主人公様と町娘Aの交流 その2
自宅から持ち込んだメモで主人公様――ルカとコミュニケーションが取れるとわかった日から、ルカは時折カフェに足を運んでくれた。
それこそ最初は毎日来てたくらいだ。それくらい、誰かと定型文以外の言葉を交わせることが嬉しかったのだろう。わたしだって、ルカと同じ状況ならそうすると思う。
ルカはわたしとお話する時、わたしの横に並んでくれる。正面切って話し掛けてしまうと、わたしは立ち止まって「はーい」と返事せざるを得ないからだ。その気遣い、とてもありがたい……ルカ、君は出来る男だ……。
話を聞いていると、やはりルカはこの世界の異変を感じていて――いや、感じない方がおかしいだろうな――自分だけが自由であることに恐怖と不安を抱えていた。どうして自分だけがそうなのかはわからないという。
それは多分君が主人公様だからだよ、とは伝えなかった。それを伝えるには、まずわたしがこの世界をゲームの世界だと考えているところから説明しなければならないし、そもそもゲームとは何かも説明しないといけない。そして、何故わたしがそう考えられるのか、というところまで。
流石にリスキーだろうな、と思った。ルカはきっとこの世界の人間だろうし、実はわたしは別の世界の人間で、ひょんなことからこのカフェの店員に憑依しちゃいました、なんて誰が信じるだろう。わたしなら相手のことを頭のおかしな人間だと思う。間違いない。
わたしのことを明かすにしても、もっと信頼を築いてからでないと。
そう考えていると、入り口のベルが鳴った。ルカだ。
「やあ」
ルカはわたしと目が合うなりにっこりと笑った。花が綻ぶような笑みに、わたしの頬も緩む。最近はわたしの心にも余裕が生まれてきたのか、ルカが実はイケメンの部類であるということにも気づけた。
明るい茶色の髪の毛は艶があってとても綺麗だし、人懐っこい雰囲気の顔立ちと大きくてくりっとした青色の目も可愛いというか、犬っぽいというか。
心に余裕がないと、人の顔立ちの良さにも気づけないものなんだなあ……とわたしは思わず遠い目をしてしまう。
「はーい」
わたしの返事は明るい色をしていた。ルカが来てくれると嬉しくなって、自分でも気づかないうちに声が明るくなる。
わたしだって、定型文以外のコミュニケーションに飢えていたのだ。少し手間ではあるけれど、ルカとの交流はとても楽しい。
「おチビちゃん、これ持って行って」
「はーい」
マスターが料理の皿をカウンターに置く。今日も今日とて美味しそうな料理だ。
あつあつのビーフシチューと小麦色のバターロールパン。ランチセットとして用意しているらしいミニサラダ。思わずお腹が空いてしまうような匂いが鼻腔を擽りごくりと生唾を飲み込んだ。
そこで、いつもより豪華な料理なのでは、とはたと気付いた。何やら気合いが入っているような、いないような。いや、いつもは気合いが入っていないように見える、というわけではなく。何となく、言いようのない違和感。
料理をトレイに乗せる時にオーナーに身をやると、オーナーはまっすぐにわたしを見ていたようで、ぱちりと目が合った。わたしは目を瞬く。
ぱくぱく。
マスターの唇が何かを象った。驚いて目をまん丸くする。
――“あの子に”
確かに、そう言った気がした。わたしは信じられない気持ちでマスターを見つめる。口が半開きになって、間の抜けた表情をしているに違いなかった。
誰かがわたしの横に立つ気配がした。ルカだ。わたしの頬にルカの視線が当たっているのを感じる。
どうやって、ルカに渡そう。
メモを渡す容量で、直接的にでは無く間接的に渡せるだろうか。
わたしが料理を置いているのは四人がけの、既に二人のお客さんが座っているテーブルだ。ルカの料理を置くスペースは十分。というか、わたしが次の料理を運ぶ時のは、摩訶不思議なことに――そして最初は不気味に思っていた――前回運んだ料理は綺麗さっぱり消えているのだから問題はないだろう。
いつものテーブルに、席にいるお客さんへの料理だと思われないように配置を考えて置けばいいか……? あとは指差しと口パクで何とか伝えられるだろうか。うん、いける気がしてきた。
この世界の仕組みは不便だけれど、ルールを守っていればある程度の自由はある。……悲しいかな、わたしはこの世界の理不尽なルールに慣れつつあるようだ。
ルカに目配せをして、料理を運び始める。ルカは慣れたようにわたしの隣を歩く。
お客さんたちが延々と同じことを喋り続けるテーブルに着いた。この二人が黙っているところって見たことないけど、飽きないのかな。何パターンかのセリフはあるみたいだけど、ずっとループしてるから流石にウンザリしているのでは。
そんなことを思いながら、料理を二人の目の前は避けわたしのすぐ手前に並べた。何か反応するだろうかと二人を見てみると、彼らは何やっているんだとでもいうような顔をわたしに向けていた。ああ、やっぱり彼らにも自我はあるのだ。
わたしは隣に立つルカに顔を向け、不思議そうにするルカに笑いかけてから彼らに顔を戻した。
すると、彼らは納得したように頷いてみせた。これまでわたしから料理を渡すくらいしかしてこなかった彼らとのコミュニケーションが成立したことに、わたしの胸は震えた。他者と意思疎通できることがこんなに嬉しいものだとは。この世界に来る前のわたしなら感じ得なかった喜びだ。
にやけそうになるのを抑えながら、わたしはルカを向いて、テーブルに並べた料理を指差した。ルカはわたしが指差した方向を見た後、驚きに目を見開かせてバッとわたしを見つめた。
――ル、カ、の、だ、よ。
ゆっくりと口パクで伝える。ルカはぐっと何かを堪えるような顔を見せた後、眉尻を下げて情けなく笑った。それが可笑しくて、わたしはくすくすと笑う。
「……ありがとう」
「はーい」
わたしはトレイを胸に抱きしめてカウンターへと戻る。オーナーと目が合って、わたしは満面の笑みを浮かべた。
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主人公様が食べるものは消えないんだよ。
だって主人公様だからね!!!
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