町娘Aは思考する

 次に目を覚ました時には自宅のベッドで横になっていた。

 あの男が去った後、わたしに何があったのかはわからない。ただ目の前が真っ暗になり、つまり、意識を失ったということだけ認識している。自宅に戻ってきたと気づいた時にまず思ったことは一つ。


 わたし、気絶出来たんだ。


 これに尽きる。気を失うなんて、そんな芸当モブキャラに出来るとは思えない。生まれて初めて経験したから信じられない、とかではなく、わたしというモブはそういう設定になっていないだろうから。


 となると、次の疑問は「あの男は誰だ」というもの。


 あの男が来た時のわたしの動きはすべてイレギュラーだった。話し掛けられて返事をしなかったのは、オーナーに対しても「返事をしない」選択が出来ていたわけだけれど、あれは自分で選択したのではなく「沈黙を選ばされた」感覚だった。こちらの発言を許さない。そういう圧力があの男にはあった。そして、その場から動けなくなったことについても同じだ。

 つまり、あの時のわたしは自由だった。自由、というか、本能のままに動けていたというか。いや、動けてはいないのだけど。何て表現すれば良いのか、自分でもよくわからない。けれど、ゲーム上の設定からは抜け出せてたような気がする。


「……おじさん、誰なの」


 ぽつりと呟く。

 主人公はルカだ。それはルカの話を聞いていても明白だ。主人公であるルカはモブと違って自由に行動出来ている。


 じゃあ、あの男は?


 あの男もルカと同じく、自由に行動していた。あの男が言っていたことも、明らかにわたしに向けたものだ。モブがモブと話すように設定されていることもあると思うけど、わたしというモブに対して発言が設定されているにしては、内容がおかしい。あれはこの世界の根幹に関わるものだと感じた。だから、設定されているセリフだとしても、主人公に向ける内容だろう。


 あの男は、自分で自分の行動や発言を選んでいる。

 主人公でも、モブでもない男。

 存在感が大きすぎるあの男は。


 ――魔王、なのではないだろうか。


 がばっとベッドから体を起こして机に向かう。あの男が言っていたことをメモしておかないと。この世界を抜け出すためのヒントになるかもしれない。


 まず、「お前は間違っていない」という発言。これはわたしの考えが間違っていない、ということだと思う。魔王様からのお墨付きであれば力強い。ただ、魔王なんだよなあ……。そして何故わたしの考えていることがわかったの、という話になる。え、心読んだ? 何それ怖い。


 「間違っているのは世界の在り方」発言は、魔王様にとってもこの世界はおかしいってことだよね。まあ、主人公以外が繰り返し同じ行動をし続ける世界なんて、おかしさしかないもんね。あ、魔王様も自由っぽいから、主人公と魔王以外か。

 主人公だけが自由な存在だと思っていたわたしには目から鱗だった。魔王は主人公に倒されるだけの存在である、というのがわたしの認識で、敵の中で一番強かろうが最後には主人公に倒される。それが鉄則だ。だから、魔王は倒されるその時をただ待ち続け、主人公が訪れた時にはその牙を剥く。ただそれだけだと思っていた。


 魔王は自由だった。さらに、この世界があるルールに縛られていうことにも気づいていた。

 ぞわり。思わず総毛立った。


 「ことわりから外れた存在」って何だろう。「まだ不完全」って何のことだろう。いや、わかる。察している。それはすべて、わたしのことを指している。

 まだ不完全ということは、完全にこの世界の理から外れることも出来るってことなのかな。この世界の理、とはつまり、この世界のルールか。だとしたら、わたしはいずれこの理不尽なルールから解放されることが出来るということになる。「完全」に近づくためには、どうしたら良いのだろう。


 わかんね。


 わたしは手に持ったペンを机の上に転がし、椅子の背もたれに寄り掛かった。「あー……」と気の抜けた声を出してから大きく息を吸う。


「人間の傲慢ごうまんが、この世界を縛った……」


 掠れた声が、部屋の中に溶けていった。

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