第121話 思い出夜咄

「と、いうわけなんじゃよー」


「知ってるっつーの。そばで聞いてたからな」


 馴れ馴れしく話しかける拓人に対し、マッドはぶっきらぼうに言った。カムダールの張ったテントに他の面々が引っ込んだ後、焚き火の跡を挟んで拓人とマッドは向かい合っていた。


「で? いつからオレはお前のグチを聞く役になったんだよ。『ワシは無力じゃあ〜! オロロ〜ン!』とか言ってベソかくのは、もうやめてくれよ」


「『オロロ〜ン』なんぞ言っとらんわ! 何じゃその似てないモノマネ! ワシはただお前さんと話がしたいだけじゃ」


 マッドをグランセントラルまでの旅に連れてきた理由は一つだった。


『彼から情報を引き出すため』


 まだ『黒い石』を破壊されていない彼は記憶がハッキリしている状態だ。石を破壊されてなお大して影響のなかったライデンのような存在も身近にいるものの、彼女は彼女でアンガー以外のことに興味が無かったらしく、あまりあてにならない。


「ケッ、本性通りのジジイらしく、若者の話し相手が欲しいってか?」


 今後のアイスキャロルの動向を探るには彼から様々なことを聞き出すのが急務だった。もちろん、マッド自身もその手の質問をされるのだろうと身構えていた。だが、拓人は──。


「まぁ、そんなとこじゃの」


 と、言った。少し照れながらも、嘘をついている風では無い。


「そもそも、話し相手が欲しいのはお前さんも同じじゃないかのう。退屈しとらんか? 最近」


 図星だった。マッドは拓人を殺そうとした前科があるため、アンたちから警戒されている。どうにも一線置かれているようだった。マッドの体がレジーによって作り出されたシャボン玉の牢獄に封じ込められていなければ、二人きりにさえさせてくれなかっただろう。


「ワシとなら楽しくトークできるぞぅ。殺されかけた仲じゃ。今さら何を遠慮することがある?」


「会話ヘタクソか! 普通ならその関係性は絶交モンだからな!」


「あとお前さんさっき若者だとか言っとったが、そんな歳でもないじゃろ。ボンヘイの店で見た本体が四十過ぎぐらいじゃったし」


「相変わらずオレの神経逆撫でする天才かテメー!」


 連続で大声を上げさせられたマッドは、じきに馬鹿馬鹿しくなってため息を吐いた。


「お前……なんか変わったな」


「そうかの?」


「ああ、調子に乗ってるって感じだ」


 マッドが軽く口角を上げる。それに込められているのは皮肉なのか、それとも。


「それは喜んでいいのかどうか、よくわからんのじゃが……」


「ま、最初のころよりはマシなんじゃねーの? ウッデンやらレオ王と戦ってた時なんかビクビクしっぱなしだったもんな」


 その発言で拓人は思い出す。マッドはその時点で拓人の服であって、そこからの景色を見ていたのだと言うことを。


「そりゃそうじゃ。あの時、ワシ自身には何の力も無かったからの。助太刀してくれても良かったんじゃぞ」


「無茶言うな。そん時、心変わりしたとしても勝てるはずねーだろ。オレみたいな隠密系は日の当たるところにでねーのよ」


「お前さんから見て、ワシらの旅はどう見えた? 例えばあの時は……」


「ギフトの野郎の火にやられそうになった時はマジで声出そうだった。コモンが銃ぶっ放した時も、かなりやばかったな。乱心したレオ王に追い回されるのよりかはマシだったが……ああ、それと」


 あとは、自然と会話になった。拓人は今まで知らなかったことだが、二人は同じ時間を確かに共有していた。それまで一方通行だったマッドの『記録』が、拓人とつながることで『記憶』として思い出になっていった。






「……いや〜〜、お二人とも楽しそうに話されてますね〜〜。邪魔しては申し訳ないので、そろ〜〜り、そろ〜〜り」


 疲弊していたアンたちを寝かしつけたカムダールは、テントの入り口を開いて二人の様子を確認すると忍び足で出ていった。


「このへんでいいですかね〜〜」


 近くにある林の奥まったところまで歩を進めてから、目を見開く。


「──どなたです? どうせバレてますので、お早く姿を見せていただけると、お互い助かると思うのですが」


「へぇ〜。のんびりした方だと思ってたのにぃ、案外せっかちさんなんですねぇ」


 木陰から緩慢な動作で姿を現したのは、薄桃色の長髪をなびかせた少女のようだった。月明かりに照らされたその体は一糸まとわぬ全裸に見える。


 ──さて、どう見るべきか。


「ずいぶんと挑発的な格好ですね。いえ、えっちぃと言う意味ではなく」


 カムダールの目の前でたたずんでいる少女は、恐らく敵だ。しかして、これから戦闘しようと考えている格好だとは思えない。むしろ、丸腰に見える。武器らしいものは一切持っていないし、『黒い石』もブローチがわりに髪の上に乗せているだけで「壊してください」と言っているようなものだ。


 ──だからこそ、油断ならない。


「そっちだって、アタシのことからかってるんじゃないんですかぁ? わざわざ一人になるなんて、倒してくださいって言ってるようなものだと思うんですけどぉ」


 間延びした喋りは元々なのか、カムダールの話し方を真似て馬鹿にしているのかイマイチ判断がつかない。


「投降、してくださるわけではないようですね」


「まさかぁ。ヤル気満々でぇす。でもぉ、アタシは激しい運動って苦手なのでぇ、そっちが動いて──」


 先手必勝。カムダールが【至上の実論リアル・ファンタズム】を発動し、目にも止まらぬ速さで斬りかかった。何かされる前に、決着をつける。峰打ちの一撃で気絶させられる自信はあった。だが──知らず識らずのうちに自分自身が焦っていることに、彼女は気づけていなかった。


 少女は不敵な笑みを浮かべた。


「お疲れ様でしたぁ。

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