第128話 預言者プレディ②
「──ふむ。キミの配役が決定した。その名はピュア。主人公が王となるためのきっかけを作る悲劇のヒロインだ」
パンを捨てて振りかぶったカムダールの拳。それが、みるみるうちに石のように固まり始める。
「なっ、な、に、が」
「キミが僕の力量を正確に測れていたならば、ちょっぴり危なかったが……僕の役作りのほうが一枚上手だったようだ」
石化はやがて全身に侵食し始める。
「さむ、い」
「
シャボン玉に乗ったレジーがすぐさまカムダールに近づき、石化した箇所をシャボン玉で包み込む。回復を行おうとしたが、しかし……。
「な、治らない! なんでッ!」
「これは演技なのだ」
プレディの首が、ぐりんとレジーのほうを向く。
「怪我でも、病気でも、呪いでもない。しかし、それでいて虚構でさえない。これは配役に位置付けられたものの運命なのだ。僕はそれを早めたり、遅めたり、介入したりすることができる。僕の舞台に立つ以上、本気で役になりきってもらわなければな」
「……う、あ」
レジーはプレディの側まで来て初めて感じ取った。
この男のドス黒い魔力を。今まで出会ってきた者の中の誰にも似ていない。アイスキャロルだって、これほど邪悪ではなかった。
「さァて、キミの配役は何にしようかな? 緑の髪のお嬢さん」
「ひッ……やだっ」
「ライデンちゃん!」
「ええ!」
拓人が【
「ほう、これがウワサの【至上の実論】というやつか。カムダールを先に潰せたのは僥倖だった。慣れた使い手ならどれほどの脅威になったか……それに、ライデン。キミもキミで厄介だな」
プレディは何もしない。だが、確かに二人の動きを目で追っていた。
「何なんじゃ、こいつは一体!」
「わからない! だから、いったん距離を取るわよ!」
仲間たちの元へ急いでとんぼ帰りする。他の者も一様にプレディから距離をとるため、ひとかたまりになって後ずさる。
「ご、めんなさい。ウチ……」
ライデンの腕の中で抱えられたカムダールがうめく。彼女の体は首から下が完全に石に変わっていた。石化は容赦なく、頭部まで蝕もうとしていた。
「安心して、カムダールちゃん。アタシたちが絶対アナタのことを元に戻すから」
「あ、ありが……」
カムダールの全身が石へと変わる。涙をにじませながらも、その表情には少しばかり安堵の色があった。
「……うーん、五十点!」
プレディは伸ばした二本の手の親指と人差し指を組みわせて、その景色を切り取るようにして見る。その発言には人を小馬鹿にしたような調子が多分に含まれていた。
「途中までは良かったが、最期はもっと絶望した表情でないと。これでは、悲劇のヒロインが台無し……」
「【
絶叫にも似たアンの詠唱がこだまし、幾本もの小槍が凄烈な殺意を乗せて馬上のプレディに向かう。
「やれやれ、キミも下手くそだな。そういった爆発するような怒りはクライマックスまで取っておくべきだ。今はまだ序章……飛ばすなら、ちょうちょぐらいにしておきなさい」
プレディの身を貫く前に、槍の穂先が姿を変える。
それらは蝶となり、スピードを大幅に落としてヒラヒラと舞い始めた。
「ほうら、このほうが可愛らしい。キミにも似合って……」
「あなたは、私の魔術についてはご存知ないようですね」
「……何だと?」
「【旋回、貫く信念】!
その先端を蝶の形に変えた槍たちが、くるりと一回転したかと思うとその本来の姿を取り戻した。
アンの【
「ぬっ……ぎっ……!」
飛ばされた槍、その全てがプレディの身に食い込む。彼はほどなくして落馬した。
「カムダール先生を元に戻しなさい。さもなくば、あなたの命を奪うことさえ私はいとわない」
倒れたプレディのもとにアンが静かに歩み寄る。その鬼神の如き威圧感には、仲間である拓人たちさえ声が出なかったほどだ。
「ふ……ふふ、今まで向かった七服臣が戻ってこないと聞いていたが、これほどとは……なるほど。他の連中の手に負えないわけだ」
「ぶつぶつと何を……いえ、あなた今何と!」
「プレディ……ピュア……お、思い出しましたッ! 」
拓人たちの一団の中で一番後ろにいたエロースが驚愕の声を上げる。彼女の顔は恐怖に引きつっているようだった。
「問題ない。全てはうまく運んでいる。プレディは預言を託した直後に主人公の兄の凶刃にかかる。キミが気を使ってくれなくとも、この役はここが寿命だったのだ」
アンの槍に倒れたプレディの肉がグツグツと泡立つ。吹き立つ気泡がパチンと弾けてそこから彼の体が作り変えられていく。
──何かが、現れようとしていた。
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