第17話


闇が辺りを覆うと、ライドは近づく見張りを牽制して距離を稼ぎ、岩陰から地下に降りる。


地面の浅いのこ場所は事前に調べている。16メール程下に広がる空間に、ライドは「歪」を通じて降り立つ。


天井の低い場所だが8メール程落下。無音で着地する。


ジャニルと接し、精鋭と打ち合い、ライドはこの地域の「知覚」の外形を理解した。


彼等の「知覚」に相当する技術、「千里眼」は自分を中心とした扁平状に情報を集める技術だ。基準が自分である「知覚」に対して「千里眼」は地面。その利点は、自分に対してだけではなく範囲内の「力」の向きを把握し易いこと。「力」の大きさを自分との相対比較ではなく、地面を基準にした絶対評価ができること。そして、位置を把握できるからこそ遠話のような使い方ができること。相手に象形図の片割れを求めない分、汎用性が高く、戦士の歩法中でも意思の疎通が可能な連絡手段だ。この利点は計り知れない。


欠点は、上下への対応の薄さと、自分に向かう「力」への認識の遅さだ。利点と相反する面もあるが、自分への「力」の向きも他人と同じようにしか感知できない分、認識が遅れ、自分との相対的な「力」の差を認識するのに一作業を挟む必要がある。


これは格上には致命的になりうる問題だ。それを補う手段が身の回りに展開する球状の空間だろう。上下に弱いことは変わりないが、球で受ける攻撃を減速できる。これを内向きの「力」で行う。この空間全てが風の壁から守られる無風地帯だ。服や髪の毛が風に巻き込まれる恐れがない。女に喜ばれそうな技術だ。ただ、周りの風が体の周囲を流れる力を利用しての加減速はできないし、相手に掻き乱される危険はある。ライドの戦い方には合わない。


地下に降りたライドは抑えつつ、手慣れた「知覚」を使い、体重を支える程度の外向きの「力」を放出する。


体外に漂う「力」が顕在化しない下限。故郷の常識では「知覚」で認識不能な水準だ。「千里眼」ではこの程度の変化でも、発現する「力」の気配を感じられるだろう。ただ地面が基準である為に意識を下に向けることができない。高さの違う相手を確認するには同じ高さに移動する必要がある。つまり、この深さがあればこの地域の精鋭は、地上にいる限りライドを認識できない。


大きく腕と体を伸ばす。


「知覚」を閉ざさざる得なかった地上は目を閉じているに等しい。そして、光に溢れるせいで視界に頼る生き物から身を守る闇もない。心細かった。しかし、此処では全ては普段通りだ。


この開放感。安心感。


「この暗さ、落ち着くわー。」

『ライドは土の人の血が混じっているな。私には闇が関係ないが、落ち着くわーはないだろ?。』

「趣向の違いだ。」

『暗い奴だな。』

「明るい奴め。」

『だろ?。だから私は人気者だよ。今も昔も。』


子供の言葉遊びのようなやりとりを終え、ライドは改めて「知覚」で探る。


「この浅い場所でも手足の長い鱗の巨人が出そうだ。赤子の模倣は見当たらないが、ミンウは連れて来れないな。」

『シャル君はまずいんじゃないか?。』

「ああ。地下生活はなしだ。手足の長い鱗の奴、あれは今の俺が殴るには硬い。拳が潰れそうだ。」


地上のように外向きの「力」をゼロにしていないだけで、今も最低限には変わりない。


『大蟻の住処を吹き飛ばした君がかい?。赤大蟻の顎を握り潰したのも見た。私としては疑問だよ。』

「あの鱗の方が硬い。外から中を壊すのが1番だが、今の俺には無理だ。鱗を地道に砕くしかない。赤大蟻の酸があればぼろぼろにできそうだけどな。」

『ナリアラ女史も危険だな。』

「シャルが居なければどうということはないさ。鱗の生際に沿って斬る技術があれば鱗を砕く必要はない。魚と違って切りやすく並んだ鱗だ。抜ければ中は脆い。言っておくが、もし赤子の模倣が動いたら全てを捨てて逃げるぞ。今の俺じゃ歯が立たない。逆にジュールのいた軍だけでも石人形の数倍は狩れる。消耗戦になれば、この地域の軍の数は多いのだろう?。勝てる。俺が無理する意味がない。」


そう話しながら、ライドは「歪」を重ねてナリアラの様子を伺う。しかし、その「歪」から突き出されたのは、鋭い鉄の穂先だった。「歪」を重ねていたから離れた場所に見えただけだが、問答無用だ。


ため息をつく。「歪」まで見えるようになっているのか。「力」の割に弱すぎた「知覚」は大分補われたようだ。


『その前にナリアラ女史とシャル君を確保したいね。見つかりそうかい?。』


ライドはたった今の出来事をソドムに伝える。


明かりは無かった。闇のまま、生活しているようだ。


「俺を認識して攻撃したとは思えない。ただ「歪」を警戒してる。獣に襲撃されたな。」

『私が話そう。彼女が記憶を確認されるようなら失敗だしね。ライドは最終手段を取れるか、確認して欲しい。』


失敗すれば暴力の出番か。無駄な暴力は墓穴にしかならない。しかし、最後の一押しは暴力の使いどころになる。問題は、平時であればその暴力がナリアラの方が上なことだ。


ライドは、ナリアラに壁越しに近づくと、少し離れた場所に「歪」を繋ぎ、手をそっと差し込む。ナリアラに気づかれないように。ソドムはその手の先から、糸を伸ばし、ナリアラに接触する。


ライドにはソドムの言葉しか聞こえない。ナリアラは大きな声を出さないし、「歪」の中では遠くで唸り声を上げる「歪」の獣の声で煩い。そして話し合いは成立した。よく成立させたと思う。ソドムとナリアラは初対面で、信頼は皆無だというのに流石だ。


しかし、話し合いは失敗の流れだ。戦士は目先の地面が固いかどうかを判断基準にする。泥濘の先に利があると言われても動けない。この場に留まれば逃げ切る見通しがないと言われても納得しない。


ついには珍しくソドムが情に訴える。が、結果は得られず終わる。


『また来ます。必ず。』


ライドは手を引っ込める前に「川の水はシャルに直接飲ませるなよ?。沸かせ。」と声をかける。


『予感はしてたが、分からず屋だった。理屈が通らない。』

「ソドムの怪しい声でナリアラを聞く気にさせただけでも凄いが?。俺にはできそうにない。それで何を言われた?。」

『手配書を破棄させて、レドールに迎えに来させろ、だよ。』

「外に出たい。それと権力からの確認が欲しい。まだまだ生きる意思は失ってないな。」


戦士の考えはソドムには縁がないようだ。不満そうなソドムに意訳をつける。


戦士は判断を少しでも早くする為、確実に安全な場所に踏場を確保する。別にソドムの手を振り払った訳ではない。飛び石でも、安定した踏場が用意できれば乗っかりにくる。ライドにはそう思える。


『何処から出てくるんだ?。その解釈は。』

「追い払われたか?。違うだろ。話し合いに応じている。」


ライドは一笑して立ち上がる。


言葉ほど無警戒な訳ではない。


ソドムの言葉を聞かず、追い返しもしなかった理由に、全てを諦めてシャルと今すぐ心中する可能性がある。そうはならないと思いたい。仮に生きる意思がなければ引き上げられない。ソドムは今できる全力を尽くした。その言葉は助けになっていると信じる。


ナリアラが必要とするのは社会に迎合される立場。それを与えられるのは一部の長で、そこに至る情報を判別するのは知識だ。無知のライドには道を示せる言葉がない。判断もつかない。何とも虚しい。


「ソドムの見解を聞かせてくれ。ナリアラは地上の光が漏れる湖から離れた。何故だろう?。」

『追われたんだろう?。風の流れを辿って歩いてると思うね。流石に窒息が怖い。』

「余程下じゃない限り地下で呼吸の心配はない。地下水の潜り関を通れば別だが、ローレンの壁面に沿って下に伸びてる。地下水の出口も豊富で崖に繋がっている。」


ライドはローレンの歪な地形を思い出す。断崖絶壁が幅10キメール、奥行き1キメール弱に渡って崩れてできた、小さな平地に作られた集落がローレンだ。上に約1キメール伸び、ローレンの上部はそのまま高台につながる。ローレンから下までも1キメールほどで、約600メール離れたミラジの城壁は、ローレンの壁からは物を投げれば容易に届く位置にある。勿論対策を取っているだろうが、上下関係が齎す一方的な優位は変わらない。


「ミラジの住民はよく平気だ。」

『商人だからだ。見方が違う。』


ミラジは誰が統治しても力を持つのは商人だ。この交易都市は商人以外には制御できない。そして、ローレンもミラジがあるからこそ存続できている。戦時中に引かれていた補給路はなくなり、ローレンとミラジは言わば陸の孤島だ。ミラジの貴族が廃され、僭称の領主が誕生して以降、キルケニー伯爵領とローレンの間に一つ砦が築かれたと聞くが、ソドムの見立てでは兵の拠点でしかない。


そんなローレンが、ミラジから商人が失われても存続できるか?。不可能だ。ならローレンはミラジをどう攻撃しようが商人を残す。そして、そんな無駄な攻撃を好む領主はいない。結果、ミラジの商人は仲の良くない北部と南部の有力貴族両方に有用な販路を提供するだけで均衡を保てる。この均衡は一見軍事的緊張を孕んで見えるが、商人にとっては寧ろ大口の物の流れを作り出す利でしかないとか。


ソドムの説明は聞けば聞く程、ライドの常識からかけ離れる。その理解には様々な基礎知識が足りず、厳しい。


『ミラジの立ち位置はほぼ中立。ただし、犯罪者に対しては密告の意識は高い。権力者に無害を示さないとだからね。ナリアラ女史を見つければ、味方のフリで駐留を促し、捕獲の為にレドール侯爵に内通するだろうな。』


しかし、ソドムの計画ではナリアラとシャルをミラジ旧市街の地下道に潜伏させる。僭称の領主には知られていない通路の存在に自信があるというが、それだけではなさそうだ。


ライドは情報の整理に一刻近くを要した。そのナリアラがソドムの提案を咀嚼するにも十分な時間になっただろう。


頃合いだ。


「ソドム、シャルと話してくれないか?。実力行使を目指す。引き込んでくれ。」

『ナリアラ女史と一緒だろう?。シャル君にちょっかい出して大人しくしてるかい?。』

「ナリアラとは俺が話す。受けてくれれば、だがな。」

『何か材料でも?。』

「説明はソドムので十分だろう。俺は俺の示せる現状を話す。」


ライドは湿った滑らかな壁面に触れるとナリアラのそばの「歪」を斜めから覗くような視界を探す。


正面から見つかると命に関わる。ソドムがシャルと接触する為に、再びそっと手を入れる。緊張する。


ライドは壁に背をもたれて目を閉じる。闇の中だ。目を開いたところで見えるものはない。単に眠らない為の、そして寝ていないことの確認に開いているに過ぎない。相手や周囲の変化に集中するなら、動かず目を閉じていた方がいい。


第一声はどうするか?。ミンウでも見習ってみるか?。


「足をやられたな。おばちゃん。血が止まってるのが不思議な深さだ。膿んでるだろ?。洗えないと腐るぞ?。」

「ふん。オネェさんと呼びな。そんな歳じゃないんだ。言っとくが動かない訳じゃない。切られたくないなら、姿は見せないことだよ。」


強い言葉だ。しかし、会話を選択肢として残してくれたことに感謝する。


「水袋だ。飲むのに抵抗があるなら傷口を洗うのに使ってくれ。それに随分闇を見通せるんだな。「歪」も見えるとは驚いた。」


水袋を投げ入れると、ナリアラは長柄で器用に受け取り、「歪み、ね。」と呟く。


「酒はないのかい?。」

「俺は飲めない。」

「あるのか、ないのか、はっきり答えな。」

「ない。」

「あぁ、まどろっこしいね。」


「歪」越しに話すナリアラの声はしわがれ、強がっていても息が荒い。発熱している。怪我が原因だろう。それでも酒を飲むのか?。故郷では酒は嗜好品だ。ライドのような集落を代表する戦士でも毎日は嗜めない。


後で知ったが、この地域では、その酒を傷の洗浄に使うらしい。


「この地下は息苦しさが充満してきている。喉に粘る苦味のある湿気は酸じゃない。抵抗力がないと目や息をやられる。そして特殊な獣を呼び寄せる下地にもなる。その足の傷は長い刃だろ?。敵の容姿を当てよう。手足の長い鱗の巨人だ。子供連れでよく撃退したな。ナリアラはシャルの盾にならざるを得ないし、シャルは精神障害で動けなくされたんじゃないか?。」

「お見通しのつもりかい?。気になるねぇ。どこの兵士様か吐いちまいなよ。」

「近衛騎士団脅威討伐別働隊員の指示で荷台を運んでいる。」


再度鼻で笑う声がする。明確な立場を提示できた方がいいかと思ったが、微妙な反応だ。


脅威討伐別働隊。まあ、まともな所属名ではない。子供が憧れ、遊びで口にするような名前だ。答える気がないと取られたか。


「この辺に象形図が落ちてるんだろうね。あんたの仲間は今は遠く、実行するのはあんただけさ。あんたの意見を聞きたいね?。」


ナリアラは渡した水を不味いと文句を言いながら、シャルにも飲むように渡す。


毒味か。水が尽きかけたか?。結局怪我を洗う気はないらしい。


「ソドムって奴の話は全て断りな。どの道、実行するのはクレイルだ。こいつに判断させるよ。」

「心配はいらない。雑談だよ。」


シャルの声にはまだ張りがある。ミンウもそうだが、更に幼いシャルも強い子だ。教会で煙たがられていたザードの怒りと憎しみに囚われた幼い顔を思い出す。あれくらいが普通だと思うが。


(もうローレンにいることを偽装する意味はない。トフソーが疑われる状況だな。)


少し気になる。


「俺の利が分からないから困っているんだろう?。危険に足を突っ込む以上、利は大きいと。でも人手も物資も欲しい。この機会を危険を冒さず利用する妥協点を探したい。」

「分かってるならさっさと答えな。時間を無駄にしてるよ。」

「そんな都合のいい提案はない。それに、こちらの事情が信用され難いから困る。」

「吐きな。判断するのは私だよ。」


ナリアラの言葉に苦笑する。こんなこと、時越えの人でないナリアラに言って何になるのか?。


「なら、答えよう、どう取られようが本気だ。理由は意地だ。俺は暇なんだ。だから気に食わないことに反発している。差し当たって冤罪で生死を問われるナリアラとシャルが負けるのは気に食わない。」


唸るような声、そして巨大なため息が聞こえる。どちらもナリアラの発した音だ。


『君は信用を落とす天才か?。まあ、私ですら社会「関わっても関わった感じのしない切り離された感じ、この阻害感は想定外だ。身体の有無とは関係ないだろうな。君の場合はもっとだろう。』


ライドはソドムに同意を返しながら、会話を続ける。


「だから言ったろう?。」

「・・・続けな。ローレンに集まる部隊は3日程は他に回す手もかき集めて別の対処に追われる。ソドムのその話は理解したよ。信用はできないけどね。」

「ここには留まれない。地上を通って移動する必要がある。移動が必要な証拠だが、この苦味のある湿気が濃くなればシャルは呼吸できなくなる。おそらく明後日には異常が出る。差し迫った火の海の前にいるぞ?。ナリアラは確認できる筈だ。」

「中身がないねぇ。その話が本当ならローレンに人が住めなくなるよ。この地下はそう言う場所だろ?。私も地下に来てる奴らの話は集めている。」

「これまでとは違う。これからそうなる。」


ライドは闇の中で小石を投げる。


「「知覚」で下を見ろ。下に行くほど濃い。何か重いものが漂うのは感じないか?。」


薄く漂う「力」だ。濃い塊が偶々浮くのではなく押し上げられる。


「長く続くぞ。一月もすれば、調査隊も居られなくなる。」

「変化を見て納得するにはどのくらいかかるかい?。」

「何処まで下が見えるか次第だ。下の方が押上が早い。上の方が拡散して変化が遅い。上でも半日あれば分かるがな。」

「・・・ダメだね。別の証拠にしな。そうじゃなければ物物交換の話がしたいね。」

「生きる意思はあるんだな?。」

「死にたがりに思われるのは初めてだよ。余計なお世話と言っておこうかね。私はシャルを置いて逝く気はないんだ。」

「その割には蛇や蛙を食べた形跡がない。まともに食べてないんじゃないのか?。加熱すればシャルも食べられる。」

「今はまだその時じゃない。考えただけで胃が痙攣するよ。あんたは豪胆だね。」

「人を食う訳じゃないぞ?。見つければ取り除く。死喰い人でも消化されれば蛇の血肉だ。」

「私は人の尊厳を持って死にたいよ。」


ナリアラの声に苦々しさが溢れる。心底嫌そうだ。しかし、そこに口を挟む元気な声がある。


「ナリアラ。私は蛇でも蛙でも食べる。最後の保存食はナリアラが食べて欲しい。クレイル。火を起こすのか?。地下では自殺行為と聞いている。」

「シャル。あんたは黙ってな。食べるもんじゃないよ。」


ナリアラの声に張りが出る。相手がシャルだからか?。本当に家族か親のようだ。


「ナリアラ、シャルの判断は正しいと思うが。」

「あんたはねっ。」


文句を口に仕掛けたナリアラはそれ以上言葉を続けない。シャルがナリアラに抱きついて首を振っている。仕草は子供らしい。


「このままだとナリアラは死ぬ。強がってもダメだ。私は私のできることはしたいのだ。言ってくれ、クレイル。」

「加熱はナリアラじゃないとできない。ナリアラ、離れた位置に手を出す。切るなよ?。実演だ。石を熱する。」


ナリアラは暫く唸ったが、疲れた声で許可を出す。


「やってくれ。」


ライドは近くの壁を砕き、平たい石を探す。そして、「歪」の向こうに出すと、ゆっくり石を全周囲から等しく「力」で覆って握り締める。すると数呼吸で真っ赤に光を発する。熱を帯びた赤い光だ。


「この熱で調理する。」

「凄いな。赤くて綺麗だ。」

「だろ?。俺の故郷では調理は戦士の仕事だった。」


ライドはシャルの素直な賞賛に誇らしげに胸をそらす。


「あんたは土の人かい?。気味が悪いね。」

「よく言われるが土の人じゃない。そう言う生活様式を持つ部族だ。」


試したナリアラの掌で、石がバリバリと割れる。


「全周囲に、等しく、だ。「知覚」で注意深く観察しろ。強弱ができれば割れる。繊細な調整には手が向いている。」

「もう少し中身のある話をしないかい?。私とあんたの間に結べるのは取引だけだよ。」

「だらだら続ける気はない。だが、まだ提供できる情報はある。ジュールが子供の女を確保しようとした。赤大蟻の討伐と事件で手が塞がっている忙しい時期にだ。俺はシャルの姉役ではないかと見ている。肩口程の髪で左肩に大きな傷があった。」

「特徴あるね。本当なら悪い知らせだよ。」

「いい知らせだ。手駒なら生かす為に治療する。それにおかしな行動じゃないか?。周辺に精鋭を配置して、逃亡防止を図っている。大まかにはナリアラの位置を把握している。地下の異変は知らないだろうが、放置すれば弱る相手に交渉の手札を用意する理由は何だ?。非合法の人攫いを使ってだ。此方と同じく周りの目が手薄な時期を狙ったんじゃないか?。その理由は?。」

「話にならないねぇ。ジュールがレドール侯爵を裏切るなんてありえないよ。次男坊を欺くこともない。こっちの味方を装う撒き餌の準備じゃないかね?。狙いは私とシャルの分断とかさ。シャルの安全が確保されれば、私1人なら逃げ切れる。そう思わせたい。私はシャルと離れる気はない。隠れ里でも言ったつもりだけどねぇ。」

「ジュールとは知り合いか?。」

「ああ。そうだよ。」


ライドは少し悩む素振りで、ソドムに「急いでくれ。」と注文をつける。話題が尽きる。


『承諾してもらえたよ。すぐ始めるかい?。』

「頼む。」


ソドムの言葉に胸を撫で下ろす。その直後、シャルが「分かった。受ける。」を力強く言葉を出す。


「なんの話だい?。シャ・・・」


ライドは「歪」から腕をナリアラの首に回して締め落とす。


ライドの身体機能だけでナリアラと比較するなら、大人と幼児程も差がある。


ライドはナリアラの注意の変動を「知覚」で探っていた。呼吸を吸い始める直前に微妙に散漫になる。この傾向はシャルの様子を探り始める1呼吸の間では必ず起きることを掴んでいた。


そしてナリアラの意識がなくなるのを確認すると、「歪」を通って手足を縛る。そして、肩に担ぎ上げる。


「クレイル。ナリアラをもののように扱うな。決断を後悔させないで欲しい。」


ライドはシャルの指摘に斧槍を挟んで斧槍にもたれるように背負い直す。シャルは音で判断したに過ぎない。十分だろう。


『また変なことを。普通、背中に温もりを感じて楽しまないか?。君はやはり男色だろ?。』

「違う。俺は全力を出せない。なのに全力を想定されても困る。目が覚めてみろ。これだけ接していれば直接「力」の上限を探られる。」


接触面が大きくなれば隠せない情報がある。ナリアラが大きいとはいえ、ライドはさらに大きい。


背負えばナリアラは殆ど半面をライドに接することになる。


『異性関係には接触は不可避だ。どうするんだ?。』

「知られて困る相手と寝ない。ソドムに精鋭は向かないな。そうでなくても異性関係に不自由だ。」


ライドは自嘲しながら、ソドムを揶揄する。


故郷でライドは確かにモテたが、行為に及んだ回数は少ない。


「力」に差がありすぎると相手で性的興奮を完遂することはできない。例えば極端な例では戦士長と一般人の関係で欲求に従えば、比喩ではなく弱い方を殺すことになる。戦士長同士でも差が明確なら怪我は珍しくない。だから強い方は最後、自慰になる。それは然程楽しいものでもない。ライドの場合、相手が戦士長でもそうだった。


『手加減できないのかい?。』

「最後は全力だろう?。寧ろ手加減できるのか?。」

『かぁー。精鋭はなるもんじゃないね。人生の墓場だ。』


片手でナリアラを支えて、空いた片手でシャルを肘から下に座らせるように抱え上げる。天井を崩す時は2人とも下ろしたが、天井に登るときには、シャルを足で抱え上げる。


そして闇の中、荷台の戸を開き、中にナリアラを横にする。荷台の中は狭い。足を伸ばして寝られる隙間はない。その中にさらにシャルも入れる。家族のような関係でなければ無茶な押し込み方だ。


『よく寝ている。ここからが本番だが、一先ず良かったよ。』


ナリアラは起きる気配がない。


天井を掘る間、ナリアラは目を覚ました筈だが。再度眠った。その判断の経緯はわからない。


「さらば地下よ、か。「知覚」を抑えるのは息苦しいな。解放感を味わった後だけに。」

『思ったより時間を取られた。幾ら君が土の人並の採掘技術を見せても、もう夜半過ぎだよ。水の入れ替えとか、闇のうちに終えたいことを急ごう。』


人1人通れる穴とはいえ、0.1メール程の穴を平面になるように指を差し込んでは天井を崩して進んだ。その距離は約16メール。


時間が過ぎるのは当然だ。


この荷台補給品用の荷台に押し込めたままでは、他の吸血鬼が勘違いしかねない。ライドは目的地に移動を始める。闇の関係ないソドムの案内があれば夜でも迷わない。ただ昨夜もあまり寝ていないライドにとっては中々の強行軍だ。


突然遠慮のない炸裂音が吹き抜ける。枝葉がしなり、木々の幹が揺れる。数呼吸続き、始まりと同じく、突然なくなる。


紐状の「知覚」を伸ばしても遠すぎて力の向きも分からない。抑えた状態では無理な距離だ。だが、経験上、戦士の歩法を使った争いに思える。そして調査隊の精鋭はジャニルだけだ。


「ジャニルの計画だとレーヴェと相手を捕獲する筈だ。だが今の音と長さは、一対一の本気の打合いだ。」


争いがこの音量と風圧で伝わる。距離はおおよそ6キメールか?。精鋭にとっては近すぎる。


荷台が揺れて、中で人が動く気配がする。


「遠くで精鋭同士の争いがあったらしい。水は新しくしておいた。保存食でも食って寝ててくれ。警戒して進む。」


内側から荷台を壊されては堪らない。ライドはそう説明する。


「臭っ。何だいここは!。油ぎった男の臭いが凄いよっ!。なんとかなんないのかい?!。」


しかし、返って来たのは質問とは無関係の不満だ。だが荷台が壊されないならそれでいい。


「少し待て。ここには清涼感のある匂いを出す雑草が多い。入れるから潰して壁に塗ってくれ。あと、場所を取るが細工した石を入れる。邪魔なら排泄所から捨ててくれ。」


中からはすぐに旺盛な食事の音が始まる。ライドは草を入れながら、適当な小石を熱して細かな穴だらけの焦げ石に変える。それを紐を編んだ手提げを作って入れた。焦げた臭いがダメなら無意味だが、何日も放置すれば、異臭を消せる故郷で一般的な臭い消しだ。草より喜ばれた。


「クレイル。あんたに拉致されるとは思わなかったよ。弱っちゃいたけど傷つくね。代わりにあんたの利を食い尽そうかね。」

「出せるのは俺の労力だけだ。手加減してくれ。」

「甘ったれてんじゃなよっ!。人攫いの自覚を持ちな。」

「保護者の自覚しかないな。ナリアラ、見掛けの安心感で信頼関係がなくなれば、いざという時に相談できない関係になる。その程度で切り抜けられるとでも?。見通しが甘すぎるだろう。相手は上位の貴族なんだろう?。そもそもこれからナリアラの身の上を背負わせる予定の相手は別にいる。」


どうやらナリアラからは味方の信頼が得られたらしい。かわりにライドに対する精神的優位な立ち位置を欲した。ソドムはナリアラのこの状況を先に予期していた。隠れて生活する為には隠れ蓑が必要だ。隠れ蓑とは、ナリアラの行為に口を挟まず、指示に従い、いざという時に足止めをさせて切り捨てる為の奴隷のことだ。奴隷は精神的に屈服させて生活を支配することで作るのが一般的らしい。ライドはナリアラにそういった関係を結べる脆弱な相手と見られたようだ。少し衝撃的を受ける。


「私が甘いってのかい?。ちっ。やり難い子供だよ。」

「褒め言葉だな。」

「他に隠してることはないんだろうね?。交渉相手が居るなんて聞いてないよ?。」


荷台の中から聞こえるナリアラの声は、隠れ里の時と違って、随分ズポラで自由だ。此方が本来の姿か?。それとも体調不良を隠す演技か?。何にせよ。早いところ身体を洗わせないと、別の病にかかりそうだ。既に臭いは中々だ。


「俺の名前はライドだ。ライド=フォン=クレイル。フォンが母でクレイルが父だ。貴族じゃない。そう言う名付けだ。」

「名前ね、どうでもいいね。互いが認識してれば何でもいい。他には?。」

「親からの貰いものだ。少しは大切にしてもよくないか?。」

「ライドは親が誇らしいのかい。でも、皆がそうじゃない。」


ナリアラからの返答は暗い。そしてシャルが身を硬くしているのも感じる。


「悪かったな。シャルにもだ。」

「構わない。寧ろ今の一言で、私が何をしたいのか分かった気がする。私は父に問いたいのだ。私はその日を手にして見せる。」


シャルの力強い言葉を聴くと、近い将来、そうなるのではないかと感じさせる。


『少し・・・運が良すぎるね。シャル君は。目標も手の届く範囲を見極めてるかのようだ。子供らしくない。』


ソドムは少し悩むようにそう呟く。シャルの見識が子供らしくないのは同意するが、運が良いには同意できない。


しかし、ソドムは視点を変えて考えてみたいと話す。


『私達には動機が薄く、危険が高いのに引き寄せられるように関わっている。その前提で答えてみてくれ。』

「心配性だな。元々動機は個人的なものだろう?。」

『まあ、そう言うな。まずシャル君がなぜ追われてるのか?。シャル君は貴族殺人の罪に問われるナリアラ女史に攫われた。追い立てられ、大義名分の成立に使われた。それは手配書の形を見る限り貴族領への立ち入りの権限だ。』


ライドはただ耳を傾ける。


『此処は隠れ里から海岸線を結ぶ線上か?。大分横にずれる。』

「風の流れを追って崖側に向うのは当然だろう。崖方面から迂回するのはどこかの勢力の駐屯地を迂回する為じゃないのか?。崖側に集団はいる。」

『まあ、崖側に向かえばその時点で確率は半分か。次だ。隠れ里で夜ナリアラ女史が襲撃された時はライドが精鋭じゃなければ詰んでた。何でライドはナリアラ女史の味方をしようと思った?。』

「子供がナリアラに懐いてたからな。ナリアラは冤罪を受けたと思った。だがソドムがいなければそこまでも辿り着けなかった。俺に欠陥がなくても助けたつもりで訃報を聞いただろう。そして今も危険な行為は続いている。俺の動機は子供を2人救い損ねた腹いせだ。してやれることが何もないからな。他に気を紛らわせられない。危険は見極めるが瀬戸際まで近づくつもりだ。」

『そういえばシャル君に近しい子供が2人犠牲になってるか。シャル君に何かを引き寄せる力があるならありえないな。』


何かを引き寄せる?。ソドムは突拍子もないことを考えているようだ。


『この場合の対処は時間を遡る相手と同じさ。圧倒的な戦力差で可能性を無くすこと。ない可能性からは未来は選べない。今回、追手の動きを考え直すとシャル君に都合の良い幸運を呼び寄せる特徴があるのかと思った。だとすると、ジュール卿の昨夜の動きは、シャル君から協力的な恩恵を受けようとしたのか?。そう疑いたくなってね。』

「そんな便利な人間がいたら、やりたい放題だ。」

『ザストーラの遡りの話に頷いてた君とは思えないね。時の遡りの方があり得ない。それと実績は重要だが相手が貴族なら頼りすぎるのは危険だ。未知だから時間が稼げる。稼げるから仕掛けるんだ。仕掛けてきたときには基本詰まれたと思った方がいい。まあ、それだけ確信を持たないと表立って動かないのが貴族だ。そんな機会は滅多にないよ。』

「故郷に伝えたいのは基礎だ。そんな応用は要らないな。」

『でも君には必要になる。』

「やめてくれ。俺は逃げる。貴族に関わりたくない。」

『気がついてないのかい?。地下から君の周りは貴族だらけだ。私、セリーヌ様、ハリス殿、シャビ殿、ジュール卿、ジャニル殿、ロニ嬢、ディーン君、シャル君は貴族か元貴族だ。貴族相当として、森の人とアウデリア司祭、ナリアラ女史。子孫は・・・』

「もういい。ほぼ全員だな?。キャシーとミンウ、あとはトフソーだけか?。貴族はそんなに多いのか?。」

『貴族は準貴族含めても平民100人に1人以下だよ。壁の外を合わせたら数百人に1人だね。そして精鋭は準貴族相当。ライド自身が準貴族だ。』


平民数百人に1人?。精鋭だけで考えても何人になるんだ?。ライドは改めて地上で暮らす人の数に頭がくらくらする。


ナリアラに聞いてみたら正確な数など誰もわからないといいつつ、単位は何千万だった。


故郷の数千倍。足元が砕けるような衝撃を受ける。ローレンだけで故郷全員の倍なのだ。百倍は覚悟したが話にならない。


「多いな。蟻を超えるぞ?。脅威なんてないんじゃないのか?。」

『そんなことはない。私の時代も一千万人に届くかと言われていた。それが10万人超に食い尽くされた。その後、どこまで減ったか分からない。』


ライドは首を振る。1000と10では誤差範囲だ。絶滅したと言っていい。そんな真似、人のいる場所全てを同時に埋め尽くさなくては不可能に思える。だとすれば、「あれ」をも超える大きさを持つ大怪獣だ。


いや、キャシーは文明の断絶は海水が押し寄せた可能性があると言った。水なら可能か。育ちきった粘性体でも。


「ああ、だから赤子の模倣はあんな形の獣を・・・作ったのか?」


金色の糸に包まれたあの塊はどこから来た?。ライドは塀の人には扱えない大きさの、鉄の加工物を集めた塊を思い出す。あれは作られた命だ。作ったのは赤子の模倣しか思い浮かばない。


「赤子の模倣は空から来た。」


故郷で地上を覆い尽くした苦味のある湿気は、ある獣の産物だった。あれは擬似的な命を生み出せる。似ているか?。


擬似的な命。ライドには更に一つ該当する獣の記憶がある。隠れ里から脱出するとき、里の住民の足止めに放たれた巨大な女のような塊だ。しかし、赤大蟻に対して使わない。使えないのか。使えたとしても見張りが使ってくる可能性は低い。ライドが荷台を留守にした間、3度も接近を試み、獣除けを突破できずに恐れて戻った。こうして闇の中仕掛けて来ないところを見るとその獣がライドに通用するとは思っていないだろう。


やるなら日が上ってからだ。獣に襲撃された程で助力を請いにくる線を考えつく。獣に囚われる役がライドの攻撃を邪魔しながら時間を稼ぎ、別の保護された者が事故を装って荷台に穴を開ける。


これをやられると防ぎにくい。


それでも明日、日が出る頃には一度補給物資を荷台に移し、見張りを安心させれば襲撃そのものがなくなる。そう見ている。


『何か気になることでもあったかい?。御遣いがどうした?。』

「人や獣を超えた何か。上位種かな?。それを思い出した。赤子の模倣にも似た機能がある。」

『考えることは必要だな。ても、どんなに考えても私達は優先順位の高い方から片付ける。やることは増え続けるだけだからね。』

「分かってる。相手の方が数が多い。俺とソドムに先手を取る機会はない。」


狩においても考えすぎは忌避される。考えるくらいなら、試せる全力で試せと。


接敵中の考え事は、自分で実力を制限する愚かな行為だ。尤もこの地域では、考えなければ接敵中でも罠に飛び込みそうで怖いが。


『もう一つ。私にも情報を寄越すように。地下で、何が、どうなる懸念があるんだ?。回せる資源はもうないんだ。放置して後手になるのは避けたい。』

「情報を制して局地的に数の優位を作る。仕掛ける時と準備や極めて限られた条件の訓練を熟して一点突破する。それが数に大きく劣る側の戦い方だったな。」

『そうだ。繰り返しになるが、中途半端な人数の部隊が1番困る。目指すは隠密活動可能な人数が上限だ。その数で局地的な優位を得られなければ攻められない。』

「地下にいる敵は5千を超える。そして、全員、見張りは以外にすることがない。局地的に優位を取れるか?。」

『なんだそれは。無理だな。』

「此方は追われてる訳じゃない。相手も動く気配はない。動いたとしても、初手や異変を知らせるのは調査隊の役割だ。」

『割り込んで越権しても、此方には不信感しか返ってこない。分かってるじゃないか。』


ライドは「いい指導者がいるからな。」と感謝を述べる。


ライドは地平の空と大地の境から白む夜明けを眺める。地上は美しい。


この美しい地上に人が暮らす。それが故郷で夢見た楽園の姿だ。


人はまだまだ存続できる。この地の状況を見るだけでも、時越えの意味はあった。そんな気分になる。


しかし、気に食わないこともある。流行り病ではなく、集落の存続をかける為でもない。正しく生きるだけの命が、集落全体の為に刈り取られることだ。この不条理を平民に知らしめることはできる。広く文字を教え、言葉を意味を考えさせれはいい。だが、その後が続かない。不条理を知らしめて、どうするのか?。この不条理は集落が生き残る為に存在する。ただ否定するなら集落が負けて失われる。それでは本末転倒だ。


(暇というか、疎外感がな。)


考えが纏まらない。関わろうとする行為が嫌だと感じてしまう。


思いの外、自分の足元がぐらついている。自然に関わるにはどうしていたか?。思い出せない。


「なあ、クレイル。いや、ライドだったね。」


荷台の中でナリアラが目覚めたようだ。落ち着きと張りのある声がする。


「私は「千里眼」が合わなくてね。「知覚」って言うのかい?。これはしっくり来るよ。」

「そうみたいだな。ナリアラの上達には驚いた。」


事実だ。切欠を得る為の地下生活で、「歪」まで認識するとは。「歪」の把握は「知覚」に慣れた戦士長が掴む、新人と一人前の分岐点だ。それを数日で駆け抜けた。元々、戦士長として十分な経験があったとしても早い。


「で、さっきからあんたの「練気」が細かく震えて睡眠妨害になってるんだが知ってるかい?。」


ナリアラの言葉に、ライドは外向きの「力」の程度を確認する。特に問題ない。試しに完全に遮断する。


「無駄だよ。私が何で大人しくついてきと思ってるのかい?。2度も抱えられたんだ。あんただって私の「練気」は把握しただろ?。お互い様さ。ただ、あんたはちょっと変わってるね。嫌らしい欠点がある。弱みだね。だから下手なことはしないでおくれよ。」


ナリアラの言葉の意味に心臓の音が跳ね上がる。欠陥を把握された?。殺意が立ち上る。知る相手は消すに限る。戦士の矜持がなければそれが最適だ。しかし、すぐに諦める。本末転倒だ。それに外向きの「力」を抑える限り、欠陥は利用されない。問題ない。それより、ナリアラがライドの「力」を利用できるなら、いざという時の切り札になる。悩みが一つ減るか?。


(鋭い。)


さっきは寝ていたはずだし、抱え上げた隠れ里では、ナリアラの「知覚」は低かった。「知覚」が十分でも抱え上げた程度の接触面では、初めから意識していなければ難しい。なのに把握された。ナリアラの才気に危機感を覚える。


「どのくらいの距離まで認識できるんだ?。」


しかし、ナリアラから返答はない。ライドは荷台の中の様子から起きていることを確認すると、再度重ねる。


「あぁ?。ああ。ど、だろうね。試さないとわからないよ。でもあんたの漏れてる「練気」を感じるだけなら、相当離れてても問題ないよ。気がついてないようだけど、あんたの微かな「練気」は地下にいる間、途切れたことないんだ。私が見に行く必要はないのさ。側にあるからね。」

「は?。」


間の抜けた声しか出ない。


悩むライドの横で、ソドムが『道標があったのか。』と唸る。


「先に言っとくよ。あんたには感謝してる。私もシャルも、多分ロニもね。」

「有難いと思っているなら、生き延びてくれ。泥をすすってもだ。話はそれからだ。」

「そういうところが変なのさ。」


荷台の中で呆れた声がする。


「でも、お陰で少し頭が冷えたよ。こんな立場だからね。誰かに生きてていいって言われるのは嬉しいのさ。あんたは意固地に固まってる私を無理矢理掴んで引き上げる。強引なのも悪くないもんだね。あの夜、ロニと話した時も短い時間にあんたの名前が出たよ。勝手に掴まれて連れてこられたとさ。何をしたのか知らないけど、今回の私と似たようなもんなんだろね。シャルもそうだ。正直、普段なら振り回されそうで近付きたくない男だよ。でも、だから助かった。今回は感謝してるよ。感謝ついでに落ち着いた水浴びや洗濯の機会も何とかならないかい?。あるものなら出したげるよ。おばちゃん何てどうだい?。」

「本当に信用ないな。全ての時間を生き延びることに使え。他のことに使える時間はないぞ?。暇なら寝てろ。それも重要だ。」


ナリアラはそうさせて貰うとカラカラ笑う。精神的にも余裕が出てきたようだ。


「一つ忠告だよ。私からの謝礼さ。不信感を買ってる原因が分かってないみたいだからねぇ。初対面の相手に足音立てずに近づかれたらどう思う?。その体格でだ。怖いだろ?。気をつけな。」


ソドムが合点がいったとため息をつく。会う人会う人に不審の目を向けられるライドに疑問があったという。ソドムは音が聞こえない。盲点だったらしい。ライド自身ら気がついていなかった。足音を立てないのは戦士としては当たり前だが、初対面の相手にすることではない。それは故郷でも同じだ。言い訳ができない。


「水浴び、洗濯なら機会を用意している。これから本来の荷台の主人を送る必要がある。その時、また地下水の川辺に入って貰う予定だ。流れは早いが適当に入江を作ってくれ。その広さはある。」

「助かるよ。それと、一つ、提案があるんだけど聞くかい?。」

「聞こう。」


ライドは硬い地面に荷台を走らせながら耳を傾ける。


「暇なら、ふり落とされた人を引き上げてみないかい?。今回みたいにさ。見返りの少ない話だよ。でも、見返りを求めた立ち回りは苦手だろう?。」

「暴力では救えない。必要だけどな。俺には少し荷が重い。」

「あんたは頭も切れる。上に睨まれない立ち回りもできる筈だよ。まあ、暇なら考えとくれ。」


ナリアラはソドムとライドの区別がついていないようだ。当然か。苦笑で応える。


隠れて全力を尽くしながら、長の勢力に見過ごして貰える利を用意する。その均衡を保つのが人助けの最低条件だ。今はソドムの価値が一方的に長の勢力から譲歩を引き出している。ライドがやるには、担保になる何かを手に入れなくてはならない。


「悪くないな。暇だからな。」

「期待してるよ。」


今はできるとは思えない。それでもライドの望む方向と合っている。分からないのはそれを勧めるナリアラの意図だ。しかし、考えは中断する。本来の補給品のいる地下に近づく。見張りを一時的に撒く頃合いだ。


ソドムはナリアラと話さない。普通の塀の人と誤解させたいらしい。


その後は順調に予定をこなした。補給品との入れ替えのためにナリアラとシャルを地下の水路に隠し、その間に撒いた見張りに追いつかせて、補給品に顔だけ日光浴をさせる。勿論、暴れたり声を出されては敵わない。喉を潰して、鎖骨や足を砕いてだ。


この補給品が殺した人攫いやその護衛に同情はできない。だが、この罪人のは命に価値を感じなくなったのも事実だ。罪人への扱いは戦士の矜持に何ら反しないことも、罪悪感の低減に拍車をかけた。


そして、夜の闇が完全に明け、朝霧が消えた頃、ジャニルから連絡が来た。


場所は千匹を超える妖魔に包囲された丘陵の壊れかれた砦。妖魔の暇潰しに利用される犠牲者が立て篭もる餌場だ。


意味がわからない。分かるのは、調査隊は壊滅したことだけだ。

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