第137話 第四の幼女

「……ん?」


『それ』はディレクの視界に突然現れた。フィルムをつなぎ間違えたコマ撮り映画のように何の前触れも無く。


「何だ……アレは?」


 拓人の前方に、金色の光が集まり人の形をなしている。たんぽぽの綿毛が飛ぶかのように、いくつか光の粒がどこかにさらわれるとそこから出てきたのは……。


「えっと、ここは……」


 喪服のような黒衣に身を包んだ幼女だった。髪は紫のセミロング。おどおどした様子で周囲を見回している。


「ひあっ!」


 真後ろにいた──化け物になりつつある──拓人の姿を見て、彼女は尻餅をついた。


「あ、あわわ……!」


 次にアン、レジーのほうを見てますます怯えている。


「こ……この人が、もしかしてジェラスのパトロン様……? み、みんなも変になっちゃってる!」


「新手の精霊か? ずいぶんと頼りなさげに見えるが……」


 そうだ、ディレクは良いことを思いついたとばかりに指を鳴らす。


「彼女を我らが大舞台の記念すべき最初の被害者にしようじゃないか。服装も葬式にピッタリのようだし。では……」


 ディレクがそこまで言った時……紫の幼女は急に彼のほうを向いた。


「ふぅん……あれがみんなにイジワルしてる人、かぁ。へぇ、こういう能力なんだね……いいなぁ、


 落ち着いた口調、じっとりとまとわりつくような視線でディレクを見る。取り乱していた一瞬前の様子とは明らかに雰囲気が違う。


「『呪いは解かれた。苦しみは癒えた。痛みは消えた。あとは姿を取り戻すだけだ』」


 そのセリフを言ったのはディレク──ではない。紫の幼女だった。


「? 僕のマネか? そんなことをしたって……」


 拓人たちの怪物化が、はたと止まった。しかも、膨れ上がっていた体は収縮を始めている。


「……やった! 『あどりぶ』だったけど上手にできた!」


「……バカなッ!」


「そっか、まだ怪物になりかけ……『半分』だった

 から、ちゃんと……ううん、そんなんじゃダメ。『全部』うまくやらないと」


 ──ありえない。


 ディレクはこの日初めて一筋の冷や汗を流した。

高らかに叫べ、我らが劇団の名は『鯨幕』シアターカンパニー・ホエールズ】の世界に干渉することができるのは、術者であるディレクだけだ。本来ならば。


 ──最初の被害者にしよう、なんて悠長なことを言ってる場合じゃないな。まずはヤツから──。


「『無垢なる少女よ』……」


「『堕ちなさい。翼なき者は神でなく、ならばただの人に相違ない』」


 ディレクがセリフを言う前に、幼女が先手を打った。


「うッ、おおおッ!」


 ディレクの背負っていた神の羽……その片翼が消失し、彼は地に堕ちる。


 ──たまたま僕と同じ系統の魔術師がアイツらの中にいたというのか⁉︎ そんなご都合主義、フィクションの中でだって許されないぞ!


「『いいや、僕こそが神だ! 翼は何度でも僕に』……!」


 しかし、ディレクのセリフによって何かしらの変化は起こらない。翼も元に戻らない。


 ──な、何がどうなっているんだ!


「もう、何もできないよ。神でもなくて、魔術師でもない……『ただの人』になったあなたには」


「くっそおおおおおお! 『このぐらいの高さはなんともない! 落ち着いて着地点を見極めれば』……」


 ディレクはヤケクソになりながらも、叫んだ。自分で考えたオリジナルのセリフではなく【ジ・グローリー・オブ・エンパイア】の主人公ボンヘイ・ドライプライドの言葉を。


「こ、『この通りだ』」


 ディレクは受け身を取って無傷で着地した。素の身体能力では決してできない。セリフを喋ることによってボンヘイの力を借り受けたからこそできた芸当だ。


 ──つまり、僕は魔術の一部を封じられはしたが使えなくなったわけじゃない。『ただの人』という発言はヤツのハッタリ……。


「う、うそ。どうして、なんで、使えるの?」


 ──ではなさそうだ。


 目を見開きながら、涙を溜めている幼女の表情を見てディレクはそう確信した。


「う、ううう……うぇぇぇええええん! やっぱり、やっぱりジェラス、ダメな子だぁ!」


 戦闘の途中であるのに構わず、幼女は泣き出した。大粒の涙がほろりほろりと溢れる。


 ──殺すなら、今か。


 受け身の時に得たボンヘイの運動能力はまだ持続している。一瞬で間を詰めて、柔らかそうな首をへし折ってやれば紫の幼女との決着はそれでつく。


「翼だって半分残っちゃったし! 能力だって半分しか消せなかった!」


 ディレクが足を踏み切ろうとしたその瞬間──なぜか、宙に浮いたような感覚がした。


「今だって!」


 ディレクが自分の下半身に目をやると……その身は上半身とアンバランスな──小さなカエルのものへと収束していた。


「また──半分しかマネできなかった」


 幼女の涙に濡れた瞳が、ディレクの目をしっかりと見返していた。

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