主人公様と町娘Aの交流

 オーナーの呼びかけに返事をしなくても、オーナーが出した料理の皿を手に取らなくても問題はないと確認した後、わたしは罪悪感に駆られ料理だけはお客様の元へ運ぶことにした。だって折角の料理は無駄に出来ないもん……。

 とにかく、現時点で確認出来たこの世界のルールは二つ。


 一、設定された通りのセリフしか口に出来ない。

 二、設定された動きをしていれば、その行動範囲内で、という条件付きで設定外の行動が許される。


 これは大きな収穫だ。これまでは何も出来ないと思い込んでいて、悲観することしか出来なかったし。制限はかなりあるけれど、その制限の中で上手いこと主人公様とコミュニケーションを取れるかもしれない。

 るんるんとした気持ちでお客様にパスタを運ぶ。そこでふと、とある疑問が思い浮かんだ。


 そういえば、オーナーが作る料理って一定じゃないんだよね。


 以前にも同じ疑問を持った気がする。ゲームで料理の内容は決まっていないのだろう。だから、 オーナーは自由に好きな料理を作って…………あれ?


 もしかして、オーナーは自分の意思で料理を作っている?


 そもそも、セリフからするとオーナーは料理を店員に渡しているのだろう、とは容易に想像出来るけれど、ゲームでは料理をする姿自体、プログラムされているのだろうか。そんな細かい描写、あのドット絵の中で出来るのか? わたしだって、料理を受け取らなくても問題なかったのだ。オーナーだって……。


 カウンターへ戻りながら、わたしはじっとオーナーの姿を見つめた。オーナーは次の料理を作っているようだ。

 ふと、オーナーが顔を上げてわたしを見た。そういえば、オーナーと初めて目が合ったな。


「おチビちゃん、これ持って行って」


 カウンターまで戻ったわたしにオーナーはそう言ったけれど、料理はまだ出来ていなかった。嘘でしょ。

 この世界は、わたしと主人公様以外で意思を持ったキャラクターは居ないのだと思っていた。思い込みだ。わたしは特殊なんだと思っていたんだ。


 違う。


 皆、わたしと同じなんだ。皆、わたしと同じように意思があるのに、決められたことしか出来なくなっているんだ。

 だとしたら。ここは、何て酷い世界なのだろう。

 こんな気持ちを抱えているのはわたしだけだと思っていたけれど、皆それぞれ、きっと苦しんでいる。同じことしか出来ず、まったく進まない時間をひたすら耐える日々を過ごしているんじゃ。


 どうして気づかなかったのだろう。


 オーナーは、「お前だけじゃない」とわたしに伝えたかったのだろうか。わからない。わからないけれど。

 ますます、何とかしなくてはいけない、という気持ちが大きくなった。他の人たちには、何故こういう目に遭っているのか理由がわからない人もいるかもしれない。同じことしか出来ないのだと、自由はないのだと絶望してすべてを諦めている人もいるかもしれない。

 そんなの、悲しすぎる。

 なら、どうにかこの状況を打破しよう。皆で未来に進もう。


 そのために、ごめん。やっぱり主人公に頼るしかないのだけど、君がゲームをクリア出来るように、わたしは君に……前に進む勇気を与えよう。

 ゲームをクリアすれば解放される、というのもただの想像でしかないけれど、的を射ているとは思う。それに、そこに賭けるしか道はない。

 わたし、頑張るよ。だから、君も頑張って。



 ◇



 と、決意したのは良いものの、あの主人公様が再びわたしのいるカフェに訪れる保証など何処にもない。このカフェと自宅の中でしか生きられないわたしには、このカフェで主人公様を待ち続けることしか出来ないわけで……。


 普通に考えたら、主人公様はもうこのカフェに用はないよね。だって、初めてこのカフェに訪れた時、ここにいる人達全員の話を聞いたわけだし。あるとしたらご飯を食べに来ることくらい? いや、でも、わたしは決まったお客さんに料理を運び続けているだけだから、主人公様がご飯を食べに来たとして、主人公様からオーダー取って料理を運ぶことは出来ないのか。主人公様は、それを理解しているだろうか。理解していたとしたら、余計にここに来る可能性は低くなるな。

 あれ、これ早速詰んだ? やっと解決の糸口が見つかったと思ったのに。主人公様に会えないことには何も始まらない。ぐぬぬ。


 ――カランカラン。


 カフェの扉につけたベルが聞こえて、わたしはハッとそちらを見た。カフェに訪れるお客さんなんて、この世界には一人しかいない。


 いらっしゃいませ!


 わたしは大きな声で言いたかった。正しくは、言ったんだけど声が出なかった。「いらっしゃいませ」くらい設定しておけよいつの時代のゲームなんだよこの世界はよおおお。

 ……まあ、今時のゲームは正直あまり知らないのだけど。でも出来そうじゃない。主人公がお店の中に入ったら自動的にキャラの上に吹き出しが現れる、みたいなさ。わたしは今それが心底ほしいと思っている。


 何はともあれ。来店されたお客さんはやっぱりあの主人公様で、わたしのテンションは爆上がりした。

 料理を運ぶわけでもなく無意味にお客さんのテーブルに行ってカウンターに戻ってきたわたしは、エプロンのポケットに忍ばせたメモを触った。

 しかし、とふと疑問に思う。


 主人公様は何故このカフェに来たんだ?


 だって、見た感じの主人公様はこの世界の異変に気づいているわけで……。異変に気づいていないなら来るかもな、くらいには思っていたけれど、やっぱり少し可笑しい気がする。一体何の目的があってカフェにやって来たのだろうか。

 と思って主人公様に視線を戻すと、主人公様とばっちり目が合った。思わず驚いて薄く口が開いてしまった。

 さらに驚くことに、わたしと目が合った瞬間、主人公様は目を見開いた後、遠慮がちに笑ったのである。

 わたしは思わずピシリと固まった。もしかして、主人公様の目的ってわたしに会うことだったりするんだろうか。

 いやいやいや、それはない。わたしはふう、と息を吐き出した。それはないだろうけど、こうして主人公様がカフェまで来てくれたのは幸運だ。あとは主人公様と上手く接触出来れば……。


「あの」

「!?」


 驚きが思い切り顔に出てしまったと思う。どうやって主人公様と接触すれば良いのか頭を巡らせていた時に、意中の人間ーー誤解を受けそうな言い方だけど、致し方ないーーから声を掛けられたのだ。


「……はーい」


 形式的な返事が口から飛び出してくる。いつもより声に覇気がないな、と思った。多分、戸惑っているからだ。なんてわかりやすい。

 主人公様がきょとん、と目を丸くした。その目に、何かを期待するような色が入った。……え、なんで?

 わたしはお客さんのテーブルへと歩き始める。手には何も持っていない。


「あの……君」


 主人公様がしずしずと声を掛けてくる。わたしの足はピタリと止まり、体が彼の方に向く。


「はーい」


 主人公様はぎゅっと唇を引き絞って、それから意を決したように口を開いた。


「君、あー……えっと……」


 うまい言葉が見つからないのか、口を開いたは言いものの、その後が続かない。


「僕のこと、わかってるよね?」


 何だどういうことだ。

 と思ったものの、主人公様の状況を察している身としては何が言いたいかは何となくわかる。


「はーい」


 けれど、悲しいかな、たった一言しか喋ることが出来ないわたしの肯定にはあまり意味がない。せめて「いいえ」も言えればなあ……もっとコミュニケーション取れそうなんだけど。


「昨日、表情が変わってた」


 そうか、主人公様はわたしの表情でわたしが他の人たちと何か違うと思ったわけか。


「僕に返事をした後、傷ついた顔をしてた」


 ごめんね、と言われて面食らう。どうして、君が謝るの。


「だから、もしかしたらと思ってまた来たんだ」


 主人公様は眉尻を下げて、切なそうに笑った。わたしの胸の奥がつきりと痛む。


「それで……」


 言葉が止まる。沈黙から一定時間経つと、わたしの体は勝手に動き始める。会話終了と認識したのだろう。ゲーム画面で言うと、メッセージウィンドウが消えたのだ。


 主人公様がもわたしの歩幅に合わせて歩く。わたしはエプロンのポケットに手を突っ込んだ。お願いだから上手くいってね、と祈る。

 お客さんのテーブルに着く。料理の皿は持っていないので、ほんの少しの時間立ち止まってからカウンターに戻ることになる。

 わたしはポケットの中からメモを取り出し、テーブルの上に置いた。すぐ隣に居る主人公様から呆気に取られた声が聞こえてきた。

 身を翻して、カウンターへ歩いていく。主人公様がメモを取ってくれるように、必死に祈りながら。

 どきどきと心臓が大きく鳴っている。わたしは酷く緊張していた。


「ねえ!」


 背後から主人公様の声が聞こえてきた。焦ったような、嬉しさを滲ませたような、そんな声。


「僕……僕の名前、ルカって言うんだ!」


 そうか。君は、ルカって名前なんだね。

 わたしは振り返って、思いっきり笑ってやった。


「はーい!」


 次からは、心の中でその名前を呼ぼう。何度でも。

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