第10話 実緒がかいま見た世間の裏側
実緒がこう言ってくるときは、大抵学校で事件があったときである。
奈緒の弟である父親には、相談できないから、こうやって実緒に言ってるのだ。
「ほら、前に話したでしょう。夏休み家出した子、今日戻ってきたの。
石田さんって言うんだけどね」
「そりゃ、よかったじゃない。親御さんもさぞ、ほっとなさったことでしょう」
「それがそうでもないの。なんでも麻薬の売人もどきのことをしてるんだって」
さすがに、これには実緒も驚嘆した。
アメリカの高校では、学校で大麻が販売され、オランダでは、大麻が犯罪にならないというが、日本もそれに同化しているのか?
「悪いことはいわない。もう石田さんとは、つきあっちゃだめよ」
「もともと、石田さんとはつきあいはなかったわ。同じクラスだったというわけで」
「それじゃ安心ね。もう薬には、アウトローがついている筈。素人は間違っても麻薬の売人なんてできないものね」
実緒は、以前本で読んだが、麻薬の売買にも縄張りがあって、アウトローでも刺されるらしい。
「フーン、女はこれだから損だね。結局悪いことに利用されるのは、女なんだから。
犯罪の陰に女ありというが、今は男ありの世の中ね」
しかし、こういうことって、奈緒だから話せるのかな。
本当の母親だったら、かえって話しにくいかもしれないな。
「石田さんのお母さんは、石田さんが行方不明になってから、しばらくして入院中なんだって」
「気の毒としかいいようがないわ」
「ねえ、美緒姉ちゃん、ドラマみたいに、石田さんみたいな子は、覚醒剤打たれて覚醒剤行きなのかな」
「まあ、その可能性大ね。だって、風俗って若い子ほど稼げるからね。
年を取るたびにサービスが過激を増し、性病が感染し、頭脳がおかしくなる人が多いわ」
実緒は、はっとした。
まさに、信田がそれにあたる。
世の中、一寸先は闇というが、まさにそのとおりだと思った。
実緒はハローワークに行く為、紺のスーツを着て外出した。
なんと、向こうから恵太が歩いてきた。
恵太がホストをしている事実が真実なのか、さっそく問いただしてみる必要がある。
なんだか、髪の毛を茶色の逆立て、いかにもホスト風である。
「ねえ、恵太君だったっけ。風の噂だけどホストやってるんだっけ?」
「えっどうして知ってるの?」
「なんでも、三百万のつけを払わされたんだって」
「佐伯さんって、地獄耳だな」
恵太は、心底仰天したように言った。
実緒は、奈緒から二百万円のツケと聞いていたが、恵太のショックを和らげるために、わざと三百万円だとふっかけたのだ。
「いや、実際は二百五十万円のツケだったがね、まあ、なんとか返したよ」
「でも、恵太君ってまだ入店して一か月もたってないのにね」
恵太は、少々自慢気に言った。
「でも、僕のことを理解してくれるいいお客さんに出会ったんですよ。
なんでも、僕がそのお客さんの亡き兄に似てるんだって」
ふーん、そういう偶然もあるのか。
しかし、世界に最低三人は、自分に似ている人がいるという。
容姿が似ているだけでは、大金は使ってくれない。
やはり、相手に対する気配りと話術であろう。
この人は、信用できる人物、この人の為なら一肌脱いでもいいーそう、思わせる人ではないと、大金は使えない。
だいたい、こういう大金を一度に使うのは、風俗嬢が多いという。
あぶく銭といってしまえばそれまでだが、自分を本当に理解し、話を聞き、そしてフォローし、未来の方向性を見せてくれる人でないと投資しない。
恵太にそれだけの、能力があったのだろうか。
まあ、お笑い芸人を目指してるくらいだから、気さくに話術にはたけているだろう。イケメンでないところも、かえって独占欲を感じさせるのかもしれない。
「ねえ、あなたに使ってくれた人って、セレブマダム?」
「ぜーんぜん、若い子だよ。身分証明証には十八歳ってかいてあったけど、本当かな?」
「ねえ、その子、ひょっとして石田さんっていう女の子じゃない?」
実緒は、話術をつなげるために、奈緒の話を元に当てずっぽうを言ってみた。
恵太は、心底びっくりしたような顔で、実緒の顔をまじまじと見つめた。
「どうして、そのこと知ってるの?」
「単なるカンよ。ほら、亀の甲より年の功っていうじゃない」
今度は実緒が、びっくりする番だ。
なんと、石田は麻薬の売人に利用されていたが、その石田が恵太の借金の肩代わりをしたという。
実緒の知っている石田は、勉強は苦手だが演劇部に所属し、少しお人よし気味の、普通の高校生だったはずだ。それが今は麻薬の売人に利用されている?
その実緒とはそう変わらないはずの石田が、アウトローの世界に身を置き、恵太の二百五十万円もの借金を肩代わりするとは。
お人好しの美談かもしれないが、恵太がアウトローに狙われる危険性も、無きにしもあらずだ。
これから、実緒の想像を超えた危ないことが起こりそうな予感がしたが、その予感が実現しないように祈った。
「ねえ、実緒ちゃん、この頃物騒な話が多いわね。たとえば、修学旅行の風呂場を盗撮して、DVDとして売り出した女子高生とかね」
奈緒は、テレビを見ながら実緒に珈琲を入れた。
実緒も奈緒の影響からか、ブラック珈琲党である。
「ああ、でもあれは、裏では元学習塾の講師がついてて操ってたんでしょう」
「そうね、出会い系メールに引っ掛かるのは女子高生がほとんどなのかな」
「まあ、よくそういうわね。でも私は奈緒ちゃんの話を聞いて、世間の怖さを知ってるから引っ掛かったりはしないわ。
ねえ、話は変わるけど、奈緒姉ちゃんは結婚しないの?」
「うーん、当分の間、考えられないな。私、ずっと働いてるでしょう。
そうしたら、子供を抱えたお母さんがいて、その苦労を見てきてるからね。
実際、朝六時から夕方六時まで、一分の休憩もなしに十二時間働いている人もみてきたわ。私には到底真似できないけどね」
実緒は感心したように言った。
「私も十二時間もぶっ通しで働くなんて、到底できないけど、子供のために力を与えられてるんじゃない?」
「そうかもしれないわね。またその店のある地区はね、今は健康ランドとか串カツ屋とかできて観光客も多くなったけど、昔はそうじゃなくて、いわゆる労働者の町だったのね。また風俗の町でもあったわ。なんと六十歳以上の女性ばかりが、街角に立ってるのよ。まあ、今はだいぶ警察が取り締まってるけどね」
奈緒は、再び驚愕したように言った。
「へえっ、私そういう人って、若い人ばかりだと思った」
「私も、だから女はいつも用心すべきなのよね。ねえ、それより奈緒姉さんは、結婚って考えたことある?」
「今は考えられない。だって、女囚は全員が男がらみ、半数が既婚者だというじゃない。ちなみに女囚の原因は、一位が麻薬でありそれに続く窃盗、詐欺、道路交通法違反、そして殺人だというわ。あっ、もちろん殺人の被害者はDVをふるった男性だけどね。あと、彼氏の命令で我が子を捨て、後悔した女性もいるわ」
実緒は、感心したように聞いていた。
「へえ、そうだったのか。まあ、結婚ほど難しいものはない。結婚に羅針盤はないというわね」
奈緒は話を続けた。
「はっきり言って考えられない。それより何か人の役にたつ仕事をしたいな」
「老人介護かな?」
「いや、いわゆる非行に走った子とかを、更生させるような仕事をしたいの」
「要するに、刑務官ね、でも、そういう職業の人は、自分もそういった道をくぐってきた人が多いわ。でないと、そんな人とうまく接すること自体、不可能よ」
実緒は考え込むような顔をして、奈緒に尋ねた。
「そんな人に、心当たりでもあるの?」
「実はね、私この前、マックに入った時ね、私、代金が足りなかったの。
そのとき、サービス券を出してくれた親切な人がいたの。なんだか、気さくに話してる間、その人が自分からカミングアウトしたのよね。僕って実は、少年院出身なんですよって」
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