ。ゆっくりと扉の取っ手に手を伸ばす。ドキドキと胸が早鐘を打つ。想定外の発見に、してはいけないとわかっていても、心は勝手に期待してしまう。何か、変わるのではないかという、期待を。
店内に入る。「いらっしゃいませ」の一言も飛んでこない。客は二人の男性のみ。他に四人席が二つと、二人席が四つ。窓際に、カウンター席が三つほど並んでいる。
店員は女性が一人と、おそらくオーナーの男性が一人。女性はホールの接客で、オーナーがオープンキッチンでコーヒーや料理を出している様子だった。
カウンターと二人の客のテーブルを往復し続ける女性を見て、話しかけてもいないのに期待が
オーナーに、二人の客と、順々に話しかけていく。やはり、何度か話しかけると、数パターンのセリフが繰り返されるようになった。
それでも、新しい話を聞けた。今日は、いつもの繰り返しと少し違った一日になったと、無理矢理にでも喜ぼうと思った。
無意識に、自嘲気味な笑みを浮かべた。乱れた心を落ち着かせるために、深く息を吐く。今日はこれで最後だと気を引き締めて、ウエイトレスの女性に話しかけた。
「あの、すみません」
「はーい」
立ち止まった女性は、僕を見て返事をした。
え、まさか、それだけ?
一瞬、身体が
なんてことだろう。頭を抱えたい気分になった。顔を歪めそうになった時、僕は女性の異変に気付いた。
「はーい」
――傷ついて、いる?
僕に返事する時、女性の瞳が翳った。女性の顔には、接客用だとわかる笑みが貼り付けられているけれど、目は
真実を確かめたくて、何度か話しかけた。やはり、返事をするたびに、傷ついているように見える。
なぜ、傷つくのだろう。いや、それより、彼女には自我があるのだろうか?
他の人たちは、顔色さえ変えなかった。彼女のように、瞳に宿した感情が変わることもなかった。そもそも、感情がないようにさえ見えたのに。
僕の胸に差し込んできた、たった一筋の光だった。
今すぐにでも、彼女を問い詰めたかった。けれど、どうにか
特に変わったところのない、平凡な女性だった。黒髪黒目の人に出会った経験はなかったけれど、それ以外は、特筆すべき点はない。人が良さそうで、穏やかな雰囲気に見えた。きっと、街中ですれ違っても気付けないだろう。
なのに、今まで会ったどんな人よりも、印象に残る人だった。
多分、あの人は、自分が同じセリフしか口に出来ないと、気付いている。
他の人たちは、自分の異常性に気付いていない様子だった。だから、僕が何度も話しかけて、何度も同じセリフを言わせても、目の色も、表情も変えない。
けれど、あの人は傷ついた瞳で、ずっと訴えていた。
「お願いだから、話しかけないで」と。
明日、もう一度カフェへ行って、あの人に話しかけてみよう。もしかしたら、今までとは違う何かが起こるかもしれない。もしかしたら、コミュニケーションを取れるかもしれない。
少しだけ、明日が楽しみになった。
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