第2話 麻薬中毒女性の特徴

 実緒が、夜八時に電車に乗っていると、タンクトップに短パンでリュックサックを背におぶった少し太り気味の二十五歳の女性が、車両をグルグルと歩いている。

 どう見ても、異様な光景であるので、実緒は、なるべく見ないふりをした。

 どうしたわけか、その女性は実緒の前の座席に座った。

「ばばあ、ぶっ殺したろか」

 実緒は、びっくりしたが黙っていた。

 見れば、その女性は目がきょろきょろして焦点が定まらず、唇をなめている。

 これは、麻薬特有の症状であると聞いたことがあったが、やはり当てはまっていた。


 それから一週間後、実緒は繁華街のラーメン屋でみそラーメンを食べていた。

 カウンター越しに、若い女性の奇声が聞こえる。

 なんと、あの電車のタンクトップ暴言女性だ。

 レジの二十歳くらいの男性店員に向かって、言いがかりをつけている。

 おつりを間違えたといった風にもみえない。

「このおっさんを、外に連れ出せや。あとで、ホテルなんか行くと思ったら大間違いだよ。男のあそこをしゃぶって金にしてるんだ」

 なにやら、意味不明のわけのわからないことをわめいている。


 これが、覚醒剤中毒の特徴ではないか。

 そういえばこの地域には、繁華街ということもあり、派遣型風俗営業ができ、住民運動が起こってきているという。

 警察の目を逃れるために、マンションの一室で売春もどきのことが行われているようである。

 表向きは全身マッサージ。しかしその実態は、明確にはわかっていない。

 もちろん、昔のように公衆電話に風俗の貼り紙ベタベタでもないし、マンションポストに風俗のチラシが入っているわけでもない。

 しかし、警察の目をかいくぐって合法の範囲内で、風俗営業というのは行われている。


 昔は、赤線地帯などと言われたものだ。

 実緒も、NHKのドラマで見たことはある。

 いわゆる、子沢山の女子を引き取り、貧乏人救済のため、政府公認で行われているらしい。

 主演は、松た〇子で、いわゆる女郎部屋の娘に生まれ、金持ちで女学校に通っていたのであるが、クラスメートの妹がそういったところに売られるようになり、絶交を言い渡され、父親に反抗するというシーンがあった。

 松た〇子のさわやかさと上品さで救われていたが、なんともどんよりと、まさに地獄に引きずり込まれていくような、救いのない暗さを感じさせるドラマであった。

 もし、主演がグラビアアイドルだったら、目もあてられなかっただろう。


 初日、実緒は皿洗いから始めた。

 最初は皆、皿洗いからのスタートだったらしい。

 休憩時間、パンを食べている実緒に、海田先輩が声をかけてきた。

 

「あの女ー信田というんだけどね、おかしいと思うだろう。

 もう気付いたと思うが、精神異常者なんだ。ここだけの話だけど、信田は最初は喫茶店から始まり、スナックまがいのところでバイトしてたが、借金を抱え風俗に堕ちたらしい。私たちは、信田のお守り役をしてるんだよ。今日から、あんたがそのお守り役に選ばれたんだ」

 海田はため息をついた。

「全く、あんたもとんでもないところに、来てしまったものだねえ。辞めるなら今のうちだよ」

 脅しのような文句に、実緒は疑問が湧いた。

「でも、なぜあんな人を雇っとくんですか?」

 待ってましたとばかり、海田は答えた。

「この店ー‘かまど’はつぶれてもおかしくない店なんだよ」

「えーっ、この前、報道番組では社長が代わってから、売上は1.5倍に伸びたとか」

「確かにそうだよ。前より忙しくなったのは事実。しかし、それは高値の材料を揃え、人件費も増加したからなんだ。だから、利益は横ばいどころか、降下の一方の畏れすらある。このままだったら、黒字倒産もありうる」

 フーッ 実緒は、経営のことはわからないが、いつの時代でも真っ先にダメージを受けるのは、居酒屋と飲食店だろうな。

 特に、大きな店舗は、撤退する店舗が多いという。

 海田は話を続けた。

「ところで、この店にはラッキーなことに思わぬスポンサーが現れたんだ」

 だいたい、何のメリットのないところにスポンサーなど現れるはずがないというよりは、なにか弱味でも握られているのだろうか?

「そのスポンサーの妹が、信田ってわけさ」

 なるほどね、だから、信田を雇っているというよりは、解雇するわけにはいかないのか。

 しかし、実緒はこれ以上、かまどの内情など聞く必要もないのだが、聞いてみたいという好奇心にかられた。

「でも、そのスポンサーさんってときどきいらっしゃるの?」

「さあ、私はスポンサーがどんな人なのか、顔も名前もしるよしがない。

 まあ、私も深い内情は知らないというか、知ってどうなるわけでもないじゃない」

 時計を見ると、休憩時間は終わっていた。

 実緒と海田はホールに戻った。


 不況のせいとはいえ、なんだかワケアリな店である。

 そのスポンサーとやらが降りたら、間違いなくつぶれるだろう。

 信田が、いやな奴、困った奴でもここは我慢のしどころだ。

 これは、自分だけの問題ではなく、かまどで働く従業員全員の考えである。


 信田は水商売出身だという。

 実緒は、水商売の体験はなかったが、実緒のまわりで水商売の世界に入った女性のなかには、痛い目に合っている人も何人かいる。

 また、それに関わった男性も同様である。


 ある友人は、高校を卒業しOLとして勤めていたが、美容師をめざし、その資金稼ぎのために親に内緒で地元のスナックに勤めだした。

 初めは客と話をするだけだったが、ママさんが嫌な客をみな私に押し付けるといって嘆いていた。

 彼女はその時点で、水商売から足を洗えばよかったのに、すっかり人間が水商売に染まってしまった。

 ある日、彼女は行方不明になった。彼女の母親から行方を聞く電話がかかってきたが、もちろん実緒は知る由もない。

 噂によると、彼女の裏にはアウトローまがいのなんと五人もついているので、抜け出せない泥沼状態だという。

 実緒は、彼女が水商売をするとき、忠告したが全く耳を貸さなかった。

「週刊誌の読みすぎじゃない」と一笑に付すだけだった。

 そんな楽天思考だった彼女が、こんな目に合わされようとは・・・

 せめて、正直に親に言ってれば、なんとか解決の道もあったろうに。

 

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