第130話 ジ・グローリー・オブ・エンパイア①

 ギフトたちが勤める職場『ガーディアン』を訪ねるため巨大都市グランセントラルへと向かった拓人たち。都市を一望できる丘までたどり着いた彼らであったが、あと一歩のところで『最優』の七服臣を名乗る男……ディレク・スターリングライターに襲われる。


 彼はカムダールを石の像に、エロースも物言わぬ花に変えてしまった。彼の能力を前に、アンも戦闘不能に陥りかけたが……そこへ拓人が駆けつけ、彼女の窮地を救うのだった。






「『最優』……じゃと?」


 拓人は怒りを携えた表情のまま、ディレクの薄ら笑いに問いかける。


「もちろん、知らないのも無理はない。僕は七服臣の中でも秘蔵っ子だからね。位置付けとしては『芸術文化振興担当大臣』なのに、なかなか表に出られないんだよ。かわいそうだと思わない? 」


 ディレクはわざとらしく肩を落としてから、顔を上げて再び白い歯を見せた。


「だがッ! 残った他のメンバーがたまたま手を離せないもんで、僕がわざわざ出てきたんだ。キミたちも運がないなぁ」


 こうして、近くまで来てから拓人は感じ取った。今までの、どの敵とも違う異質さを。『最優』というのは、どうやらただの自惚れではないらしい。


「二人をどうしたんじゃ?」


「カムダールとエロースのことかい? 役になり切ってもらったのさ。僕の魔術によってね。僕の立つ場所から半径一キロメートルは舞台と同じ。座長は僕。劇団員はキミたちだ!」


「タクトちゃん」


 拓人は油断なくディレクに視線を向けたまま、背後から語りかけるライデンの沈んだ声を拾う。


「見えない壁みたいなものがあるわ。アイツの言う『舞台』から外には出られないみたい。この場から逃げ出してグランセントラルの人々に助けを求めるのは……無理よ」


「わかった。『褒めて使わ』……いや、ありがとう。ライデンちゃん」


 また、あの感覚だ。自分ではない誰かの意識が割り込んでくる。これがディレクの言う『役』の意識なのだろう。


 ──今はまだ多少口調を変えられる程度で済んでいるが、これが悪化していけば……。


 拓人は石化してしまったカムダールと物言わぬ花に変えられてしまったエロースのことをちらりと見やる。


 ──役と同じ末路を演じることになる。


 この『役になり切る』という病状の進行は、どのように進むのか。何か条件があるのか、全てはディレクのさじ加減なのか。それさえわかっていない以上、下手をすれば全滅の可能性すらあり得る。とにもかくにも弱点をあぶり出すことが先決だった。


「タクト……これを見てくれ」


 いつのまにか背中合わせに立っていたエレンが『当方見聞録』のページを拓人の目の前に出現させた。






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【ジ・グローリー・オブ・エンパイア】


 名優ディレク・スターリングライターを主演とした総勢八人のキャストが贈る一大スペクタクル!


 ボンヘイにとって建国の父であるボンヘイ・ドライプライドにまつわる建国神話を描く、感動のサクセスストーリー!


 STORY


 名家の次男として生まれたボンヘイ・ドライプライドは預言者( プレディ )の託宣を受け、悪しき魔女を倒す( 勇者? )として見出される。旅の最中に出会う人々に心を通わせ、仲間を増やしていくボンヘイは無事に魔女を倒すことができるのか。そして(嫉妬)に駆られた卑劣なる兄の企みに打ち勝つことはできるのか!


 CAST


 ボンヘイ・ドライプライド&預言者(プレディ)/ディレク・スターリングライター


 サイキ・ドライプライド/タクト・レンドー


 巨人ビッグアイ/アン・フューリー ※稽古中の事故のため降板 代役検討中


 ピュア・テレジア/カムダール・スロウスロウス


 魔女エビルマウス/エロース・デッドライン


 愚者ライオット&執事スライ&異端審問官ヴィヴィッドエンヴィー/配役検討中


注:座長の意向により、配役は予告なく変更される場合があります。舞台の進行に支障はございませんので、あらかじめご了承ください。

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 どうやらディレクの言う『舞台』の概要をパンフレット風にして端的に表しているらしい。虫喰い部分はエレンの手書きの文字で補われていた。


 物語のあらすじやドライプライドという苗字から察するにアイスキャロルの祖先が主人公であると読み取れる。ディレクの『ボンヘイ国芸術文化振興担当大臣』という肩書きは、ただのお飾りではないらしい。


「タクト。一瞬で目を通せ。信じられないとは思うが、当方も【当方見聞録】もふざけているわけではない。彼の記録のうち読み取れるものの中から、いま必要な情報をわかりやすくまとめた結果が……」


 普段の拓人なら、このページを見た瞬間に「何じゃこりゃ!」とでも叫んでいるところだろう。しかし、あっさりとカムダールを無力化し、仲間であるエロースを何の情もかけずに始末するような敵を前にしてエレンも【当方見聞録】も無駄なことをするはずがない。そのことは、これまでともに旅をしてきたタクトが一番よくわかっている。


 だからこそ──できるだけ迅速に、静かにそのページを読んだ。


「ありがとう、二人とも──いくつか、試したいことができた」

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