第132話 ジ・グローリー・オブ・エンパイア③

「これが──九人目じゃ」


 襲いかかるディレクに拓人は、あるものを投げつけた。それは──。


「タクトてめええぇぇええええッッッ! 覚えてろよおおおおおおッッ!」


 ゴスロリ服の上に鋭い目とギザギザの口を象った奇妙な物体。それは術者であるマッドの精神を宿した魔術──【装女王ハートアリス】。


「なんだこの気色の悪い生き物は!」


「ボンヘイ国元兵器生産担当大臣サマ……じゃったかの?」


「マッド・ラビットだと!? お前を向かわせたなんて話、僕は聞いてな……もがっ」


 あっけにとられたディレクは、そのまま不意の一撃を顔面に食らってしまう。ゴスロリ服の色濃い黒は彼の視界をまとわりつくようにして遮った。


「そりゃ、そうじゃろう。こやつがワシの前に現れた理由はアイスキャロルの命令でもなんでもない。ただのプライベートらしいからの」


「ふ、ふじゃけるな……そんなこと許されるはずが……」


 ──仮に本当だったとしても、この僕が彼の存在に気づけないわけがない!


 ディレクがプレディとして振る舞い、拓人たちに話しかけた時……。完全に老人の役になりきっていたために少しばかり視力は落ちていたかもしれないが、事前に魔力探知だって働かせたから見落とすはずがない。拓人一行の人数は確かに七人。ディレクを入れて八人。間違いなくキャストはそれで全員だ。


「同僚なのに知らんのか? マッドの魔術は物に精神をコピーするだけではない。むしろ、その真髄は『隠密性』にあるのだと!」


 マッドの【装女王】は殺傷能力はほとんど皆無だが、その本性を現すまで。視覚的にも、魔術的にも。現に彼はボンヘイにたどり着いて間もない拓人に着られてから、ドノカ村で自ら明かすまで、その正体を誰にも気づかれなかった。


「こやつ……おそらく一番最初にアンタが『最優』の七服臣であると気づいたんじゃ。だから真っ先に死んだふり……もとい、ただの服のフリをしたんじゃろう。いきなり無言で地面に伏せった時は何事かと思ったが……ここまで薄情だとは思わんかったぞ」


 頰を膨らます拓人に、マッドはディレクの顔面にその身を絡ませながらも抗議する。


「うるせぇ! さすがに無駄死にする覚悟まではねぇよ! 【装女王】は【至高の実論】を身につける前のお前相手でもなきゃ『バレたら終わり』レベルで弱いんだよ! ちぃっとぐらいオレの身にもなれ!」


 ディレクはマッドの体を力づくで引き剥がそうとするが、ダメだ。ぴったりとくっついて離れない。


「ならば、お前も『役』に当てはめればいいだけのことだ! 降板させたキャストの『役』は別のキャストに再配置させることができる! マッド! キミの……役は……」


 そこまで考えてディレクは気づいた。残るメインキャストは。体を変化させれば押しつぶされる。


 ──ならば、脳みそを書き換えて精神構造を……ちょっと待て。コイツの脳みそどこにあるんだよ!


「そして視覚を遮られれば、お前さんの能力は使えないと考えたが……どうじゃ?」


「んなッ!」


 図星だった。


「アンタは他人を『役』に変えるとき、いつもその対象に目を向けたり、指差したりしながら場所を確認していた。それが発動条件なんじゃろ?」


 ──すべて把握した上での、この行動か!


「──そして、降板させられた私には役を再配置することもできないというわけですね」


 ディレクの背後から斬撃が襲う。それは彼が身にまとう貴族風の衣装のみを引き裂いた。


「まさか、キミは……!」


 ディレクの言う『キミ』とは……もちろん、ディレクの一撃を受けてなお立ち上がったアンのことだ。


「先ほど私たちの攻撃に対処していた時……あなたは『私の魔術と相性が悪い』と語りながらも、私に別の役を与えるようなことをしなかった。ライデンちゃんやレジーに振り分けたような役に押し込めば私の魔術を封じ込めることができたにもかかわらず」


 背中側に目当てのものはない。ならば、と彼女はディレクの正面に回り込んで残った衣装を乱暴に掴んで引き剥がした。


「おのれ三文役者! よくもその汚い足で僕の舞台を汚したな!」


「怒りすら湧いてきませんね。負け惜しみにしか聴こえませんよ?」


 あった。露わになったディレクの胸元で首飾りのように下げられているのは──あの黒い石だった。


「それに……アンタ。久々に外に出られたとか言って浮かれとった上に慢心し、テキトーに『役』を当てはめとったじゃろう。何が起ころうと自分が負けるはずがない……とでも思っとったのか?」


 まあ、実際は──拓人とアンの声が揃えられた。


「アンタのほうこそ、ワシらを倒すには」


「『役不足』だったみたいですけどね」


 たった一撃。鋭い突きで、アンはディレクの黒い石だけを破壊した。

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