町娘Aは試行錯誤する

 泣いた。

 自宅に飛ばされた直後、糸がぷつりと切れて、それまで我慢していた涙が一気に溢れた。嗚咽が漏れて、泣いていると自覚するとさらに涙が溢れる。


 予想はしていたんだ。主人公にセリフがないRPGゲームも多いし、他のキャラクターに話し掛けるなんて、プレイヤーが自由に何度でも出来るから。

 だから、主人公様はわたしと違って自由なんじゃないかって思っていた。

 決められた行動をしないとストーリーが進まないということはあるけど、ストーリーを進めない選択も出来るんだよね。ここは、主人公様の選択次第な世界ってことだ。


 主人公様って自由でいいな。


 実際に主人公様を見るまでは、少し、そう思っていた。わたしはかなりの制限を受けているから、そう思うのは仕方ないだろう。でも、もしも主人公様だけが自由、なんてことがあれば。それは、かなり、しんどいものなのではないだろうか、とも考えていた。

 わたしだったら、絶望する。誰も自分とまともに会話してくれなくて、何かあった時や挫けそうになった時も相談できる人なんて居ないし。毎日毎日同じ光景が広がっているこの世界では、自由な人は何処までも孤独だ。


 そして、今日見たあの男の子も、多分、絶望へと落ちていく最中だ。まだ、期待はしているんだろう。どこかに自分と同じような人がいることを。だから、カフェで人に話し掛ける度、成立しない会話に落胆していたんだ。

 あんなに落ち込んで、悲しくて、ひとり寂しくて、この先戦っていけるのだろうか。

 というか、この世界を救おうって思えるのかな? わたしみたいに、ここがゲームの世界で、エンディングの後は自由が待っている……と考えられていたら、頑張れるのかな。


 何か、わたしに出来ないだろうか。


 これまで、わたしはすべてを諦めていた。どうせ何も出来ないだろう。主人公様以外、この世界の時間を進めることは出来ないだろうって。


 だけど。

 わたしにも何か行動を起こす余地はあるんじゃないだろうか。


 この世界に来たばかりの頃、勝手に身体が動いたり、瞬間移動させられたり、というインパクトが強すぎて、そういうものなんだと認識が固まって以来、その状況に身を任せることしかしてこなかった。つまり、同じ行動が繰り返されるばかりのカフェ内で、「オーナーから料理を受け取ってテーブル席に運ぶ」「『はーい』と返事をする」こと以外をやろうとしていなかったのだ。そういえば、やろうと考えた記憶もないな。そういうキャラクターだから?


 何だか腹が立ってきた。どうして、わたしはわたしの行動を制限されなきゃいけないんだろう。わたしの身体――いや、正確には違うかもしれないけど――はわたしの意思で動くべきもので、何者にも縛られないものであるべきだ。「心だけは渡すものか!」とか、そんなセリフが色んなコンテンツで散見されるけど、心だけじゃなくて、身体も渡してなるものか。全部わたしのものだ馬鹿野郎。


 まず、わたしに出来ることを探そう。



 ◇



 手始めに、自由に動ける自宅で用意したものをカフェに持ち込めるのかを試してみる。


 わたしはカフェに瞬間移動する前に、自宅にあったメモ用紙とペンをエプロンのポケットに入れた。着ているエプロンはカフェ内で着用している制服だ。カフェから自宅へ瞬間移動した後もカフェの制服は着っぱなしだったから助かった。自宅で私服に何かを仕込んだとしても、カフェへ移動した際に制服に強制着替えさせられて何の意味もない、みたいな状況だったら、もうお先真っ暗って感じだっただろう。


 カフェに移動後、カウンターの前でオーナーの料理を待っている間にエプロンのポケットに手を入れる。すぐに指に紙が触れたのがわかり、思わず「よっしゃ!」と声を出しそうになった。残念ながら出なかった。

 指に触れたメモをポケットから取り出した。折りたたんであるメモを開いて、中身を確認する。よし、家で書いた内容そのままだ。それに、カフェ内であっても、今わたしは「メモを取り出す」という行為が出来た。これはプログラムにはない動きの筈。やっぱり、決められた行動を強制的にさせられるとは言え、ある程度の自由がある。わたしが想定するルールは二つ。


 一、設定された通りのセリフしか口に出来ない。


 これは覆すことの出来ないルールだ。ゲーム画面を思い出せば何となく納得出来るんだけど、多分、わたしが設定されたセリフ以外を口にするってことは、ゲーム画面に想定外の……えっと、メッセージウィンドウ? が表示されるってことになる。この世界で喋る、イコール、ゲーム画面にテキストで表示される……ということであれば、設定外のセリフを口に出来ないのはわかる。うん。まあ、仕方ない。


 二、設定された動きをしていれば、その行動範囲内で、という条件付きで設定外の行動が許される。


 つまりだ。ゲーム画面でのわたしは、所謂ドット絵で。あれだ、えっと、ドット絵のゲームキャラって、大概手足を動かしているだけの状態だった筈。その場で足踏みしているみたいな。そして、その状態で決められた動線の中を移動し続ける。だけど、それ以外は設定されていないし、その中でわたしがメモを取ろうが何しようが、ゲーム画面には影響ないわけだ。どうせゲーム画面では手足を動かし続けるアイコンでしかなくて、それ以外の設定も出来ないから、この世界でのわたしの動きが反映されることはない。


 ……というのが、わたしの予想だ。結構無理があるような気もするし、でも理に適っている気もする。何にせよ、試してみれば良いのだ。ちなみに、セリフについてはさっきの「よっしゃ!」で証明されてしまった。あれは確かに口にしようとして無理矢理止められた感覚だった。


 いや、ちょっと待て。セリフ……実は言わなくても良いのでは?


 ふと疑問が浮かんだ。だって、ゲームにとっては想定外のセリフがメッセージウィンドウに表示されることが問題なわけだけど、メッセージウィンドウって、主人公がNPCに話しかけない限り表示されないよね? イベントが発生して、自動でセリフが流れない限りは。……おお?


 これは試す価値があるかもしれない。

 まあ、主人公に話し掛けられた時以外喋らなくても良い、となったところでどうということもなさそうなのだけど、念のため試してみよう。


 で、動きについて。ポケットからメモを取って読めた時点で八割方証明されたと思って良いだろうけど、ちょっとまだ自信がない。だから、さっき思い浮かんだセリフの疑問とともに、オーナーから料理が渡されるタイミングで試してみる。


「おチビちゃん、これ持って行って」


 オーナーからパスタが乗ったお皿を差し出される。おお、今日はパスタか。と思いながら、返事をしないように、手を動かさないようにと意識する。


「……」


 沈黙できたああああ!!

 思わずにやけた。「喋るのが好きすぎて黙れない人がはじめて静かに出来た」みたいな喜び方をしている気がするけどこれは仕方ない! いやどんな喜び方だよそれ!


 そして、それだけではなく、強制的に料理を手に取らされることもなかった。


 よっしゃあ!!


 思わず破顔してガッツポーズ。ただし、声は出なかった。

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