第12話 母親のあり方で人生は変わる

 それにしても和希は、明るくてほがらかであり、一見、ジャニーズ系の清潔感を感じさせるさわやかな感じさえする。

 少年院出というと、どことなく暗い陰が漂っているというイメージがあるが、和希に限ってそんな陰はまったく見当たらない。

 和希は、目をパチクリさせ笑顔で語り出した。

「僕の本名は〇田和希。ねえ、僕の家庭の事情、聞いてくれます? かなり面白んですよオ」

 恵太が突っ込んだ。

「まあ、ホストのようなハイリスク、ハイリターンの仕事をする人の家庭は個性的なケースが多いけど、和希はそのなかでも格別だよな」

「そうでしょうね。だって、父親がいない母子家庭というのは、多いけど僕のケースはなんと、パパが二人いるよーん」

「なあに、それどういうこと? ママが二人というのはときおり聞くけどね」

 和希が語り出した。

「要するにですねえ、僕のお母さんが浮気というか、不倫してできた子がこの僕だというわけ」

 なるほどな。しかし、それがそんなにめでたいことなのか?

 実緒は、和希に興味を持った。

「僕は今、二十歳になったばかりですよ。でも、僕の知能は中学二年でとまったままですけどね。まあ、名前さえ書ければ誰でも入学できる高校に入学したものの、一年の終わりで辞めちゃった。授業は面白くないものね。まあ、そういう仲間ばかり集まり、ひったくりを繰り返して鑑別所行っちゃったんですね」

 悪びれもなく語る。

 普通、こういう話をするときは、暗い陰があるはずなのに、和希はそれが皆無である。発達障害なのだろうか? それとも頭のネジが一本切れているのだろうか?

 実緒には、不可解であり、首を傾げるばかりであった。


「まあ、僕はよくあるパターンで、鑑別所から少年院に行ったんですけど、僕の行ってた少年院は初等少年院で、再犯率が少ないんですよ」

 そこで、恵太がツッコミを入れる。

「そうなんだよな。だから、和希はこのホスト業界で更生を図っているんだ」

「まあ、そうですね。ほらこういう業界って、結構そういう人、多いでしょう。僕、いつかナンバーを張って見せますよ」

 恵太は、ちょっぴり不服そうだ。

「まあ、その前に客にだまされて、十万円以上踏み倒されないようにな。

 誰でもが通る道だけどな。なかには入店して、十分以内に十万円以上踏み倒されたホストもいるくらいだよ。そうならないように、客を見る目を養わなきゃダメだよ」

 要するに、客のツケの踏み倒しというわけか。するとホストが自腹を切って払わねばならない羽目に陥ってしまう。


 少年院とか刑務所を出所して、自慢できるのは反社くらいのものだろう。

 しかし、反社とて役に立たない、金にならない人材をいつまでも、構成員に甘んじるわけにはいかない。

 そうでなくても、警察の反社に対する締め付けは厳しくなるばかりで、マークされないうちに、破門するケースが多い。

 用済みだと、破門という名のリストラとなり、反社からは締め出されるのである。

 反社を破門された人は、一般の社会には受け入れてもらうことは困難である。

 反社は社会的信用がなく、あるのはその組の中の信用でしかないのである。

 しかし、その中でキリスト教の信仰を持ち、反社親分のために命を賭けるかわりに

キリストの命を賭けるという反社出身の牧師も誕生している。


 だいたい、アウトローを辞めた人は、笑い人形のようにニコニコしている人が多い。もうこれで人の命を狙うこともなければ、逆に自分の命を狙われることもないからだ。

 やすらいだ温厚な顔で、ニコニコしているのを見ると、つくづくアウトローにはならなくてよかったと思う。

 和希は、アウトローではなかったはずなのに、どうしてこんなに明るいのだろう。

 実緒は、和希に聞いてみた。

「僕の家庭って面白いんですよ。妹と弟とは別居中で、僕は今、おばあちゃんと住んでるんです。それにパパが二人。要するにバラバラ家族ってわけですね」

 しかし、その根本は和希の母親が不倫するから、家族がバラバラになるのではないか。

 諸悪の根源は和希の母親であるが、母親というのは、家庭では重鎮の役目を果たし、子供は母親に似るという。

 夫婦喧嘩をすると、たいてい子供は母親の味方をし、父親は孤立してしまうという。明石家さん〇も例外ではなく、元妻と子供がタッグを組んだそうである。


 そういえば、実緒はつい最近、こんな話を聞いたばかりだ。

 実緒の友人が、里帰りをした。

 久しぶりに中学の男子友達と会ったので、誘われるままにドライブした。

 急にラブホテルに連れ込まれそうになったので「何するの」と怒った。

 そのとき、ラブホテルから引き返したが、なんでもその男子友達は自分の母親が男とラブホテルへ行く現場を目撃し、それをそっくり真似たという。

 あとで、その男子友達は謝ったという。


 しかし、恵太と和希を見ていると、駆け出しの漫才師みたいだ。

 まあ、恵太の場合はプロのお笑い芸人を目指しているのだから当然であるが、和希はなんとか更生しようと努力しているのかもしれない。

 最後に恵太は、名刺を渡しながら実緒に言った。

「まあ、僕たち、こんな調子で笑いを提供していますので、ぜひ、店に遊びに来て下さい」

 今度は、和希がつっこみを入れる。

「まあ、僕の更生を助けると思って、お願いします。ただし、写真付き身分証明証を忘れずにね。今は警察の手入れが厳しいし、こちとら、ツケを踏み倒されると困るのでね。ツケの取り立ては僕たちだけじゃなくて、経理部がお伺いするケースもあ」

 恵太があいの手を入れる。

「なんでも、警視総監の娘を騙したホストがいてね。それ以来、警察からは目の敵にされちゃってるんですよ」

 和希は言った。

「経理部というと聞こえはいいが、実は僕の少年院仲間を連れていくんだよ。人相の悪いのが、どすをきかせてさ」

「和希、ウソ言っちゃダメだよ。こんなベタなツッコミをするから、ホストは誤解されるんだよ。まあ、僕もみたことあるが、普通のサラリーマンだよ」

 まあ、こういう少し怪しげな、得体の知れない謎を感じさせるところが、ホストクラブの魅力なのかもしれない。


「やあ、和希、元気か?」

 不意にベージュのスーツに身を包んだ、温厚そうな小太りの中年男が、声をかけた。あっ、三年前、繁華街を歩いていたとき、讃美歌を大声で歌っていたおじさんだ。なんでもキリスト教の牧師で、家族で伝道しているという。

 その後、その牧師は青少年活動をしている牧師として、マスコミに掲載されていたという。

 なんでも、麻薬、少年院出身の子の更生に取り組んでいるという。


「いやあ、お陰様でなんとか更生に励んでいます」

 和希は、笑いながら答えた。

 恵太は牧師に挨拶した。

「和希は、なんとかこの仕事で成功したいと思っている最中です。もしよければ遊びにきてください。女性同伴なら入店OKですよ」

 恵太は、抜け目なく名刺を渡した。

 その中年の牧師は、微笑みを浮かべながら受け取った。


「ねえ、奈緒ねえちゃん。今日、学校に元アウトロー出身命がけ牧師という人がやってきたの。麻薬中毒者や少年院出身者のケアをしている人なんだって。

 ほら、この人よ」

 実緒は帰宅するな否や、奈緒に話しかけたが、奈緒はそのポスターをみて驚いた。

 なんと、さっきの牧師じゃないか。えっ、この人が元アウトロー。信じられない。

 人間、変われば変わるものだな。

「この人、沢崎牧師っていうの。この人もアウトロー時代、ひどい覚醒剤中毒だったんだって」

 まあ、アウトローは麻薬の密売が資金源になっているという。

「覚醒剤を吸うと幻覚状態になり、誰かが自分を殺しにくるという被害妄想にとらわれ、車に乗っていても、あっ、後ろからタクシーが俺を襲いになってきたと思い込み、車を止めてスポーツ用品店で、金属バットと銃刀法違反と怪しまれないようにグローブを買い込んだり、ひどい幻覚症状なんだって」

 そうか、そうだったのか。実緒は、これで疑問が解決した。

 昔、電車のなかで、同じ車両をぐるぐると一周うろつきながら、実緒に向かって「ばばあ、ぶっ殺すぞ」と言った二十代の若い女性は、覚醒剤中毒患者だったのだ。

 この頃、女性刑務所では、覚醒剤中毒者が増加の一途をたどり、なかには、十四回も服役している人もいる。

 バイト先‘かまど’の困った先輩だった信田も、そのうちの一人だったのかもしれない。

 


 

 

 



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