第14話 恐喝まがいの囲み痴漢の正体

 請求額が九十九万円とは、ずいぶんハンパなような気がする。

 実緒は、わざととぼけた口調で

「えっ、百万円じゃないんですか?」

 池田と名乗る女性は、まるで慣れたような断定的な口調で

「まさかあ、百万円も要求したら、それこそ犯罪になっちゃうじゃないですか?」

 一瞬、沈黙の空間が流れた。

「犯罪だなんて。人聞きの悪いこと言わないで下さい。私はあくまで奈緒さんを救いたいという善意からしていることですが、やはりそれには費用以上の必要経費が必要なんですよ」

 実緒は、強気に出た。

「じゃあ、金だけを払って奈緒ねえちゃんのDVDが出回らないという保証でもあるんですか」

「勿論です。私が保証します」

 池田は、いやに落ち着いた口調で答えた。

「じゃあ、どこに振り込めばいいんですか」

「それは後ほど、一時間後に連絡します」

 そう言った途端、一方的に電話は切れた。


 しかし、実緒は強気にでたものの、一抹の不安はあった。

 もし、本当に奈緒ねえさんが痴漢の被害にあっていたらどうしよう。

 やはり、いつも世話になっている親戚の奈緒ねえさんが心配である。


「ただいまあー」

 ちょうどそのとき、痴漢騒ぎの奈緒が帰宅したので、実緒はほっとした。

「ねえ、奈緒姉さんの同僚に池田さんっているの?」

「えっ、そんな人は同僚にもいないし、同じ課にもいないわ」

 実緒は、話を切り出した。

「今さっき、奈緒姉さんの同僚の池田と名乗る女性から、奈緒姉さんがJRの車両内で囲み痴漢にあっているという電話がかかってきたばかりだったのよ」

 奈緒は、納得したように言った。

「わかった。今、都市伝説で話題の痴漢まがい恐喝でしょう。あなたの身内が痴漢にあってるから、金を送ってくれ。さもないと、盗撮DVDに出演させるとかって言って家族を脅迫し、そこから免れたかったら大金を払えといって脅迫するんでしょう。私の友達もその被害にあったばかりなのよ」

「えっ、そしてその友達は金を払ったの?」

「うん、なんでもその子の家まで、バイクでやってきて『これはお宅のお嬢さんの映っているDVDです』と言って百万円要求したんだって。

 その子の親は、十万円だけ払ったんだって。後でDVDを見ると、その子の制服姿の後ろからパンツが映っていただけなんだって」

 実緒は、首を傾げた。

「でも今どき、パンツが映っているだけなのを、十万円出して買う人っているかしら?」

「でも、DVDってその場で見せるんじゃなくて、デッキにかけなければ実態がわからないでしょう。かなりわいせつな内容のものだと、勘違いしたんじゃないかな。

 タイトルも痴漢強姦列車なんていう、きわどいタイトルだったし」

 実緒は、奈緒に質問した。

「奈緒ねえさん、もしかして金を払ったんじゃないでしょうね」

 そのとき、電話のベルが鳴った。

 奈緒の同僚の池田と名乗る女性から、今度は男の声である。

「もしもし、今からそちらにお伺いいたします。金額は用意できましたね」

「はい」

 奈緒は殊勝な声を出したが、もちろん会話は録音されているので、このまま警察に電話しようか?

「あの、振り込み詐欺と誤解されたら困りますので、待ち合わせ場所を決めませんか? できたら、駅のコンビニの前で待ち合わせしたいんですが、ご了承いただけますね」

 いやに丁寧な物言いだ。

「はい」

 相手は納得したかのように言った。

「では、私はスポーツ新聞片手に、黒のスーツを着てますので」

 いかにも、慣れた物言いである。

 多分、場数を踏んでいるのだろうか、妙な自信さえ感じさせる。

 しかし、黒のスーツとは、まるで新宿歌舞伎町のホストみたいだ。


 奈緒は、相手の要求に応じることにした。

「わかりました。駅前のコンビニの前の黒いスーツですね。でも、現金九十九万円は、すぐには用意できませんよ」

「それは、重々存じております。とりあえず、あなたの誠意を見せていただくために、九十万円用意して頂きましょう」

 電話越しの男性は、一見さわやか風の二十五歳くらいの若者だと推察できる。

 こういうのが、今はやりの一流大学新卒のオレオレ詐欺なのかもしれない。

 奈緒は、応じる演技をした。

「わかりました。十分後にお伺いします」


 美緒は、一応見せ金として五万円用意した。

 そして、110番をして一部始終を話した。

 警察は、待ち合わせ現場のコンビニへ刑事を手配すると言った。

 残された時間はあと五分。それまでに、待ち合わせ場所に走るしかない。


 奈緒はウェストポーチに現金五万円入れて、駅前のコンビニに行くと、人待ち顔の黒いスーツの若い男がいた。

 奈緒は、その男に見覚えがあった。

 繁華街を歩いているとき、若い女性をキャッチしている、客のつかない売れないホストである。

 年齢は二十歳過ぎた頃だろうか?

 髪もセットせず、黒ぶちの眼鏡をかけた、マスメディアに登場してくるローランドのような華やかなホストとはかけ離れた、下っ端ホストそのものである。

「奈緒さんですね。約束のもの、願います」

 その売れないホスト風は、いきなり声をかけてきた。

 えっ、この男が詐欺の仲間?

 そのとき、別の作業員風の男が声をかけてきた。

「お前だな。オレオレ詐欺は?」

 売れないホスト風は、急にしどろもどろになった。

「僕は確かに売れないホストで、三か月たっていちばん下っ端ですが、頼まれてここに立っているだけなんですよ」

 話し方に、信ぴょう性がある。

 でたらめではなさそうというより、すらすらと嘘をつくおど、頭の回転が速いとは思えない。

「昨日、リクルートスーツを着たOL風の女をキャッチしたら

『実は私は婦人警官なの。捕まりたくなかったら、私の要望に答えなさい。あなたは明日このコンビニの前で、商品を受け渡しをするだけでいいの。

 決して、麻薬とかコンプライアンスに関わる行為ではないから、安心してほしい。そうじゃないと、今すぐ交番に突き出すわよ。そうすればあなた、今勤めている店はクビになるし、どのホスト業界からも相手にされなくなるわよ』と半ば脅されて、ここに来ただけなんですよ」

 ホスト風は、泣きべそをかいた。

 どうやらでたらめではないらしい。

 そういえばホスト業界も、サラリーマン業界が不況なので、水商売の女性である客がこない閑古鳥の状態だという。

 サラリーマンが稼いだ金をキャバクラに費やし、キャバクラ嬢はサラリーマン客にお愛想をいって時間延長まで持ち込み、そのキャバクラ嬢が憂さ晴らしに通うのがホストクラブである。

 そのスパイラルの主人公であるサラリーマンが、リストラなどで稼げなくなっているのだ。

 だから、生活保護や身障者手当が少なくなっているし、公務員も五十八歳くらいになると、肩たたきが待っているという。

 サラリーマンが稼げなかったら、税金も払えなくなり、日本全体の経済が衰退する。これから、日本の将来はどうなることだろう。


 ふと奈緒はアイディアがわいた。

 売れないホストというのは、しゃべりがヘタなのだ。

 客と緊張してコチコチになってしまってしゃべれないか、先輩ホストと上手くいかないかどちらかであろう。

 売れないホストの給料は、売上のいい先輩ホストから発生しているのだが、それも三か月が猶予期間であり、三か月たって客がつかず、売上がないようなら解雇という道を辿るしかないが、この三か月たって消えていく泡沫のようなホストが多い。

 この売れない泡沫予備軍崖っぷちホストを救い出してやろう。

 私と話すことで、少しでも客のつくホストに育ててやろう。

 奈緒は、この売れないホストから話を聞き出そうと思った。


 奈緒は、コンビニでおにぎりを二つ買って渡しながら

「ねえ、私あなたを見たことあるわ。ときどきキャッチしているじゃない。夏も冬も大変ね。これ食べない?」

 売れないホスト風は、おにぎりのセロファンをはがすのももどかしく、おにぎりをがっつき始めた。

「結構な食欲ね。そんなスピードを食べたらむせるわよ。はいお茶」

 奈緒は、熱いお茶を差し出した。

「ねえ、あなたの名前はひょっとして拓也君?」

 奈緒は、あてずっぽうな名を言った。

「当たらずしも遠からず。僕の名は拓海っていうんです」

 売れないホストは、ようやく笑顔を見せた。




 

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