第129話 『最優』の七服臣
アンの槍に倒れたプレディの肉がグツグツと泡立つ。吹き立つ気泡がパチンと弾けてそこから彼の体が作り変えられていく。
「そして、お前のことも処理しておかなければならないね、エロース。お喋りな魔女よ」
シワだらけだったはずの肌にみずみずしさと色が戻り、若返った指がエロースを指し示した。
「ひっ! お、思い出しただけです! アタシまだ何も言ってない!」
もう喋らないという意思表示のつもりなのだろう。エロースは両手で口を押さえて必死に首を横に振った。
「ならば、好都合。言わぬうちが華だ。『お喋りな魔女よ、悲しきあなたよ。せめてその命、一輪の花となりて心安らかに残る生を過ごすがいい』」
「やだっ、いやだっ、助けてぇ!」
「【
アンは倒れているプレディの首めがけて剣を振り下ろす。もはや、なりふり構っていられない。何かされる前に、倒さなければ。
「えっ……」
しかし、彼女の一撃は空振りに終わった。目測を誤ったはずはない。戸惑うアンに、プレディがいやに落ち着いた口調で告げる。
「キミ。さっきの魔術でその剣を早く新調したほうがいい。『剣士であり、巨人でもあるキミには、もっとふさわしい武器がある』」
「なっ、なっ!」
剣がみるみるうちに小さくなり──いや、そうではない。アンの体が巨大化していた。そして、それは今も続いている。彼女の身長が高くなるスピードがあまりにも早く、そのために振り下ろされた剣はプレディの首に届かなかった。
「エロースくん! これは一体どういうことだ!」
アンはエレンの叫びを聞いて振り向く。巨大化している今なら、拓人たち全体の様子がよく見えた。先ほどまでエロースのいた位置に巨大なヒマワリのような形をしたピンク色の花が静かに佇んでいた。
「【当方見聞録】による記録が出現しない! 完全に、花に……!」
「素敵じゃないか。僕はそっちのほうが綺麗だと思うよ」
「このッ……!」
巨大化した足で、アンはプレディの体を踏みつぶそうとする。
「ほう。主役兼監督兼脚本担当の僕に足を向けるとはな。せっかくいい役をくれてやったのに。残念ながらキミは降板だ」
プレディが指を鳴らすと、アンの体が元のサイズに戻った。地上よりもずっと高い、空の上で。
「うっ、おおおおおッ!」
突如、空中に投げ出された彼女の体は急速に落下していく。
──何なのですかッ! この魔術はッ!
「舞台から転げ落ちろ、大根役者。キミの出番はもう無いよ」
「くっ、ぬうっ! 早く、態勢を……」
──剣を突き刺して着地できる高さではない!【
考えを巡らせているうちに地面は間近に迫っている。
「レジィ!」
「言われなくてもッ!」
落下するアンの下にいくつものシャボン玉が塔のように積み重なって現れた。レジーの作り出すシャボン玉の内部は半無重力状態になっているため、少しならば落下の衝撃を和らげることができる。だが、それだけでは足りない。
──やはり、もう……!
全てのシャボン玉を通過したアンは覚悟を決めて目をつぶった──。
「えっ」
暗闇の中で、アンは衝撃を感じた。しかし、地面に叩きつけられたわけではない。これは──。
「──やっと……やっと、助けることができた。ピンチから、お前さんを」
目を開けて見えたのは、太陽を背にして自分の体を抱きとめてくれた──。
「あるじ……どのっ!」
「アン、怪我はないかの?」
「はい、はいッ! ある……いえ、タクトどののほうこそ……」
「ほぉー、ブラボー。【至上の実論】の高速移動を活かして彼女を受け止めるとは。今のアクションは中々良かった」
軽い拍手が、二人のやり取りに水を差す。拍手の主は……プレディ『だった者』だ。
「今のパフォーマンスに敬意を表して……一応、舞台挨拶ぐらいはしておこう」
彫りの深い顔立ちになったその男は、いやに爽やかに、白い歯を見せながら笑った。
「僕は『最優』の七服臣、ディレク・スターリングライター。キミたちの最後の敵であり、この世界の新たなる『主人公』さ」
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