第131話 ジ・グローリー・オブ・エンパイア②

「ありがとう、二人とも──いくつか、試したいことができた」


 ページに目を通した拓人は、しっかりとした返事をエレンと【当方見聞録プライベート・ファイリング】に贈った。ここには彼の欲しかった情報が詰まっている。


「わかったなら、いいんだ」


 エレンは、ほっと息を吐きながら笑みをこぼす。


『うるせ。あんなザコさっさとぶっ倒せよノロマ』


【当方見聞録】は捨てゼリフを吐くかのように自らの意思でページの表示を変えてから、消えた。


「……ふーん。なかなかいいパンフレットじゃないか」


 ディレクが拓人たちのほうを見たままつぶやいた。【当方見聞録】に映った文字を裏側から読み、彼もまたわずかな時間で目を通したらしい。


「ところで『ザコ』というのは、いったい誰の……」


 拓人はアンの身を静かに下ろす。そして【至上の実論】を使い、いったん身を引くように後ろに下がって叫んだ。


「みんな! 一斉攻撃じゃ!」


 その声に合わせて、一番近くにいたアンが斬りかかる。


「【回帰、忘れずの初心オリジンソード】!」


「ふん、自分だけ高みの見物か。いいだろう! サイキ・ドライプライドの役は卑怯者であればあるほど上手く演じられるだろうさ!」


 拓人に軽蔑の眼差しと言葉を送りつつ、ディレクはアンの動きに目を合わせる。自らの体と接するギリギリのタイミングで、彼女の持つ剣を同じ長さの花束に変えてしまった。


「なっ!」


「武器の形状を変えるキミの魔術は確かに僕と相性悪いかもね。だが変化には若干のタイムラグがある。だから攻撃が当たる瞬間を狙って『小道具』を変えてやれば……」


 アンの袈裟斬りは、もろにディレクの身に降りかかる。しかし、得物が花束であるためにその攻撃は彼の周囲に花びらを舞わせる効果しか生み出さなかった。


「ほうら、この通り」


「せええいっ!」


 ライデンがその身に乗せたアンガーの体でディレクの背後を取って、槍を振りかぶる。


「決めた。キミの役は異端審問官だ」


 ディレクが後ろを少し振り返りながら言った瞬間、ライデンの本体にアンガーの身が溶け込むかのように融合を始めた。


「そん、な」


「ふん。『体が二つあればどちらか一つは僕の魔術から逃れられる』と考えたのかもしれないが……甘い。意識が一つなら体がいくつあろうと一つの役に押し込むことができる」


 二つの体はやがて黒衣をまとった壮年の紳士へと姿を変えた。


「くっ! だけど、槍さえあれ……ばッ?」


 先ほどまでアンガーの体が手にしていたはずの大槍が影も形も無い。


「雷よ!」


 新たな槍を掴まんとライデンは天空にその手を伸ばす。しかし、稲妻が彼女の手に落ちることは無かった。


「ヴィヴィッドエンヴィーの血筋が扱える武器はこの世にただ一つ『至宝剣』のみだ。現実でもそうなのだから、劇中でも『設定』としてきちっと守ってもらわなくてはね。槍も雷も、もはや味方しない。『至宝剣』を持たぬ以上、今のキミはそこらの老人と大差ないよ」


 ディレクは素早く二本の手を使い、前方のアンと老紳士へと変わった後方のライデンへと掌底を放つ。


「何、ですって……!」


「体術、まで……」


「ただのヤサ男にでも見えたかい? 僕が演じているのは主人公だぞ。運だけじゃ無い、実力だってピカイチだ」


クラッ……」


「それに引き換え……」


 ディレクはシャボン玉を出現させようとしたレジーのほうに向けて、ふいに視線を寄越すと、彼女の体さえをも変えてしまった。眼鏡をかけ、執事風の服を着た青年に。


「キミたちはよってたかって僕のことをタコ殴りにしようとするんだものなぁ。ま、卑劣な小悪党の表現としては、なかなか良い演出だが」


「どっ、どうして! ボクの魔術も発動しない!」


「スライはズル賢い執事だが、その思考法以外の才能には恵まれなかった。無論、魔術も例外じゃ無い。もちろん彼の脳みそを与えてあげるはずもないから、その賢しささえキミの中には残らないが」


「彼が役に合わせて変化させられるのは精神やただの状態だけではなく体も……あ、あれ」


 アンたちから一歩下がって観察を続けていたエレンは妙な感覚に襲われた。急に思考の糸がつながらなくなって、頭が真っ白になる。


「反対に」


 ディレクはエレンのほうに右手を向けて指ならしした。


「キミには道化役であるライオットの脳みそだけを差し上げよう。スライとは対照的に力はあるが、いかんせん知力に乏しい。天は二物を与えずとはよく言ったものだね」


「う、あ、とーほーは、かしこく、ないと、だめなのに。じけんをといて、みんな、たすけ、ないと」


 名探偵を自称するエレンにとって、その頭脳はアイデンティティに等しい。内側から自己が崩壊する感覚が彼女をジワジワと蝕んでいく。


「いやいや、僕はいいと思うよ。『事件を解決できない名探偵』なんて、オクシモロンみたいで面白いじゃないか。喜劇にはピッタリだよ」


「お、おくし? な、なに? わかんない……わかんないよおぉ……」


 単語の意味さえ理解できないことが悔しくて、エレンは大声で泣きだした。賢さも、自信も奪われた今の彼女は年相応の幼女と変わらない。


「さて……舞台は整い、役者は出揃った。ここから先が本番だ」


 不敵な笑みを浮かべるディレク。その前に立ちはだかるのは──拓人。


「そうだな。いきなりだが、クライマックスといこう。久々に外に出たんだ。これくらいのわがままは許してほしい」


「悪役であるワシを倒して、ハッピーエンド……というわけか?」


 ディレクと向き合う彼の真剣な表情を見て、エレンは思い出す。


「た、たくと……」


 内側から、自分が作り変えられて。頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてるような気分で。何もかもわからなくなりそうだけど。ただ一つだけ『心』が覚えている。彼に何かを──託したことだけは。


「……たくとおおおお!がんばれえええええええええ!」


 声を張り上げ、力の限り叫ぶ。普段の自分なら、こんなことは絶対にしないと薄々気づきながらも。普段しないことだからこそ、今やるべきだと思った。


「……おいおい、何だよ。どうしてキミのほうが応援されてるんだ? まるで僕のほうが悪者……いや、


 不機嫌な感情を隠そうともせずにディレクは拓人を睨みつける。


「ワシは期待されているなら、それに精一杯応えるだけじゃ。主人公うんぬんなんぞ、どうでもいい。そもそも。常に戦い続け、その役を誰も代わってくれない」


 形だけはありふれた、彼だけの言葉。つらい前世があったからこそ、それに含まれるいい意味だけを噛み締めることはできない。だが、自分の人生と曲がりなりにも向き合いながら生きてきたからこそ出た本音だった。


「そういうセリフを恥ずかしげもなく言えるのは役者としては必要な才能だが……こっちはお遊戯会をしてるわけじゃないんだ。『みんなが主役』はよそでやってくれ」


「ただ、ワシにはワシの役があるというだけの話じゃ。それが仲間のためになるなら道化でも端役でも演じてやるさ」


「なら、無様に散るがいいさ!」


 地面を蹴り、自分のほうへと向かってくるディレクの姿を、拓人は静かに見つめる。


「なあ、この物語はワシら八人で演じるものじゃったよな?」


「さっきも言っただろう? 役者は揃ったと!」


 ボンヘイ・ドライプライド&預言者(プレディ)/ディレク・スターリングライター


 サイキ・ドライプライド/タクト・レンドー


 巨人 ビッグアイ/アン・フューリー


 ピュア・テレジア/カムダール・スロウスロウス


 魔女エビルマウス/エロース・デッドライン


 愚者ライオット/エレガンス・ホーティネス


 執事スライ/レジー・アイドルネス


 異端審問官ヴィヴィッドエンヴィー/ライデン


『降板』したアンも含めればこの場にいる八人が何らかの役を演じていることになる。そう──八人だけが。


「つまり……言い換えれば、お前さんは『役』を使い切ったことになる」


「何が言いたい?」


 その問いかけには答えず、拓人は先ほど拾った『あるもの』を投げつけた。


「これが──

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