第145話 幕引きと幕開け③

 拓人は気絶したままのディレクの姿を見つめる。今は意識も魔力も残っていないが、いつまた『黒い石』を破壊された時のように起き出し、襲ってくるかわからない。


「パパ、ジェラスに任せて。してくるから」


 拓人が思案していると、ジェラスがペンギンのヒナのようにポテポテとした足取りでディレクのもとに駆け寄った。


「【高らかに叫べ、我らが劇団の名は『鯨幕』しあたーかんぱにー・ほえーるず】っ!」


 一同はその響きにビクッと身を震わせたが、すぐにジェラスが魔術をコピーしたのだとわかる。そして、気絶しているディレクの耳元に顔を近づけた。


「『ごにょごにょ』、『ふにゃふにゃ』、『もにょもにょ』、『むにゃむにゃ』……」


 そして小声で何やらつぶやき始めた。


「……ひょおおおおおおおおぉぉぉぉぉ」


 ディレクは嘆くようでありながら、力の抜けた寝言を発し始める。


「何じゃ、あれは……囁きASMR?」


「違う。あれはおそらく、ディレクの魔術を封じているのだろう」


 拓人のすっとんきょうな発言を、エレンは自らの推理に基づき否定する。


「コピーしたディレクの魔術を改めて発動させたことや『重ねがけ』という言葉から察するに、彼女は例の『ただの人間』うんぬんのセリフを連続でつぶやいているんだ。それによりディレクの能力は半分封じられ、さらに半分の半分の半分……といったふうに彼の力は規模も効力も無限小に向かって行くのだろう。妥当だが、哀れな末路だ」


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 だとすると、あの情けなくも物悲しい声は力を失っている事実を本能で感じ取っている証左なのだろうか。


「じゃが、ジェラスが魔術を封じるセリフを言っとったときってお前さん寝とったんじゃ……あ、そうか。また『読んだ』んじゃな?」


 エレンの魔術【当方見聞録プライベート・ファイリング】を使えば、他人の記録を文章化して読むことができる。そして彼女自身、魔術とは関係ないただの特技として速読能力も持っている。


「ああ。当方が目を覚まし、貴君が気を失っている間にサラサラっとね。今回も、ナイスファイトだったぜ」


 エレンはグッと親指を立てる。お褒めの言葉は嬉しいが、そんな簡単な仕草とサッパリした表現でまとめられてしまうと全身全霊を賭して戦った拓人としては少し反発したくなる。


「そりゃあもう……誰かさんに熱烈な応援をしてもらったからの」


 だから、からかわれたことのお返しも含めて、ちょっぴりイジワルっぽく言ってみた。


「それは……蒸し返さないでくれ」


 エレンは少しうつむきながら赤面した。彼女の照れ顔を見るのは初めてではないが、珍しいものには違いない。拓人はそれでひとまず気が晴れた。


「ま、あれが励みになったのは確かじゃよ。ありがとう、エレン」


「こちら……こそ、期待に応えてくれて、感謝……する」


「……で? あの人のことはどうすんの?」


 いつのまにか、拓人とエレンの前にいたレジーが少し拗ねたような口調で尋ねる。彼女の見やる先には、ディレクが乗っていた馬の姿から人間の体へと形を変えた女性……そして失神したままの彼女を観察し続けるカムダールがいた。


「ま〜、急に目覚めて攻撃される、なんて可能性は減らしといたほうがいいですよね〜。よっと」


 カムダールは、その女性がブローチとして身につけていた黒い石を宙に放って軽く叩き斬る。どうやら臣下の一人だったらしい。


「ん〜、それにしても〜……ん〜」


「カムダールさん、何を悩まれとるのですか?」


「いや〜、この娘の顔、どっかで見たことある気がして〜、どこだったかな〜」


「ま、考えるのは都市セントラルに入ってからでいいんじゃない?」


 ライデンの言うとおり、グランセントラルを眺望できるこの丘にたどり着いた時は、まだ朝方だった。だが、ディレクとの戦いが長引いたせいだろう。すでに日が落ちかけている。


「気絶してるヤツらはあたしの馬の体ほんたいで運ぼうと思ってるんだけど、それでいいかしら?」


 願ってもないことだ。もちろん一同はライデンの提案に頷いた。すっかり脱力したディレクとカムダールの羽織を毛布がわりにかけられた女性が、干された布団のような体勢で乗せられていく。


「レジー」


 その合間で拓人は少し不満げな緑髪の幼女に声をかける。


「何か、して欲しいことがあったら遠慮なく言うとくれ」


「急に、何?」


「いや……お前さんには無理ばっかりさせとるからな……」


 レオやヌスットとゴートーとの戦い……そして今回もレジーは魔力が底をつくまで力を尽くしてくれている。ひょっとすれば、一番無理をしているのは彼女なのかも知れない。


「もちろん、こんなワシにも出来る範囲でのことにはなるが……」


「……ふーん。じゃあ、グランセントラルに入って落ち着いたら──マッサージ、してよ。強めのやつ」


「もちろ……ふぇ?」


「ボク、そういうのうるさいから……覚悟してよね」


 とんでもない約束をしてしまった、と拓人が思う間も無くレジーは抗議や妥協案をあらかじめ拒絶するかのようにプイとそっぽ向いた。


「よし、しっかり乗ったわ」


 ライデンの準備完了の合図を聞き、拓人たちは数時間ぶりに仕切り直す。


「──では、いざ! グランセントラル……へっ!」


 一歩踏み出した拓人の全身に激痛が走る。やはり怪我は完全には治っていない。だが、ここで弱音を吐けば『半分しか能力をコピーできない』というジェラスのコンプレックスを刺激してしまうかもしれない。


 しばらく動けないでいると、彼の心模様を察するかのようにカムダールがそそくさと近づいてきた。


「ま〜〜、ま〜〜、怪我が治ったと言っても戦いでのお疲れはあるでしょうし〜〜、ウチの背中、ご遠慮なく使ってくださいな〜〜」


 そんなことを言いながら、返事を待たずに拓人の体をおんぶし始める。


「わっ……い、いえ……ワシは……」


「どうかお気になさらず〜〜……ウチ、今回いいトコ無かったんですから、これぐらいはさせてください」


 小声で、それでいて真剣な彼女の口調を聴くとイヤだとは言えなくなってしまう。


「それに、都市まで三十分かからないと言っても〜、こっからずうっと坂道下っていく力残ってます?」


 物理的な意味でもイヤだと言えなくなった。


「で、では、お言葉に甘えて……」


「それではみなさん〜〜、グランセントラルにぃ〜〜とぉつげきぃ〜〜」


 突撃してはダメなのでは?──と思いつつ、拓人はカムダールの背中に揺られる。ドノカ村で横たわったベッドを思い起こさせる彼女の匂いは──疲労感と安心感に包まれた拓人をすぐさま眠りの世界へと誘った。


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