第11話 少年院からの這い上がり

 いくら実緒を助けてくれた恩人とはいえ、少年院出を堂々と名乗るなんて。

 もしかしてそのことを売り物にしてるのかなと奈緒は、顔をしかめそうになったが、これでは実緒が引くと思って、平常心を装った。

「その人は脅しで少年院出なんて名乗ってるのかもしれないわよ。それとも、実緒ちゃんの反応を示してるのかどっちかだと思うな」

「まあ、脅しじゃないと思うわ。だって、一見さわやかなジャニーズ系だし、ニコニコ笑いながらけろりとした顔で、少年院行ってたんですよなんて言うものね」

 実緒は、思わず首をかしげた。

 ひょっとして、医療少年院のように、麻薬中毒など少々精神に障害のある人が入院していた特別な人なのだろうか?

 笑いながら少年院出を名乗るとは、罪の意識などないという証拠かもしれない。


 少年院でも、さまざまな種類があるという。

 初等少年院は初犯で、いちばん再犯率の少ないところ。

 あと、西日本のワルのいく中等少年院。

 麻薬中毒などのいく医療少年院。

 しかし、少年院でも二回以上行った人は、アウトローになるケースが多いという。

 再犯率も男子の場合四割、女子の場合一割強である。

 昔は、家庭的に恵まれない人が行ったというが、最近はそうでもないらしい。

 いわゆる両親の揃った家庭の子が入院するケースもあり、全く多種多様化された世の中ではある。

 ただし、少年院は刑務所と違って前科はつかず、あくまでも前歴である。


 実緒は名刺を出した。

「この名刺、さっきの人からもらったの」

 名刺を見ると‘レディースクラブ でぃあ’と印刷されてあり、その下には手書きで‘和希’と記され、ケータイ番号がボールペンで明記されている。

 要するに、新人ホストなのかな。

 まあ、三か月以内は、固定給のある新人ホストであるが、三か月を超えて客を捕まえられず、売上のなければ解雇という現実が待ち構えている。


 奈緒は、ふと良案を思いついた。

「ねえ、今度私も実緒ちゃんの行ったマックへ連れて行ってよ」

「ん、いいわよ。でもさっき言ったこと、内緒よ」

 実緒は、ぜひその少年院出身だと名乗る和希と会う必要があると思った。

 軽く話をして、どんな人かを見極めるのだ。


 しかし、その必要がなかった。

 一度だけ恵太と行ったカフェで、珈琲を飲みながらスポーツ新聞を読んでいる恵太が向かいに座っていた。

「お久しぶりでございます。ご機嫌いかがですか?」

 お笑い芸人の真似をしている。ひょっとしてホストクラブでもそのお笑いキャラなのかもしれない。

「笑えよ。いや笑ってやって下さいよう」

 二十歳くらいの青年になったばかりの男が、恵太のご機嫌伺いをしている。

 ひと昔前に流行ったベテラン漫才師の真似ごとをして、笑いをとろうと必死になっている姿が、かえって切羽詰まっていて痛々しい。

「初めまして。僕、恵太さんのヘルプ専門の和希といいます」

 恵太は、少々困ったような顔で、実緒に言った。

「変わった奴でしょ。まあ、僕がというより、僕しか面倒をみてやる奴はいないんですけどね。おい、和希、最近感動したこと、話してみろよ」

「はーい。実はこの前、マックに行ったんですよ。そしたらね、ある女子高生風の子が、代金が足りなくててんぱってたんですね」

 恵太は、そこでツッコミを入れた。

「わかった。てんぱってたのにつけ込み、ナンパしようとしたんだろう」

 今度は、和希がボケる番だ。

「やーだなあ。昔の恵太さんと一緒にしないで下さいよ。

 そこでたまたま僕はサービス券を持ってたので、それをその女子にプレゼントして、人助けしたってわけです」

 急に恵太は、指に目をあて泣く演技をした。

「意外な人助け。これこそが現代に珍しい美談、乱れたこの世に一服の清涼剤、この和希みたいな人こそが、現代に必要な救いのナイト!」

 漫才調で和希をもちあげ、恵太自身もいい気分になっている。

 まるで漫才師のような息のあったやり取りが、見ていて笑いを誘う。

 和希が言った。

「でも、僕たちの職業って、変に誤解されちゃうんですねえ。レディスコミックって読んだことがあります?」

 実緒は軽くうなづいた。

 すると、急に和希が横たわり、煙草を吸う真似をした。

「昼下がりの情事みたいに、どこかの主婦とホストがラブホテルにしけ込み、ホストが左手で主婦を抱き、右手で煙草をくゆらせているなーんてシーンが登場してきますね」

「そういえば、マスメディアは、必ずホストがチョイワルみたいに描かれているわね。もしかしてワル役専門なのかな?」

 和希と恵太は顔を見合わせ、口を揃えて言った。

「ぜーったい、あり得ない。1ミリも当たっていない」

 実緒は、またもや吹き出した。

「まあ、ああいう女性誌の編集者は女性客のクレームに神経をすり減らす男性であり、男性からみたらある意味、ホストは女性客にご機嫌をとり、お愛想さえいえばラクして稼げるというねたみ、そねみがあるんじゃないの?」

 実緒の率直な感想に、和希が突っ込む。

「そうそう、僕たち、昼間の職業からは偏見の目で見られちゃってるからな」

 そこで、恵太が突っ込む。

「すいませーん。だって僕、少年院出身で、一般世間に疎くて、少年院の楽しみって食事と読書くらいなんですよね」

 和希は、頭をかきながら、ペロリと舌を出した。

 実緒はピンときた。少年院出身? ひょっとして、この目の前の和希が、奈緒の言ってたお助けマン?

「ねえ、あなたの行ったマックって、この近所の駅前じゃなかった?

 そして、あなたの助けた女子高生って、紺のミニワンピース着てなかった?」

「ああ思い出した。その通り、袖口だけが白いレースだったの覚えてるよ」

 さーすがホストだけあって、観察眼は鋭い。

 これで、奈緒の言ってたお助けマンというのは、和希のことだと確定した。

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