第142話 千秋楽

 拓人はディレクの光線により作り変えられていく。この世界に転生して得た幼女の体から、ひょろ長くやせ細った老爺に。


「はッ、ははは! 足よ痛め! 腰よ曲がれ!頭はハゲて、歯はボロボロ!」


「……ぐっ、があああッ!」


 身悶えする拓人をアンたちは、ただ見つめるしかなかった。彼とディレクの周囲には円状に透明な障壁が展開されており、外にいる者たちは拓人を助けることもディレクを攻撃することも叶わなかった。


「まだ年若いキミには、老人の体の勝手などまるでわからないだろう! 女から男になったのなら、なおさらね!」


「……」


「魔力を体内に満遍なく巡らせる必要のある【至上の実論リアル・ファンタズム】の使い手にとっては致命的なうががべッ」


 体の変化が一通り終わり、老人の姿となった拓人は【至上の実論】によって極限にまでスピードを高めた右拳をディレクの頰に叩き込んだ。


「……ちょっと待った。今なにがおごッ……!」


 しかし、いくら速いとは言っても骨と薄い皮しかない老人の手だ。ディレクは倒れすらしないし、むしろ自分の骨にヒビが入った感覚すらあった──ゆえに、間髪入れずに左拳で二発目を叩き込む。


「ぱぴっ」


 三発目。一発一発の軽さを補強するかのように鋭さと想いを乗せて。


「キ……キサマ。な、なぜ動け……えぎっ」


 無言で拓人は殴り続ける。


 ──こいつは、カムダールさんを石にした。体温を奪われた彼女は、幼いころ味わった路地裏の寒さを思い出したに違いない。


「おぐぅ!」


 ──こいつは、エロースさんを花にした。仲間でもあるはずの彼女をなんのためらいもなく……恐怖のどん底に突き落とした。


「ぐげ」


 ──こいつは、アンを空中から真っ逆さまに落とそうとした。まだ幼いワシの仲間を平気で殺そうとした。


「ぶごッ」


 ──こいつは、ジェラスをも花にした。ワシの新しい友人をエロースさんと同じ目に合わせた。


「ぐぎィ!」


──こいつは、マッドを──。


 もう一発殴ろうとしたタイミングでディレクは大きく体勢を崩し、尻餅をついた。


「ひ、ひぃぃぃいイイィィィィィ!」


 ディレクはそのまま後ずさったが、逃げ場はない。背後には【即興必殺終劇波ラスト・スポットライト】によって彼自身が展開した障壁があり、それを解除したとしても周囲にいる拓人の仲間から攻撃を受けてしまう。そもそも拓人が十全に【至上の実論】を使えるというなら今から走ったとしても、すぐに追いつかれる。


 ──このガキを殺して精霊どもをまとめて消し、あとは魔術の使えないエロースとライデンから逃げれば良かったはず……。


 だったのに。


「な、なぜ【至上の実論】を使えるんだッ! どうして戸惑わない! 絶望しない!」


 それがディレクの計画を狂わせた原因だった。【至上の実論】は魔力を全身に巡らし、筋肉や関節を最大限に稼働させ、人体のパワーを極限まで引き出す魔術闘法である。急に体が幼女から老人になれば魔力を循環させる要領も変わってくるし、心も動揺して本来ならすぐに機能不全に陥るはずだ。


 だが、拓人にそのような思惑は通じなかった。精神は落ち着いているし、むしろ魔力も幼女である時よりよく巡っている感覚があった。なぜなら──。


「ワシ──元ジジイじゃから」


「……は? ……い、いいいいい……」


 しゃがんでディレクの胸ぐらを掴んだ拓人は彼を上空に放り投げた。


「いいい……意味わかんねーこと言ってんじゃねえええええェェェエエエエエエぇぇぇぇぇぇええええええええええええええッッッッッッッッッ!!!」


 絶叫しながら真っ逆さまに落ちるディレクの姿を見据え──拓人は拳を連打した。


「でッ、りゃああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」


「あぎうがががこぼ、おぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 拓人は自分の骨が砕けていくのも構わずに殴打し続ける。


 ディレクは反射的に残っていた魔力を回復に当てるが、まるで追いつかない。


 ラッシュをいったん止め、スローモーションになった視界のなか拓人はディレクの顔面を捉える。


 ──拳だけではない。もはや全身が砕け散りそうじゃ……じゃが、それでも!


 一瞬手放しかけた意識を取り戻し、拓人は最後の一撃を放つ。


 ──こいつだけは、絶対に許せないッッッ!


「う、おらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」


「ぷ、ぎゅるああアアアアアアアアあああああああああアアアアあああアアあああぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ディレクの体が【即興必殺終劇破】の障壁を突き破り、粉々にして飛んでいく。魔力を使い果たした彼は地面に叩きつけられ、しばらく小さくバウンドしながら転がってゆくと、やっと気を失った。


 舞い散る透明なカケラが拓人の周囲を彩る。それはまるで勝利者……あるいは舞台の主演に向けられた紙吹雪のようであった。


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