第126話 目と鼻の先の都

 旅の一行にエロースが加わったこともあり、キャンプ地からは、ゆっくりと歩みを進めた。彼女は高速移動ができるわけではないし、ライデンの上に乗るにも定員オーバーだったからである。


 そのため昨日よりもずいぶんとスピードダウンしてしまったものの、グランセントラルの姿を見るのにそう時間はかからなかった。


「あれが……」


 奇妙な都市の風景を見渡して拓人は呟く。


 都市全体が少し丸みを帯びた白璧に包まれていた。真上にある円形の穴から民家や、これまた白を基調とした公共のものらしき巨大な建物が顔をのぞかせている。


 まるで天井がぽっかり開いたドームの中に、精巧なジオラマが組み立てられているかのようだった。


「かなり、近くまで来ていたんですな」


「ええ〜〜、この丘を降りればもうすぐです。あと三十分もかかりませんよ〜〜」


 臣下三人から事情聴取を行なってから、わずか一時間。まだ日の高いうちにここまで来ることができた。拓人たちはしばらく感慨にふけりたい気分に駆られたが、新しい追っ手が来ないうちに都市の中に入っておきたい。


 グランセントラルはカムダールが所属していた『ガーディアン』という組織の本拠地らしい。ギフトのような実力者もいる都市ならば、アイスキャロルの臣下たちもおいそれと攻め込んでは来れないだろう。


「あ、アタシたちも入って良いんですかぁ? 一歩踏み込んだら射殺……とかないですよねぇ!」


 エロースは声と体を震わせる。いささか大げさな気もするが、怯えるのも無理はない。彼女は今、捕虜のような状態だ。自分がどう扱われるかについて敏感になってしまうのは当然だった。


「そんな怖いところじゃありませんよ〜〜、よっぽど変なことしない限りは大丈夫〜〜。それにアナタは……事情もありますし〜」


「?」


 カムダールのはぐらかすような言い回しにエロースは首を傾げた。


  『操られているから』という直接的な言い回しを本人の前で使うのは避けるべきだ」というのはエレンの提案だった。


 アイスキャロルの臣下は、基本的に魔術による洗脳を受けている自覚がない。にもかかわらずその事実を突きつけてしまうと何が起こるかわからない。最悪の場合、錯乱したり、脳に何らかの影響が出ることも想定された。


「いい子にしてればウチが弁護しますので〜〜、堂々と入りましょ〜〜」


「あ、ありがとうございますぅ!」


 ──ああ、羨ましいな。


 カムダールのこういったところに拓人は憧れてしまう。プロテインの時もそうだったが、殺し合い手前までいった相手と自然に距離を縮めている。


 彼女やギフトが持つ『その明るさ』に思わず目を細める。


 ──ワシも、あんな風に……。


「……じゃあ、不本意だがオレの弁護はお前に頼むぜ。タクト」


 拓人がその声に振り返ると相変わらずシャボン玉の檻に閉じ込められているマッドの姿があった。『服』の姿に現れる表情はやはり読み取りにくかったが、拓人には少し照れているように見える。


「あたしも、あたしもー! 事情をわかってくれてるタクトちゃんなら信頼できるしね」


 ライデンも、アンガーの顔で快活な笑みを浮かべて便乗する。


「タクトどの」


 隣ではアンが慈しむような視線を拓人に捧げていた。


「カムダール先生は確かに素敵な人です。でも、タクトどのが紡いだ縁も確かにあるではないですか。ライデンちゃんや、マッドどの、そして私たちとも」


「気負いすぎ。もっと気楽にやればいいのに……ボクたちがいるんだからさ」


 少し目をそらしつつ、レジーも少し頰をかきながら、そう言ってくれる。


「貴君の活躍は当方の【当方見聞録プライベート・ファイリング】にも、しかと記録されている。読み返したい時は、いつでも言ってくれ。貴君は貴君なりに精一杯やっているとも」


「……ケッ、なんか生温い空気作っちまった。不本意だぜ、まったく」


 苦々しい表情でマッドが吐き捨てる。その様子を見るに本当にこう言った雰囲気が苦手らしいが、それは間違いなく彼の最初の一言によって醸成されたものだった。


「ありがとう、みんな。マッドもな」


「よせよ、気色悪いィ。ただお前はお前だってだけの話だ」


 少し、気持ちが楽になった拓人は再びグランセントラルの景色に目を向ける。


 あそこでは一体何が待っているのだろう。


 期待に胸を膨らませながら一同は歩み出し──。


「あのぉー、すいません」

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