第13話 実緒のモノ書き志望と囲み痴漢
覚醒剤中毒者を更生させるというと、別次元の問題である。
重症の中毒者になると、家族でさえ見放すという。
それに第一、アウトローは覚醒剤で女を自由に操るのだから、麻薬のケアというのは、要するにアウトローの大敵ということになる。
それを知っていながら、そういった活動に取り組むためには、元アウトローの知識と体験が役に立っているが、よほどの信念がなければできるものではない。
元アウトローは、殺されかかった過去や重度の覚醒剤中毒の過去がある。
怖い、暗い、もう振り返りたくない思い出。
しかし、あえてその体験を生かし、更生運動に取り組むとは、なんて勇気ある行動だろう。
実緒は、感心というよりも驚嘆した。
そのような人間離れしたような強さは、どこから発生するのだろう。
不思議である。もしかしてこういうのを、神がかりというのだろうか。
実緒はもうすぐ二十一歳になり、‘かまど’で働き始めて約一年になる。
でも、‘かまど’などの飲食店は、アルバイトは一か月契約であり、店長やチーフなどの正社員でも一年契約であるから、いつまで続くか見当もつかない。
今の世の中、常に新しい道を探しながら生きなきゃならないのだ。
実緒の小学校からの夢は、モノ書きになることだった。
そして、一度でいいからテレビ出演をしたいという、若者なら誰でも一度は考えるきわめて平凡な夢だった。
実際、その夢のために、日夜努力している人もいる。
関西のお笑い専門芸能スクールNA〇に通っている人もいるが、デビューできるのは、一学年千人のうちの一人だけであり、年によっては一人もいないこともある。
あとは、いくらオーディションを受けても没になる人ばかり。
実緒は、そんな世界に身を投じた挙句、失望する気はさらさらない。
実緒は、ネットの作詞コーナーに応募することにした。
「あったかい歌詞ですね。これからも頑張ってください」
みたいな、オーソドックスなものから
「あなたの歌詞は、目立とう精神がありありと感じさせます。それにこういったフレーズは、病人に対しては失礼というところまではいかなくても、感謝はされないでしょう」
などという、かなり突っ込んだものまでがある。
実緒も、この歌詞ネットに参加してみようと思った。
コメントもらえたら嬉しいだろうなあ。ひょっとして、未来の作詞家へのスタートラインになったりしてね。
さっそく、作詞の本を取り寄せた。
二時間ドラマや映画一本に匹敵するくらいの、起承転結のストーリー性があって、個性的なフレーズがあり、情景が目に浮かぶような歌詞がいい。
だいたい、歌というのは、じーっと聞いている人などはなく、常に何かの合間ードライブの合間、パチンコの合間、家事や受験勉強の合間ーに聞いているものである。
そんな状況下で、耳に入るのはよほど刺激的なフレーズである。
そのためには、いろんな人と触れ合い、その人なりを理解し、そこから新しい人間性を生み出さねばならない。
また、時代を閉じ込めたような歌詞を書くことも大切である。
たとえば、風俗通いが辞められない人がいたとする。
女性から見て、あまり気持ちのいいものではない。
男性から見ても、エイズ持ちなのではないかという、不安にかられたりする。
こいつとうっかり友達でいると、しつこく風俗店に誘われたりするのではないかと、疑われることもしばしばだろう。
しかし、このことに嫌悪感を抱いているだけでは、歌詞はできない。
たとえどんなに嫌悪感を抱いている悪党でも、この人はどこか心にどこかぽっかりと穴のあいた淋しく恵まれない人なんだと思えば、見方も変わってくる。
たとえば、女性に気を遣う職業で、決して女性を怒らせてはならない立場にいる人なのかもしれない。
ときには、女性に騙されたり、痛い目にあう職業、それでいて、世間からはなんらかの偏見の目で見られている職業の人なのかもしれない。
そんな人が、日ごろの憂さを晴らすために、女性のサービスを受けにいく。
そう思えば、少しは偏見から逃れられるかもしれない。
実緒は、女性週刊誌の編集者著書で読んだが、風俗ばかり行く人は、女性サービスに慣れてしまって受動的であり、自分から女性に触れようとはしない。
また、風俗嬢とは個人的に会ってはならないし、それが発覚すればアウトローから脅されることもあるらしい。
要するに、風俗通いばかりしていると、一般女性とは付き合えなくなるという悪循環にもなる。
そうだ。実緒のなかで信田をモチーフに歌詞をつくってみようと閃いた。
信田は私に「あんたは、度を越えたバカなんだから」とか、しつこくケンカを売られたりしたが、都会のワナに堕ちた不幸な女という見方もできる。
信田には、故郷に二人の息子がいるという。
離婚させられ、都会に出てきたが、傷心を埋めるため、酒に溺れるうちに騙され風俗に行くハメになってしまった。
このことを、都会の渇きと悲しみを込めた歌詞にしてみよう。
とそのとき、固定電話のベルが鳴った。
「もしもし、私は奈緒さんの会社の同僚の池田ですがね、奈緒さんが電車のなかで囲み痴漢にあっている最中なんですよ。あなた、奈緒さんの親戚でしょう。助けてあげて下さい」
囲み痴漢というのは、五人くらいで女性を取り囲んで触ったりするという。
池田と名乗る女性は、話を続けた。
「ああ、今奈緒さは苦痛に顔を歪めている最中です。早く来てあげて下さい」
実緒は、これは一瞬これは怪しい、こういうのが、新手のオレオレ詐欺かもしれない。
「あのう、どの電車で何番目の車両ですか?」
とあえて相手の話に乗ったとみせて聞き返すと
「JRの二番線で、進行方向から三番目の車両です」
本当なのだろうか?
「ああっ、ついに奈緒さんは、スカートをめくられました。そして囲み痴漢達が、スマホメールで奈緒さんの下着を盗撮している最中です。
たぶん、公けにはされていない裏DVDショップに販売するつもりなのでしょう」
なあに、池田と名乗るこの女?
多分、裏に男がついているに違いない。
実緒は、この会話を録音するために、ボイスレコーダーの録音機能スイッチをONにした。
「一度、お伺いしましょうか」
そうすると、池田と名乗る女性は待ってましたとばかり、饒舌に話し出した。
「そうですね。でも今からじゃもう手遅れです。焼け石に水です。
私は、奈緒さんの痴漢DVDが出回ってほしくないんです。そのために、九十九円払って頂ければ、なんとか止めて差し上げることができます。
こんなDVDが発売されれば、顔もぼかしでなく明確に映っていることですし、奈緒さんは会社も退社されるおそれがあり、再び痴漢のターゲットにされる恐れがあります。私は奈緒さんの同僚として、奈緒さんを少しでも救って差し上げたい気持ちでいっぱいなんです。くれぐれも、金目当ての恐喝などと間違えないで下さいね」
実緒は、ピーンときた。これは新手のオレオレ詐欺だな。
こういうときは、弱気にでると相手はつけ上ってくる。
家まで来る恐れもあるらしい。
「その前に、池田さんの連絡先を教えて下さい」
「はい、メモの用意いいですか?」
そう言って、池田は住所と電話番号をすらすらと言ったが、実在するものかどうかもわからない。多分、賃貸事務所の一室だろう。
「今から、三十分以内に振り込んで頂かないと、奈緒さんの人生は狂ってしまう危険性大ですよ。奈緒さんはまだ若いし、将来のある身です。
しかし、皮肉なことにこういうDVDは、若いOLものほどよく売れるんです。ときは金なりというでしょう。こうしている間にも、奈緒さんは危険にさらされているということを、忘れないで頂きたいですね」
いつの間にか、奈緒の同僚と名乗る池田は強気にでて、あたかも自分のペースにもっていこうとしているのである。
ということは、この作戦が過去において成功したという実績でもあるのだろう。
実緒は、このことはボイスレコーダーに録音して、警察に訴えるつもりでいた。
だいたい、痴漢や盗撮DVDなど女性の弱みに付け込んで金を恐喝する奴は許せないが、池田と名乗る人物は、一体何者なのだろう。
かつては奈緒の同僚だったが、退社してオレオレ詐欺になってしまった一味なのだろうか?
でもいくら金のためとはいえ、罪責感が残る筈だ。
そもそも、池田も盗撮の被害者なのだろうか。
お前の盗撮DVDをネット配信するなどと脅されて、泣く泣くオレオレ詐欺に手を染めたのだろうか?
真偽のほどは定かではないが、こういう犯罪は、一人でもそれに甘んじて金を払う人がいると、犯人達は増長し、第二、第三の被害者が産出する恐れが十分にありうるのである。
悪党は、相手が少しでも弱気になり、スキをみせるとそれに付け込んでくるのが常である。
しかし、ここは一応、犯人の様子を見るために、屈服し金を払うフリをすることにしよう。
そう、犯人を安心させて、正体を見極めるのだ。
実緒は、パニクッた様子を演じ
「これはやばいですね。奈緒ねえさんがこんなことになってるなんて。おっしゃる通り、お金は用意しますよ。おいくらですか?」
池田は、まるで請求書を差し出すような、確固とした物言いをした。
「九十九万円頂きます」
実緒は、わざととぼけてみせた。
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