ラングロード

 セオボルトは驚愕していた。

 立ち止まり、まばたきを繰り返し、目をこすり、信じられないものを見るように呆けていた。


 城の練兵場。

 まだ弱い朝日の下。


 あのデュレインが、人と話しているのだ。しかも相手はラングロード。かつて敵対していた将軍。

 恐れる事はあっても、朗らかに話をするなど考えられなかった。

 別人か。なんらかの魔術か。

 疑問と警戒を抱きながら慎重に歩み寄る。


 ただ、近寄れば段々と事情が見えてきた。

 会話の内容。そして二人が持つ弓矢。

 話題の中心は、懐かしい人物だった。


「……ほほう。やはり見込んだ通りの達人であったか。彼が師匠であればあの活躍も納得。いやはや羨ましい」

「い、いや。師匠としては良くはない。……教え方があまりに下手なのだ」

「ほう? しかし実際、貴方も腕が良い」

「そ、れは、時間が十分にあっただけだ」

「ふむ。一兵としては優秀だとしても、将となれば別の話か」

「そうだ、スタンダーはな、狩人としては一流なのだ」


 スタンダー。

 デュレインの屋敷に雇われていた狩人。彼の兄のような人物だった。生屍アンデッドであったが、死霊術を解かれて魂はこの世を離れている。

 今もデュレインは弓の鍛錬を続けており、それをきっかけに話が始まった、というところか。確かに将軍は以前もスタンダーの腕前を褒めていた。

 それから更に思い出話は繋がっていく。


「御婦人も良い動きだった」

「婆や……いや、ブリジッドだな。確かに強い。元はただの使用人だったはずなのだがな」

「ふむ。武人ならず、しかし主人の為に力を手にしたと」

「うむ、恐ろしいのだ。ブリジッドは」


 言葉とは裏腹に、やはりデュレインの顔は緩んでいた。


 話題次第では一応話せる。

 彼も会話が苦手なだけで嫌いな訳ではなく、むしろ話したい、語り合いたいのだ。

 嬉しそうな表情からよく分かる。


 だからセオボルトも加わる事にした。


「その辺りから慣らしていけば真っ当に話せるか?」


 ビクリと体が跳ねるデュレイン。

 警戒し、後退しながら悲鳴のように叫ぶ。


「むおっ……な、なんだお主か!」

「おお、セオボルト! お主も参加するがよい」


 ラングロードは大袈裟に歓迎。

 その背中に隠れるようにしてデュレインは言う。


「鍛錬か? ならば自分は帰ろう。無理に話す必要はないのだからな」

「ほう。そちらの練習は無用だと。本気で言っているのか?」

「練習? い、いやだから無理をする必要は……」

「閣下に恥をかかせるつもりだと?」

「むぅ……」


 急に苦悶の顔となった。

 自分の事なら容易く逃げるが、この名を出せば弱いか。苦しみつつも踏み留まっている様子。

 決して臆病者などではないのはよく分かっている。

 やがて意を決したか、真剣な顔付きでセオボルトと向き合う。


「……ならば、力を借りよう」

「ああ」


 一つ頷いて、さて、とセオボルトは考える。

 どうせなら家族は全員話題にした方が良いだろう。


「……サンディとクラミスだったか。細やかな仕事と朗らかさには癒やされ、知識と聡明さは有り難かった」


 短い屋敷での日々を思い出し、しみじみと語る。

 本音の感謝。それ故にデュレインの言葉も引き出せると判断しての言。


 しかし、その後の流れは予想に反していた。


「……そうか。済まぬな。確かに素晴らしい者達だ。お主が惚れ込むのも無理はない」

「淑女の話を好むか。若い騎士は愛の為に戦ってこそよな!」


 片や本気で申し訳なさそうに言い、片や肩をバシバシと叩く。

 二人して妙に曲解してきた。

 からかっているのか本気なのか、断定はできない。

 だが善意を仇で返された気分だった。

 だから冷めた目で刺すように睨む。


「……冗談を吐けるとは、会話も随分上達したようだな。ならば城の人間を集めて話をする席を設けようか」

「う……いやそれは急に言われてもだな……」

「それと将軍。閣下が御友人から相談を受けたそうです。夫が最近冷たいのだと」

「む……いや、あやつの願いを叶えなかったた手前、合わせる顔がなくてな……」


 しどろもどろになる二人。

 何故か動きが一致していて、おかしな空気を更に妙にしていく。


「やはり、女性は難しく、悩ましいものだな」

「うむ。真にどんな敵より手強い存在よ」

「こんなところで共感しないで頂きたい」


 顔を見合わせる二人にセオボルトは呆れ、頭を抑えて溜め息を吐く。


 一方で、これなら彼の交友関係は心配なさそうだとも思っていた。

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