第19話 イエスを受け入れる生き方

 拓海の母親の言葉に、水城はキョトンとした顔で質問した。

「なあに、そのイエス様を受け入れるって?」

「自殺、いわゆる自己中心を捨ててイエス様に従って生きることよ」

「ふーん、でも一体、何のためにイエス様に従う必要があるの?

 第一そのイエス様とやらってなあに? もう二千年前に十字架につけられ、処刑されて死んだ人物じゃないの?」 

 拓海の母親は、じっと水城を見つめて言った。

「イエス様が十字架にかけられたのは、犯罪を犯して処刑されたからじゃあないの。私たち人間のエゴイズムという罪の身代わりになって、十字架に架かって下さったのよ。だから私たちは、イエス様を信じるだけで救われるの」

 水城は不思議な顔をした。

「この世はgive&takeの筈。ただ信じるだけで救われるなんて、こんなうまい話しってあるの?」

 拓海の母親は答えた。

「人間は誰でも自分のためだけには、生きられないのよ。

 自分を大切にして生きろっていうけど、それなら麻薬に手を出すはずはないよね。なぜ、飲酒運転するの? なぜ自殺するの?

 結局、人間の自由というのは犯罪と結び付いているのよ。まあ、そのために法律、規則、マナーがあるんだけどね」

 水城は答えた。

「私は麻薬に手を出したというが、最初は麻薬ということがわからなかったけどね、受験勉強をスムーズにするためよ。このジュースは疲労回復剤であり、集中力が持続するって言われたから、飲んでみたら麻薬だったのよね」

 拓海の母親はしみじみと言った。

「確かに人間の集中力は一日に二、三時間しかないわ。だからこそ、努力する価値があるのよ。ラクしていい結果をだそうとするなんて間違ってるわ。

 しかし、最初の蛇の甘言にひっかかり、禁断の実を食べたのは男性アダムではなくて、女性のイブだったけどね」

 水城は沈黙のままだったが、急にプイと背を向けた。

 拓海の母親と女性牧師は、水城の背中を痛ましいものを見るように、ため息をつきながら見送るしかなかった。


「あの子、戻ってくるかしらね」

 女性牧師は心配そうに言った。

「大丈夫よ。あの子はこれから洗礼を受ける予定なの。そうしたら、今度は神様が水城さんを取り扱って下さるわ。神様は一度洗礼を受けた人を、決して見捨てはしないのよ」

 拓海の母親は笑顔で答えた。

 実緒は、その意味がわからなかったが、本当に神が水城を見捨てずにいてくれるのではないか、神は水城のような人の罪の身代わりとして十字架に架かったのではないかと期待した。


「初めまして。私は佐伯 実緒といいます。私の姪が拓海君とお付き合いさせて頂いています」

 実緒は、拓海の母親に挨拶した。

「えっ、そうなんですか? 私、拓海からは何も聞いてなかったわ。母親としては淋しい限りよ」

 実緒は、言うべきではなかったかもしれない。

「拓海君って、なかなかの好青年ですね」

「まあ、あの子も小さいとき、私に連れられて教会に通っていたんですが、中学生になってから離れていってね。でもあの子、ちょっぴり照れ屋で世間知らずですが、よろしくお付き合いして下さいね」

「こちらこそ、宜しくお願いします。そして私もイエスキリストを信じてみようかな。そうしたら、自分が強くなって人生変わりそう。これから将来、正解の人生の道標べが与えられそう」

 お互いが笑顔で挨拶し、教会を後にした。


 実緒は、この教会のことをもっと知りたいと思った。

 更生を目的としている教会というのも、珍しい。

 そして、更生を支援している牧師と牧師夫人のことももっと知りたいと思った。

 なんでも、女性牧師は昔はレディース(暴走族)だったという。

 そして、主任牧師はなんと元アウトロー。

 現在はすっかり更生を果たし、かつての体験を活かして非行に走った子供を持つ親の相談にのっている。

 もちろん、ねたみそねみ、迫害もあるが、それにめげる牧師夫妻ではなく、神の力によって守られ、神のために命を賭ける覚悟である。


 世の中は一寸先は闇だという。

 一度悪いことをすると人の道に外れるというが、一度そうなった人間はなかなか、立ち直れないのである。

 そうなる要因はいくらもあるが、その最たるものが麻薬であろう。

 麻薬止めますか、人間辞めますかというが、一度でも手を出すともうヤミツキになってしまう。たった一度きりが、人生を大きく左右するのである。


 実緒は、自分の幸せよりも困っている人を救うことのできる人間になりたいと思った。

 まず、身近な家族である奈緒を愛そう。

「あなた自身を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」(聖書)

 愛と好きとは違う。好きというのは、相手の長所を好きになることであり、条件付きの愛であるが、神の愛は長所がなくなっても、いや長所が短所に変わっても愛することができる無条件の愛である。

 できたら、その夢に近づくため弟子教会に通おうと思った。

「自己保身を考える人は、いちばん大切な命を失い、神のために生きる人は、本当の命を得るのです」(聖書)

 そして神の愛を、奈緒にも伝えていこう。うまく伝えられるかどうかは、実緒のテクニックなどではなく、神様が実緒経由でなさって下さることである。

 ハレルヤ(神様、感謝します)


 END(完結)

 

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麻薬にしますか 人間にしますか すどう零 @kisamatuma

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