第17話 高校生実緒の愛のかたち
「校区でいちばんの進学校に入学して、はじめてできた男が、いわゆるアーレフまがいのカルトをしている一流大学生だったのよね。その男に誘われるままだったらしいわ。あの子、世間知らずだったものなあ」
実緒は、昔話をした。
「勉強の頭と世間の頭とは違うわ。実際、一流国立大学卒の女子社員が、不倫のあげく、直属の上司だった相手の男の家に放火し、子供を焼死させたという事件があったわね。なんでもその女子社員は、近所では礼儀正しいおとなしいお嬢さんだったけどね。なんと四回も妊娠中絶させられたらしいわ」
奈緒は、心底驚いたような顔をした。
「ふえーっ、どうして四回も中絶してまで、そんな男と付き合うのか不思議だわ?」
「さあ、妊娠中絶なんて誰にも相談できることじゃなかったし、その男しか頼れる人がなかったんじゃないかな。実緒ちゃん、フリーセックスはだめよ」
「わかってるって、セックスなんて男にとっては、ある意味、排せつ物みたいなものでしょう。吐き捨てるものでしかないわね。どんなに美味しいものでも、吐き出したものに用はないでしょう」
実緒は、奈緒に尋ねた。
「男って、セックスした後は相手の女に飽きるっていうけど、本当かな?」
「そうねえ、どんなに美味しいものでも、味わい尽くしたら興味がなくなるわね」
「でも、女はそのあと追いかけたくなる。男は嫌になり、お金で解決しようとする、それが妊娠中絶ね」
「そのとおり、実緒ちゃん。なかなか男性心理を知ってるわね。アメリカではね、セックスさせてくれなかったら、彼に嫌われる。だから、涙ながらにセックスさせてあげるなんんて女の子がいるの。そんなの悲劇よ」
「ということは、相手の男はセックスだけが目的だってこと、みえみえね。
そんな人、早く別れた方がいいわ」
そのとき、チャイムが鳴った。時計を見ると一時半だ。
「拓海君、待ってたのよ」
拓海は、実緒を見て仰天した。
姪とはいえ、まさか奈緒の身内だとは思ってもいなかっただろう。
拓海の後ろには、金髪に濃いまつげ、つけ爪の水商売風の少女がいる。
実緒は、その少女に見覚えがあった。
奈緒あてに、北海道の田中などと名乗って電話をかけ、実緒に「お兄ちゃんを取らないで」と言った、麻薬中毒風の少女だ。
奈緒は、その少女の顔をまじまじと見つめた。
「あっ、水城さんじゃない。実緒姉ちゃん、この子、中学のときの親友で家庭教師をしてくれた水城さんだ」
一瞬、実緒の頭は混乱した。
「あなた、この前私にお兄ちゃんを取らないでって言った子でしょう。ということは、拓海君があなたのお兄さんなの?」
拓海が答えた。
「お兄ちゃんといっても、実の兄じゃないよ。白状しちゃうと、僕はホストのアルバイトで、学費を稼いでるんだ。彼女はそんな僕に、初めてついたお客さん第一号さ」
奈緒は、ポカンとしたような驚愕の表情を浮かべている。
実緒は、冷静さを装い発言した。
「とりあえずあがって。一応、ケーキをご馳走するわ。
それにしても水城さん、どうしちゃったの」
実緒と親戚の奈緒と実緒のボーイフレンド第一号のホストの拓海、そして拓海の客第一号である水城。
なんだか妙な取り合わせだが、とりあえず、奈緒は四人分のアールグレイといちごケーキを用意した。
奈緒は、今日は実緒と実緒のボーイフレンド第一号の拓海のために買っておいたいちごケーキがこんな展開になろうとは、誰しも想像もつかなかっただろうが、アールグレイのヒノキのような落ち着いた香りが、その中でも落ち着きを醸し出していた。
しらけたような空気がシーンと静寂を保っている。
重くなりつつある空気を打ち破るに、実緒は口を開いた。
「ぶっちゃけホストって、世間体が悪いでしょう。でも、私はそうでもないと思うの。私の友人でもね、ホストのキャッチのおかげで、不倫から救われ、相手の不倫男ときっぱり縁を切ったという例もあるくらいよ」
奈緒は、好奇心一杯の表情を浮かべた。
「へえ、そういうこともあるのね。初耳だわ。実緒ちゃん、説明してよ」
奈緒は、いつものペースに戻りつつある。
「これ、実話よ。私の友人で、プログラマーの卵の女の子がいたの。でも、プログラマーって、理数系が得意な頭のいい人ばかり。悩んでいる最中に、得意先の単身赴任の男性から食事に誘われ、初めは愚痴を聞いてもらってたの」
拓海も水城も、真剣な表情で聞き入っている。
奈緒は口を挟んだ。
「わかった。そのうちに情が移ったのかな?」
「そうね。それで、その友人は、誘われるままにホテルへ行って、でも向こうは遊びだと割り切ってたから、最後まではいかなかったみたい。でも、その子は本気になっちゃったのよね。なんだか、包容力のある男性にうつったのかな?」
拓海が発言した。
「これは、僕の体験だけど、男って本気で好きだったら、そう簡単に誘ったりできないものですよ。僕も実緒さんとつきあい始めたとき、こんなことをして嫌われたらどうしようという不安とちょっぴりの恐怖心から、もうドキドキしてしどろもどろになっちゃってましたよ」
実緒は笑いながら話を続けた。
「女って甘い言葉に弱くて、結局その子は、その不倫男に本気になっちゃったの。
そこで、なんとその男の会社の寮まで行く途中に、ホストにキャッチされて、四隅が丸くなっている名刺をもらったの。そのときは、身分証明書がなかったら行けなかったけど、のちにそのキャッチホストの切ない表情が気になり、後にそのホストクラブへ行ったのね」
奈緒は思わず口を挟んだ。
「会社の寮なんて絶対行っちゃダメよ。だって、妻子がいたらどうするの?
家庭を壊す白アリのような悪者認定されちゃうよ」
実緒は話を続けた。
「それもそうね。その子はちょうどその寸前にホストにキャッチされちゃったのが、good timingだったでしょうね。そのホストは当時二十九歳で、ホスト歴が四年で、母親に仕送りするためにやってたんだって。そう悪い人ではなかったみたい」
拓海が言った。
「実をいうとね、僕もこの仕事するの、怖かったんです。例えば、大学生の場合、三回生まで辞めなければ、就職に差し支え、もし企業に内定が決まっていても内定取り消し、いくら学費を稼ぐためにホストをしていたといっても、企業はそんなことは取り合わない。これほど偏見を抱かれてるとは、思ってもいませんでしたよ。
ちなみに僕は、一年でホストを辞めるつもりです」
それを聞いた途端、実緒と奈緒はほっと溜息をついた。
「結局その子は、不倫を卒業し、代わりにホストクラブに通うようになったの。
まあ、大金使っているわけじゃないけど、不倫よりはマシじゃない」
奈緒は、口を挟んだ。
「そうね。韓国では不倫をすると、昔は逮捕されてたのよ。まるで犯罪者扱いね」
拓海が発言した。
「僕、実はホストをしていることがばれたら、嫌われるのかなって思っていました。でも、今の話を聞いて安心しました」
奈緒は、拓海に釘を刺した。
「拓海君、実緒ちゃんとはあくまで友達というスタンスで付き合ってよ。
まあ、ホストだから話はうまいでしょう」
「ええっ、僕なんか話術はまだまだで、先輩に教えてもらっている最中です。
ここだけの話、ホストって連日の酒とかで、性欲がなくなっていくんですよね」
「今度、行っていいかな、拓海君の勤めてるクラブ、でも、拓海君を指名するという保証はないけどね」
「でも、ヘルプということで、僕を呼んで下さい」
拓海は、決して悪い子ではないのだが、あくまで実緒とは友達の一線を超えないでほしい。
実緒とは、お互いに刺激しあえる友人でさえあればいいんだと思った。
実緒と奈緒は、水城が気になった。
人間、一歩間違えれば、誰でも麻薬中毒になる危険性があるのだ。
「水城さんだったわね。私の知り合いで、沢崎さんっていう人がいるんだけど、その方は自らの体験を生かして麻薬のケアをしているの」
水城は、ポカンとしたような顔で実緒をにらみつけた。
拓海はそれをたしなめた。
「おい、麻友ちゃん、今の態度失礼だぞ」
水城は麻友っていう名前なのか。
いや、本名ではなくて水商売の源氏名であるかもしれないが・・・
奈緒がびっくりしたように言った。
「えっ、麻友? まゆ子じゃなかったっけ」
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