第125話 事情、聴取

「なぁんか。だんだん大所帯になってきたわねぇ」


「おいおい、エロース。アンタも負けたのかよ。こうもホイホイと七服臣セブン・ミニスターズが負けてんじゃカッコつかねぇぞ、おい」


「いやあぁ……気持ちいいの、怖いぃ……」


 拓人たち一行は、昨晩と同じキャンプ地で朝を迎えていた。近くで採れた山菜を使ったスープを拓人がよそって他の面々に手渡していく。


「あ、ありがとうございますぅ。ご、ごめんなさいぃ」


 エロースという──覇気のない様子から全くそうは思えないが七服臣セブン・ミニスターズの一人らしい──少女になぜか謝られてしまう。彼女は昨日の深夜、カムダールとの戦闘中に降参したのでここまで連れてこられたのだという。どのような戦いが繰り広げられたのか、なぜカムダールの替えの着物を着せられているのかについては知るよしもないが、本人たちが語りたがらないので無理に問い詰めるわけにもいかなかった。


「おや、どうしたんじゃレジー。顔色がすぐれんようじゃが」


 拓人はレジーにスープを手渡した時に、彼女の目がいつも以上にとろんとしていることに気づいた。心なしか瞬きの回数が多いような気もする。


「ねぶそく。色々あってね」


「そうか。じゃあ今日は早めに寝るんじゃぞ」


「そうする」


 拓人の言葉にレジーは船をこぐように頷いた。


「さて、こうしてマネーどの……いえ、アイスキャロル王の臣下であるお三方が揃われているうちに」


「事情聴取といこうじゃないか」


 アンはやはり真面目な顔つきで、こちらもやはりというべきかエレンはニヤついていた。


「答えられる範囲でいい。貴君らにいくつか質問をさせてもらう。まず第一に……『アイスキャロルのアジトはどこだ?』」


 三人とも黙り込む。


「それは覚えていないという意味か? 地理的に説明することが困難なのか? それとも命令違反の際に生じる苦痛とやらのせいか?」


「あたしは単純に覚えてないだけ。いっつもアソコへ行くときはコサックの瞬間移動を使ってたし、目印になるような場所も近くにないしね」


 残りの二人もウンウンと頷いた。


「ふむ、口封じの必要もないか……さすがにそこは慎重だな。さて……では次の質問だ。そうだな、エロースくん」


「ひゃ……ひゃい!」


「貴君は……ここまでの道のりをどうやってきた?」


 ライデンは自分の足を使った。マッドは拓人の体を使った。だが、エロースにはそれらに匹敵するような移動手段を持っているとは思えない。


「あ、歩いて来ました」


「歩いて?」


「も、もちろん最初からじゃありませんよぅ。乗り物を出せる魔術とか、カムダールさんみたいな高速移動の力を他人に付与できる魔術師さんを奴隷ワンちゃんにして、道中では色々楽してましたからぁ。でも、近くの町からは歩きでした。できるだけ武器も防具もないように見せる作戦だったので、乗り物も使わず一人でここまで来ましたぁ」


「ふぅん……


 考え込むように呟くエレンに、エロースはビクついた。


「ひ、ひぃ! 何かごめんなさい!」


「いや、失敬。別に貴君を非難したわけではない。当方が回りくどいと思ったのはアイスキャロルのやり方だ」


「王の……?」


 不可解そうに眉根を上げるマッドに対し、エレンは頷いた。


「我々に対して割かれている戦力が極端に少ない。七服臣セブン・ミニスターズに対する信頼や、彼の慢心を差し引いても、だ。高速移動のできるライデンちゃんならまだわかる。類まれな筋力を持つプロテインを自分の足で行かせることも、かろうじて理解を示そう。だが、単騎で有効な移動手段を持たないエロースくんを一人で行かせた理由は何だ?」


 確かに非効率だと、そこまで言われれば拓人にもわかった。


「アジトに転移する時と同じように、コサックの魔術を使えばいいだろうに」


「それはですねぇ……えっとぉ」


 何か言いかけたエロースは突如、目を泳がせた。


「何か、あるんだろう? コサックにはコサックにしかできない仕事が」


「どういうことです?」


 アンが小首を傾げながらエレンに尋ねた。


「彼は恐らく今、ダンスを踊っている。それもかなり長期的なものを。それ以外に彼の能力を出し惜しみする理由はない」


「言われてみると確かに。ボンヘイ国でもあれだけの人数を転移させたのですから、七服臣を一人移動させるぐらいわけないはず……」


 彼の能力の全貌が分かっていない以上、下手なことは言えないがな──と前置きしてからエレンは真剣な口調で言った。


「何か、どデカイことをやろうとしているんだ。そして、その情報には制限が加えられている。貴君ら臣下の言う苦痛……それはおそらく、喉を中心に与えられるものだ。だから喋りたくても喋ることができない」


 ライデンが頷く。マッドは黙ってエレンを見返し、エロースは冷や汗をにじませながらうつむいた。


「ふむ、『服』の体であるマッドなら喋ってくれるのではないかと思ったが……いいだろう。沈黙は肯定と捉える。きっと本体に影響があるんだな? 答えなくていい。当方は自分の推理に自信を持っている」


「じゃが、そう考えるとコサックはずっと……もしかすればワシらの前で姿を消した直後から踊り始めていることにならんか? いくら魔術師と言えど、そんないつまでも踊り続けられるわけが……」


「『いつまでも踊り続けられる体』を手に入れる願いをかけて、そのダンスをすでに成功させているのか……あるいは、あのイヴィルヘルムとやらの力でも借りて無茶をきかせているのか」


 イヴィルヘルムの名前が出た途端に、エロースの表情に一層怯えの色が現れる。どうやら、仲間からも恐れられている存在らしい。


 結局、得られた情報はそこまでで謎は深まるばかりだった。

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