第146話 受け継がれた記憶、残った感情
「──ハッ!」
マッド・ラビットの本体は、強烈な寒気を覚え、アイスキャロルが拠点としている地下洞窟の中で飛び起きた。拓人に四十過ぎと評されたその老け顔には玉のような汗が浮かんでいるが、彼はその実二十八歳の……まだ若者と呼んでも許される年ごろだった。
「あれは……」
夢を見ていたようにも思うが……違う。あれは【
「……ふッ。これじゃ、どっちが本当のオレなんだか……」
「──お目覚めになられましたか?」
さらに冷や水を浴びせられたような悪寒に襲われたマッドは、声のしたほうに即座に顔を向ける。そこにいたのは──頭にはシルクハット、右目に片眼鏡を付け、左肩に兜を身につけたかのような意匠の寡黙なオウムが止まっている──イヴィルヘルムだった。
「な、なんでアンタが……!」
「ひっどいなぁ。アナタがアイスくんと今後の予定を話し合ってる時に、いきなり倒れたんでしょう? ワタクシ、急に呼び出されてアナタの精神を治療するハメになったんですからねー」
おそらく、【装女王】がディレクに踏み潰された時の影響が出たのだろう。マッドの魔術によって作り出される分身が受けた物理的な傷は、本体には精神的なダメージとして帰ってくるからだ。
「元兵器生産担当大臣であるアナタを現職のワタクシが助ける……んー、何だか運命的なものを感じません? 感謝してもいいのですよ? 人間ならこういうとき、お礼を言うものなのでしょう? おーれーいー!」
「……」
言わない。決して言ってはいけない。ふざけた格好、態度だが、彼は紛れもなく崩壊四節に名を連ねる邪神であり、自分以外の生き物を遊び道具としか思っていないおぞましい悪魔なのだ。お礼など言ったら『借り』を作ることになる。それをきっかけに、どう使い潰されるかなど考えたくもない。
マッドは、イヴィルヘルムと何の駆け引きも無しに「ありがとう」、「どういたしまして」などとやり取りできる存在をアイスキャロル以外に知らない。
「……王は?」
「数人の臣下を引き連れて、ディレクくんの『楽屋』を鎮圧しに行きました」
『楽屋』、というのはディレクが洞窟内に作った一室のことだ。自分の能力を使ってコレクションした人間を入れておくためのスペース。中には石化、もしくは花……あるいはもっと趣味の悪い存在に変えられた老若男女が詰め込まれている。彼がアイスキャロルの臣下となる前から所持しているものも多数あった。だからこそマッドは、ディレクのことを『正真正銘のゲス野郎』と称したのだった。
だが、そのコレクションルームで鎮圧しなければならない『何か』が起こったということは……。
「つまり……」
「はい。みぃんな元の人間の姿に戻って大混乱です。ディレクくんは殺されたか、魔術を維持できなくなったか……どちらにしても倒されたと見ていいでしょうね」
──そうか。やりやがったか。
こみ上げる喜びは拓人たちの仲間だった者としての自分。恐ろしさに身を震わすのは彼らを『王にとっての脅威』として捉える臣下としての自分。だが、しかし、今はやはり──。
「……ははっ」
「──何が、おかしいのです?」
イヴィルヘルムの瞳孔が開いた様子を見て、マッドは慌てて表情を引き締める。コイツにだけは、ただ少しの弱みさえ見せてはならない──マッドは本能でそう感じ取っていた。
「面白い話なら、ワタクシにも聞かせてくださいよぅ」
「……気にすんな。ただの思い出し笑いだ」
「そうですか。まあ、いいでしょう。それはそれとして──報告は、きっちりと行ってもらいますからね」
なんのことだ、ととぼけるのはさすがにやめておいた。アイスキャロルもイヴィルヘルムも、自分が独断で【装女王】を発動させたことに気づいている……マッドはそのことを確信していた。
──派手に倒れたらしいからな。【装女王】の受けたダメージが還元されたと考えるのが普通だ。バレたものは、しょうがねぇ。問題は……どこまで本当のことを言うか、だ。
「ワタクシも、ワタクシで外の話をお聞きしたいのです。中でずっと待っているのは退屈なので。どうぞお話ください。アナタが見たものを、聞いたことを」
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